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KOMIYA Tomone · @frroots

21st Dec 2018 from TwitLonger

ジェンダー法学会に対する批判のおかしなところ


先日のジェンダー法学会大会でのシンポジウム「メディアとジェンダー」の質疑応答時間中にあったme too発言について、山口弁護士によるジェンダー法学会批判が続いています。

実際のところどんな発言があったかについては、その場にいなかった人には判断のしようがないことでしょう。にもかかわらず、ネット上では発言者が「犯行予告」のようなことをおこなったことがあたかも「事実」であるかのように流通し、それを制止しなかったと「ジェンダー法学会が」非難されています。

当日会場にいた一参加者として、私はこうした事態はとてもおかしなものだと感じており、また山口弁護士の学会批判は結果としてそのおかしな事態を招来させる悪質な扇動になっていると感じるので、(いずれ学会から何か動きがあるのかもしれませんが)一参加者の立場からその理由を述べておきます。


1. 山口発言の変遷

まず、当該発言に対する山口弁護士の評価が変遷を見せている点に注意を促しておきたいと思います。

当初山口弁護士は、単に「metoo をやりますと宣言しさえすれば、長々と不規則発言(演説?)をして、他人の質問時間と機会を奪うこと許容される空間なのでしょうか」とを非難していました。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1069139003172040706

山口弁護士は繰り返しこの非難をおこなっています。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1069577971025891328
https://twitter.com/otakulawyer/status/1069728797673451521

しかしここで問題にされているのは「不規則発言が他人の質問時間を奪ってしまうこと」であって「加害予告」などではありません。

それに対して当日シンポジウムの司会をしていた谷口先生から、「発言を制止しなかったことは間違いではなかったと考えている」という旨の説明がありました。
https://www.facebook.com/mayumi.taniguchi.3/posts/2143913278966437

山口弁護士が「脅迫罪や名誉毀損罪に問われうる」という話を持ち出すのは、その後のことです。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1071287645802614785

ここでは「不規則発言によって質問時間が失われた」という当初の問題提起から、「危険な発言を制止しなかった」ことに問題が変わっています。

そして最近のツイートでは、「加害予告を含む不規則発言・演説」という表現になっています。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1075318974475194368

私はこの変遷は不自然だと思います。もし本当に「加害予告」であったなら大問題なのですから、真っ先にそのことが問題にされておかしくないのに、最初はそんな話はどこにも出てきていないのです。

ちなみに私自身は発言者のすぐ後ろで発言を聞いていたのですが、「加害予告」に聞こえるような発言はなかった、という印象を持っています。会場には非会員の傍聴者も含め多くの参加者がいました。もし多くの人にとって「加害予告」と聞けるような発言があったら、もっとその場で騒動になっていたり、後から多数の証言が出てきてもおかしくないでしょう。

山口弁護士本人はこの変化について、「ジェンダー法学会の異常性を伝えるためには発言内容に触れる必要があると判断した」と説明しています。
https://twitter.com/otakulawyer/status/1071332609018318848

しかし「ジェンダー法学会は異常だ」と言いたいのであれば一番異常だと思う問題を最初に言わないのはおかしなことであり、この説明は問題提起の中身自体を「質問時間が失われた」ことから「加害予告を制止しなかったこと」へと後から変えたことについての説明としては説得力があるようには思えません。

「最初は関係者のプライバシーに配慮していた」という可能性もありえますが、だとしたら関係者のプライバシーへの配慮よりも学会の非難を優先することに後から決めたということになるわけで、それはそれでいかがなものかということになるでしょう

私はこの変遷に対して、当初は山口弁護士自身、当該発言を「加害予告」だとまでは思っていなかったのではないかという疑いを抱きます。発言を制止しなかったことについて司会者から「間違いではなかった」と言われたので、「間違いだ」と言うために後付けで問題提起の中身を変えたのではないかということです(もちろんご本人は否定されるでしょうけれど)。

いずれにせよ、ここにあるのは「問題提起の中身を変えながらジェンダー法学会への非難を山口弁護士が続けている」という事実です。この事実の不自然さにもかかわらず山口発言に乗せられる人たちがおり、どんどん強い言葉でジェンダー法学会が非難されるようになっている事態は、とてもおかしなものだと私は思います。


2. 「犯行予告」?

山口弁護士の発言には、もうひとつ注意すべき点があります。それは、山口弁護士自身は発言者の発言をどう理解するかについて、それなりに慎重な表現を使っているという事実です。

すでにネット上では「犯行予告」「脅迫」「殺人予告」があったかのように発言している人が多数いるわけですが、twilogで検索するかぎり、山口弁護士自身は一度も「犯行予告」という言葉は使っていません。

1で見たとおり山口弁護士は「加害予告」という表現を使うに至っていますが、「犯行予告」とは言っていません(実は「加害予告」という表現も最初に使ったときには「加害予告まがい」という言い方で使っています)。

また「殺害予告」という表現も、一度だけ「殺害予告じみた」という表現を使っているだけで、「殺害予告だった」とは言っていません。

さらにこれも1で述べたように、司会の谷口さんから声明があった後、山口弁護士は「脅迫罪や名誉毀損罪に問われうる」という話を持ち出すわけですが、ここでも「当該人物の面前で言えば」「発言内容の真実性、相当性立証に失敗すれば」という条件をつけて「問われうる」と言っているだけです。「脅迫罪や名誉毀損罪にあたる」と言っているわけではありません。

そして山口弁護士が上げている条件は、実際には満たされていないか、発言内容に立ち入ることなしに満たされるかどうか検討することが不可能なものです。

要するに、山口弁護士自身は一度も「犯行予告」とも「脅迫」とも「殺害予告」とも断定していない発言について、それを聞いた人が「犯行予告だ、脅迫だ、殺害予告だ」と騒いでいる、というのが現状なのです。

発言内容について発言者の素性に関する(それ自体多くの人には真偽の検証のしようがない)情報を持ち出して憶測をしている人もいますが、発言者がどんな人なのかということは当日の参加者は知るよしもなかったことなのであり、司会の対応の是非はその場でおこなわれた発言に照らしてしか判断できないのですから、そうした憶測は山口弁護士の問題提起をなんら補強するものではありません。

山口弁護士自身は自分の発言が招いているこうした事態を決して止めようとはしないどころかRTで拡散しているところに私は悪質さを感じますが、ともあれ彼の発言に乗って「犯行予告だ、脅迫だ、殺害予告だ」と山口弁護士本人も言っていないことを言いつのる人がたくさん出てきている事態を、私はおかしなものだと感じます。山口弁護士は梯子を外すようなことはしないでしょうけれども。


3. 学会を非難する理屈

さて、1と2で見たようなおかしな事態が生じているのは、単に山口弁護士の発言に乗った人に思慮が足りないという話ではなく、彼の発言自体にそうした自体を招き寄せる要素があるからだと私は思います。そのひとつは、山口弁護士が一貫して「ジェンダー法学会」という組織を攻撃対象にしていることです。

山口弁護士は「発言を司会者が制止しなかった」ことについて疑問を提起しています。1で述べたとおり疑問の内容については変遷が見られますが、いずれにしても司会の進行にかかわる批判をしている点については変わりがありません。

しかし一般的に言って、司会の進行の仕方に不満があったとき、それを直ちに学会への批判に結びつけるのは奇妙なことです。司会は学会を代表しているわけでも何でもないからです。司会に不満があり、またその不満を司会者自身に取り合ってもらえなかったと感じたなら、学会事務局なりにそれを訴えるというのが通常の順序というものです。学会が批判の対象になりうるのは、学会事務局にも取り合ってもらえなかったというような事態があったときでしょう(もちろん、取り合ってもらえないのは批判が的を外しているからという可能性もあるわけですが)。

ところが山口弁護士はそうした手順をスキップして一足飛びに「ジェンダー法学会」という組織を批判しにかかっています。これは学会員個々人と学会という組織を混同したおかしな批判のしかたであり、結果としてこのことは、ジェンダー法学会という組織への非難を広げることになっています。

ちなみに、「失われた質問時間」で山口弁護士がおこなおうとしていたという質問は次のようなものだったそうです。

「ジェンダー法学会には……国際条約や欧州の立法例を参考に表現規制をしたがっている人が多いようだが」「国際水準というなら、国家機密を守る法律や集団的自衛権を認める国が多い中、ジェンダー法学会は秘密保護法や集団的自衛権について、憲法違反等を理由に反対する声明を出している。このダブルスタンダードについて質問をしたかった」
https://twitter.com/otakulawyer/status/1069242123914948608
https://twitter.com/otakulawyer/status/1069243200802439170

この「幻の質問」にも、学会員個々人とジェンダー法学会という組織の混同が見られます。「表現規制をしたがっている人が多いようだ」はシンポジウム当日の参加者の発言等から山口弁護士が抱いた印象でしょう。しかし当然ながら個々の参加者は学会を代表しているわけではないし、学会の声明に学会員全員が賛同しているなどということも通常はないのですから、シンポジウム参加者の個々の発言と学会の声明のあいだに「ダブルスタンダード」を見いだすなどというのはおかしな話なのです。

個人的にはこうした混同には、「ジェンダー法学会を攻撃したい」という欲望が透けて見えているように思います。

いずれにせよ、ジェンダー法学会への非難がこの混同に乗っかる形で広まっていることは疑いようがないと思います。

付言しておくならば、質疑応答の時間に志田陽子先生の報告に対してフロアの一人から「ジェンダー法学会としてそうした見解をとってよいのか」という疑問が向けられたのに対して、司会者は明確に「ジェンダー法学会として」というような疑問の提示の仕方はすべきでないと述べていました。つまり、司会者の進行は、明確に個々の発言者と学会組織を区別していたのでした。


4. 学会、me too、プライバシー

もうひとつ。

「不規則発言」としてであれ「加害予告」としてであれ、問題の発言が「制止すべき発言」であったかどうかは発言内容への言及を抜きにしては論じることができません。しかしながら、発言の性質を考慮したとき私はそれは安易にSNSで論じるべきことではなく、したがってSNSで司会者やジェンダー法学会を非難するということは不適切だと思っています。

たしかに一般論としては「学会は公開の場」です。しかし他方で、学会は「どういう人たちが集まっているかある程度共通理解がある場」であり、その理解を前提に、参加者を信頼したさまざまな情報コントロールがおこなわれる程度には閉鎖性をもった場でもあります。この点はSNSとは大きく異なるところです。

「公開の場か否か」といった単純な二分法では、ある公開の場で提示された情報は他のすべての公開の場で流通させてよいということになる一方、すべての場に流通させてよい情報以外はどんな公開の場にも出せないということになるわけで、当然ながら私たちはそんな単純な社会に生きているわけではありません。

さてジェンダー法学会でme too発言がおこなわれるとき、発言者が「ジェンダー法学会」という場に参加する人の特徴を考え、「ここでなら聞いてもらえるかもしれない」とか、「ここではこういうことを訴えたい」といったことを考えた上で発言しているという可能性を考慮することは不自然なことではないでしょう。実際、すでに何人かの参加者が述べているとおり、当該発言は「アカデミアの人たち」に向けられた問題提起でもあり、その場に集まっている人の特徴を意識して語られていると聞くことができるものでした。

言うまでもなく、me too発言はデリケートなものです。関係者(告発者、非告発者双方)の名誉とプライバシーにかかわるという意味でもそうですし、性暴力被害の告発にかかわる以上、当人の意思と選択がまずは何より尊重されるべきという意味でもそうです。そうしたデリケートな性質をもった発言が、「その場にいる人向けに語られている」とき、明示的な情報コントロール要求がなかったとしても、発言の公開性の程度を非関係者が勝手に判断するのは望ましいことではないだろうと私は思います。情報を出せばさまざまな憶測が飛び交うことになってしまうのですから、「個人名を出さなければよい」というわけでもないと思っています。

むろん山口弁護士は「明示的な情報コントロールがなかった以上、一定程度の情報をSNSに持ち出すことに問題はない」と考えるのでしょう。しかし問題の性質に鑑みてそう考えない人はSNSでは発言内容について議論するのを控えるのですから、「どんな発言だったか」「それに対する司会の対応は適切だったか」について、結果的に一方的な印象だけが拡散されることになります。発言の公開性自体に見解の相違がありうる問題については、そもそもSNSでは議論ができない可能性が高く、もし山口弁護士が本当に今回の件で「司会が発言を制止しなかったこと」について問題提起がしたかったのなら、SNSは適切な場とは言えないでしょう。

3でも述べたとおり、山口弁護士は学会事務局に改善申入をすることもできたはずでした。それをしないでSNSでの発言を選んでいることも、山口弁護士の言葉を扇動として機能させることに大きな役割を果たしていると思います。

5. まとめ

以上
(1)不自然な変遷にもかかわらず山口弁護士の発言がその真偽を判断できないはずの人たちによって「事実」として広められていること
(2)山口弁護士本人が言っていないことまでもが「事実」として広められていること
はおかしな事態であると述べました。

また、そのおかしな事態は
(3)学会員個々人と学会組織を混同して学会を攻撃していること
(4)一方的な印象が広まりやすいSNSであえて発言されていること
という山口弁護士の発言によってもたらされているものであることを述べました。

要するに、山口弁護士の発言は、ご本人の意図はどうか知りませんが、ジェンダー法学会に対する悪質な扇動となる要素を持っており、実際それに乗せられている人たちがいる、というのが私の印象です。

me too運動に対する賛否も、当日の発言の理解も、司会の対応の適否も、人によって見解が異なるところはあるでしょう。しかし(1)~(4)は、どんな見解をもつ人であってもやるべきではないことだと私は思います。

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