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ですか · @desuka_desuyo

24th Jan 2021 from TwitLonger

@sailorsousakuTL 『二人スイーツタイム』加護加代がただただスイーツを食べに行くだけのお話です。


『二人スイーツタイム』

 夏休みも目前に迫った、ある平日の昼下がり。教室の自分の席に座る八尋加代は、一人思い悩んだ表情を見せていた。
「うーん……どうしよう」
 そう呟く加代の手には一枚の紙。一見すると学生らしく、思わしくないテスト結果を憂いているように見えるが、残念ながらその手に握られているのは駅前で配られていたカフェのチラシだった。
 でかでかと書かれた期間限定の文字と、色鮮やかなパフェの写真を食い入るように見つめる加代。甘味をこよなく愛する彼女にとって、期間限定のスイーツは非常に興味深いもので、普段の彼女なら放課後には足を向けているところだ。だが、その思いを惑わせるワードが、期間限定の横に並んでいた。
『カップル限定』
 そう、カップル限定商品なのである。カフェからしてみれば、恋人のイベントであるバレンタインやクリスマスから離れたこの時期に、恋人を呼び込もうという魂胆なのであろう。だが、恋人どころか想い人もおらず、なんなら『恋愛って何?』と首を傾げるような加代にとって、カップル限定商品は手が出しにくいものとなっていた。
 もちろん、加代だって本当にカップルでないと頼めないだなんて思ってはいない。誰か仲の良い友人でも連れていけばいいだろうという考えには至っていた。
 いたのだが……。
「春さんやらぎちゃんに頼むのは、さすがに私でも気が引けるよね。紺さまは、テスト期間で出来なかった分のテr……もといお絵かきが忙しそうだし。美馬は……カップル限定商品のために誘おうものなら、彼氏面でいじり倒される未来しか見えない」
 身近な交友関係を思い浮かべて、頼れる人物が出てこずがっくりとうなだれる加代。その姿勢で少しの間思案した後、ふと一人の少女の顔が頭に浮かんだ。
「いるじゃん一人!」


「んーっ。終わったぁ」
 授業の終わりを告げるチャイムが聞こえ、加護環は大きく背伸びをした。環にとっては教室の席でじっとするよりも、放課後部活で身体を動かしている方が性に合っているのだ。さぁ、これから部活の時間だ!と環が立ち上がったところで、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「丸子、ちょっといい?」
 環のことをそう呼ぶのは一人しかいない。嬉しさを隠さずに声の主へと振り向いた環は、二重の意味で衝撃を受けた。視線の先、教室の入り口にいたのは、満面の笑みを浮かべた加代だった。
 加代が環に対して笑みを浮かべることは実は多くない。嫌っているというわけではないのだが、飼い主に甘える大型犬のごとく、見かけるたびに駆け寄り絡んでくる環に対して加代はついつい邪険に扱ってしまっていた。そして環も加代が鬱陶し気に自分の相手をしていることを知らないわけではない。だからこそ、そんな加代が自分に笑顔を向けていることへの喜びと、その表情の裏に隠されているであろう思惑への恐怖が全身を駆け巡っていた。
「どうしたのさ、そんなところに立ちすくんで」
「あ、いえ。八尋先輩、なんのご用ですか?」
 怪訝な顔に変わる加代にすこし安心を覚えつつ、環は加代の問いかけに答えた。十中八九裏があるように思えても、環にとって加代との時間は大切なものなのだ。
「今度の週末、予定あいてる?」
「週末ですか? それなら日曜日は部活がお休みですが……」
「なら日曜の14時に、駅前集合でよろしく」
「……えっ? ちょっと八尋先輩!?」
 言いたいことだけ言うと早々に教室を立ち去る加代。突然のことで思考がフリーズしていた環は、ただ待ち合わせの時刻だけを知らされた状態で、もやもやとした気持ちを抱えたまま日曜日を迎えることとなった。


 日曜日は夏の本気がうかがえるほどの快晴であった。青色を基調とした涼しげな服装をした加代も、この暑さにはうんざりとしていた。そこへパンツルックの環が駆け寄る。
「八尋先輩! お待たせしました」
「お、きたね。じゃあ、暑いし早速行こうか」
 出迎えも早々に加代がスタスタと歩き始めるので、環も慌ててその背を追いかける。その顔は少しやつれているのだが、加代が気付く気配はない。実のところ、環は加代の誘いにどぎまぎして寝不足気味だったのだが、当の誘った本人はというとパフェのことで頭がいっぱいになっているのだった。
「一体どこに?」
「んー? 着いてからのお楽しみだよ」
 加代に追いつきくっつかんばかりにピタリと並んだ環が問いかける。普段であれば暑苦しいと攻撃か口撃が飛んでくるところであるが、念願のパフェが目前に迫っていることで加代は機嫌がよかった。

「おっと、ここだね。すぐ入れるかなぁ」
 到着したのは駅前から少しだけ歩いたところにあるカフェ。加代は環を連れてその中へと踏み込んでいく。店内はそれなりに繁盛しているようで、お一人様や女子高生のグループ、そして加代の目的であるパフェを食べるカップルの姿もあった。その姿を見かけた加代はウキウキと案内された座席へと座る。
「お洒落なカフェですね」
「でしょ? とりあえず何飲む?」
「えーっと……じゃあメロンソーダで」
「ほいほい了解っと。すみませーん」
 加代が呼ぶとすぐに店員がやってきた。
「メロンソーダと、アイスミルクティー。それと、この期間限定のパフェをお願いします」
「ご注文を繰り返します。メロンソーダがおひとつ。ミルクティーのアイスがおひとつ。カップル限定常夏パフェがおひとつですね」
「えっ」
 環が驚いて思わず声を漏らす。店員がそちらに顔を向けたところで、横から加代が声をかけた。
「それで大丈夫ですよ!」
 ばしり、と叩く勢いで加代は環の手に自らの手を重ね、店員に笑みを向ける。その笑みはややひきつっていたが、店員は特に気に留めることもなく、店の奥へと戻った。その背を見送った加代が深くため息をつく。
「急に変な声出すのやめてよぉ」
「いやだってカップル限定って!」
「丸子うるさい。だって食べたかったんだもん」
 驚きで声が大きくなる環に対して、加代は両耳をふさいで唇を尖らした。
「食べたかったんだもんって……でも、カップルの相手に私を選んでくれたんですね」
「一番都合がよかったんだよねぇ、丸子が」
 とうとう想いが伝わったのかと嬉々として問いかける環に対して、加代はさらっと答えた。がくりと肩を落とす環を無視して、加代は環を誘うまでの経緯を話していく。名前を挙げてはあれがダメ、これがダメ、と頼めなかった理由を言ってため息をこぼす加代。その様子を見て、環はふと頭に浮かんだ言葉を口に出していた。
「カップル限定パフェを食べる相手で悩むなんて、それだけ聞いてたら八尋先輩、魔性の女って感じですよね」
「そう言われると確かに。ま、実際はそんな相手がいないから困ってたんだけどねぇ」
「まぁまぁ。ここにいるじゃないですかぁ、ここに!」
 嬉しそうに告げる環に加代は半目を向ける。
「またそんなこと言って……というか誘っておいてなんだけど、大丈夫だった? 丸子もどうせ相手いないだろうと思って誘ったんだけど、ホントは好きな人とこういうことがしたかったとかなら断ってくれてよかったのよ?」
「私が好きなのは八尋先輩なので、大丈夫です!」
「……はいはい、そういうことにしといてあげるわ」
 両手を握りこぶしにして、環は元気よく答えた。その様子に加代は呆れたようにため息をついたが、ふと何かに気付いた様子で表情を崩した。その視線の先には待ちわびたパフェをお盆にのせた店員の姿だった。
店員は二人の席までやってくると、声をかけてから商品をテーブルへと置いていく。その間加代はテーブルへと置かれたパフェを食い入るように見つめていた。そして店員が去るや否やスマートフォンを取り出してパシャリパシャリと写真を撮っていく。ちゃっかり写ろうとピースをした環が身体を右へ左へと傾け、それを入れまいと加代も右へ左へと身体をずらす。少しの間攻防が繰り広げられたが、軍配は加代に上がったようで、満足げにスマートフォンをカバンにしまうと、早速スプーンを手に持って環に声をかけた。
「さぁ、食べよう食べよう!」
「ひどい! 私も写してくれたっていいじゃないですか!」
「えぇ~、パフェだけでいい。そんなことより早く食べないとアイスが溶けちゃう溶けちゃう」
 そう言ってパクリとパフェを一口食べて、加代は顔をほころばせた。目を閉じてじっくりと味わいを楽しむ加代を、環は嬉しそうに見つめていた。その気配を感じたのか、パっと目を開けた加代が怪訝そうな顔をして口を開く。
「じーっと見てないで丸子も食べな。私一人で食べきれる量じゃないし、そのために来てもらってるんだからね」
「八尋先輩、あーん」
 親鳥に餌をねだる雛のごとく、口を広げる環。その様子に一瞬眉をひそめる加代だったが、何か思いついたのかニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「もう、丸子ったら仕方ないなぁ」
 そう言って加代は一口分のアイスをスプーンですくいあげた。その上には青々としたミントが鎮座している。有無を言わせぬ笑顔で、加代はあーんと言いながら環の口元へそれを持っていった。
「あの、八尋先輩。ミント、ミントが!」
 加代が食べさせてくれることよりも、葉っぱのミントを食べることへの抵抗が勝った環が顔を引きつらせながら身を引く。それでも近づけられるスプーンに、環は覚悟を決めてかぶりついた。少し咀嚼して、何とも言えない表情でミント入りアイスをごくりと飲み込む。
「おいしい?」
「はい……ミントが効いていておいしいです」
「馬鹿なこと言ってないで自分で食べな」
 じっとりとした目で見つめられ、環はしぶしぶスプーンを手に取った。

そこからは二人でひたすらにパフェを食していく。カップル用でそれなりのサイズであるこのパフェも、甘いものに目がない女子高生たちにかかればあっという間に空っぽになっていた。
「いやぁ、満足満足」
「美味しかったですね! フルーツが盛りだくさんで食べ応えもありましたし」
「途中にあったマンゴープリンの層もいい感じだった」
「また食べに来ましょう!」
 環の提案に加代は肩をすくめ、茶化すように告げる。
「次はホントに好きな人と来なよ」
「だったら八尋先輩とですね!」
「はいはい、言ってな言ってな。じゃあそろそろ出ようか」
 環の決まりきった返答を横へと受け流しつつ、加代は伝票を手に取り立ち上がった。その様子に環が慌てて財布を取り出す。
「あ、私も払いますよ」
「いいのいいの、私が食べたかっただけだし。さすがに後輩にお金出させるわけにもいかないしねぇ」
「でも……」
「でもじゃないの。それなら、今日付き合ってもらったお礼だとでも思って」
 食い下がる環を押しのけつつ、加代はささっと会計をすませた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ」

 店を出て、二人並んで駅前へと向かう。夕方になり暑さも幾分か和らいでいたが、今度は環が近づくたびに加代はしかめ面を向けていた。それでもくっついてくる環を押しのけるまでしないのは、念願のものを食べられて機嫌が良いからか、はたまた付き合ってくれたことへの感謝の気持ちがあるからか。
「また、連れて行ってください。今日の店じゃなくても、気になってる店があったら付き合いますから」
「えー、どうしよっかなぁ」
「私ほど都合がいい人なんてそうそういないんでしょう?」
 ニヤニヤとした笑みを浮かべて悩む素振りを見せる加代と、同じくニヤッと口の端を上げて告げる環。少しの間視線を交わして、先に折れたのは加代だった。
「そうね。またどこか連れてってあげるわよ」
「わーい、八尋先輩とデートだー!」
「ホント、そういうのは好きな人と行くときに言いなよね」
 そう言いつつも加代は満更でもないといった表情を見せる。そして環の答えも決まりきっていた。
「それなら私が好きな人は八尋先輩なので、何も問題ないですね!」

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