論点『グローバリゼーションと単一化 農・文化の多様性守れ 東京大学名誉教授 神野直彦』|日本農業新聞4月23日

 スローライフを提唱したジャーナリスト・筑紫哲也の遺志を受け継いで、私はスローライフ学会の学長を務めている。スローライフという和製英語は、イタリアで始まった伝統的な「食」の文化を守ろうというスローフード運動に端を発している。

 生命こそ最重要

 もちろん、スローフード運動とはファストフード、つまり人間の営みの基本である食生活すらも工業化して、速いテンポで画一的に「食」を消費させてしまうグローバリゼーションへの異議申し立てである。というよりも、それは農業の多様性を維持し、人間の生命こそ人間の生命こそ人間の社会にとって、最重要の価値として位置付けなければならないという運動だといってよい。

 文化とは人間の生活様式である。それぞれの地域には、それぞれの地域に固有な自然景観という「自然の顔」がある。そうした自然景観を基盤にして、地域に固有な生活様式が形成されている。

 こうした生活様式と自然の景観を結び付けているのが農業である。それぞれの自然景観に適合した作物を農業は育て、地域の生活様式つまり文化を形成してきたのである。

 農業は文化を支えている。文化つまりカルチャーは「耕すこと」に通じる。農業はアグリカルチャーなのに、グローバリゼーションはアグリカルチャーをモノカルチャーにしてしまう。つまり、単一栽培さらには単一文化にしてしまう。

 地域の生活様式を支えるために、地域の自然景観が育む多様な生物を、世界市場に輸出するための単一な作物に特化することを、グローバリズムは強制するからである。もちろん、農業が守り育てた自然の多様な生態系は破壊される。それどころか地域の生活様式も破壊され、人間の生命さえも維持困難となる。

 地域外に売れる商品作物の単一栽培が広まると、生存に必要な食物は、地域外から購入せざるを得なくなる。それどころか、単一の消費文化を強制するグローバリゼーションは食生活すらも、単一化と画一化を要求する。それはファストフードに象徴されている。もちろん、地域外から生存に必要な食物を購入しようとすれば、貨幣を手に入れるために、ますます単一の輸出作物に特化せざるをえないという悪循環に陥る。この悪循環への異議申し立てが、スローフード運動である。

 時代錯誤の過ち

 スローフード運動が次々と広がっていくように、グローバリゼーションの強制するモノカルチャーに抵抗し、農業の多様性を維持しようとする運動は世界中でみられる。それは生態系の多様性を維持し、人間の生命を未来へ持続させていくことにほかならないからである。ただ日本だけが、グローバリゼーションによるモノカルチャーを受け入れ、強い農業を目指そうとする美名の下に、時代錯誤の過ちを犯そうとしている気がしてならない。



 じんの・なおひこ 1946年埼玉県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東大教授、関西学院大学教授などを歴任。財政学が専門。政府の税制調査会専門家委員会委員長。地方財政審議会会長を務める。

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