人世は只ひたすらに歩んで行くのみで、行き先はしれずさりとて帰ること許されず、只ひたすらに歩み行くもの為りて泣けど喚けど思う様行きかねる処か何者に為りて何を為さむとするも追ぞ判らぬもの、人此ことを産まれし時分、凄まじく泣きて諦めらるゝものか、其の様子、哀れなる旅人のやうにぞ見得らるゝ。

紺碧の海の凪の音が聴こ得る港街、潮の香が良きものなれどかやうな処に付き物肴売たる出店無く、大方運び仕事に造船の港と見え何となし味気無し、近場に公園の一つも造らぬ文化に疎き町らしく、歳は四五ばかりの子供らが童謡を囀ながら世話係の女に連れられて、手繋ぎよちゝと行く様、何とも可愛げなるも一人ばかり逸れて歩く子供在り。

爪弾きでもなく単に独りが善いと見え、頭に真赤な林檎をば載せて独りゆうゝと行く様は、己が路を此の歳にして決めて掛るゝ者の面差しにも思われて、可哀相がるのが還って失癘に思へる程の体した小僧、暫く行き過ぎるに頭の林檎を取り落とし、此を屈んで拾いあげんとしむるを、世話係の女頭数足りなきこと今し方気付いたと見えて、彼が林檎を拾いあげるより先に掻き抱きて手をば繋がせ皆の元へ連れ還るなり。

同じ景色をまた独り行く女、歳の頃は二十五六か、長き髪はさらりと飾り気無くも品が在り器量も悪しと云うものがあらうものかの別嬪であるに、何故してか寂しげなる風情にて折角の御面相も影いるばかり、独りたんゝと行く様は、何処か先刻の小僧風であり、寂しげなるも何かを目的にして歩いて居るやうではあるが、何の目的も在るものか、此路は其の儘、女の人世である女自身とて目的識らず喋り合う者も要も無いものだから押し黙るのみであること、只ひたすらに凪の音に耳貸して脚が動く儘に前に進むものなり。

伴に得たしと想う人も無かりければ見繕いもさつぱりとしたもので、人が見れば年頃だに、か程も愛想が無いものは嫁の貰ひて来る訳無しで余程の変り者さと云われしこと屡々乍ら云いたいものには云わせて置けと許りに女、一向に気にもせず、次第忠言する世話焼も依らなくなりし折、一人男に出逢いたる。

背ばかりひよろゝと高く色は女のやうに白い、形はなかゝの男振ではあるが、其の無愛想な処がいけない、今時分の歳で所帯持で無いのはお前ぐらいだ、仕事は出来ても其ひう処がしつかりしていない男は信用もされまひて仕事も来なくなる物だ御願いだから早うに嫁を貰って私を安心為せて呉れ、と母に泣き憑かるゝも仕事にかまけて返答も寄越さずの無愛想、無愛想同士が依った訳だから噺が進まる理無しで、逢えば会釈のみにて別れることもざらなりしなれど、性根が同じは伴に居て気楽で在るからあつと云う間も無い程と世間が不思議がる程の早さで夫婦と成りけり。

晴れて同じ屋根の下で暮すこととなりしも三子の魂何とやら性根は互いに相変らずだが結ばれし縁は解せぬもの、日がな一日面突き合わして喋り合う者同士より三日に一言噺があるだけ多ひと云う有り体乍ら以心伝心とは当に此ことと広く云わしむる程の仲良きこと目出たきや。

當の本人より大変な想ひをしたは両家が父母、夫婦に為りし報告も寄越さで初めて識つたのが初産の連絡だつたのだから、お前たち其れは目出度いことだつたけれど何して電話の一つも寄越さでか、親が識らぬのに他人様の方が余程御存じで在るなんて世間体が悪いやねと褒めたり叱ったり偉く忙しき親心子識らずで聞き流し赤児あやす母親に為りし女に何を学むだか、其の子両親に似ず愛嬌のある利発な小僧に育ちたり。

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