10歳になるその晴れた日に、僕は父様と母様に売られた。

田舎領主の治めるこの地には蒸気も魔導も恩恵がなく、只々、中央の王侯貴族や神官どもとの格差は広がるばかりだった。そんな事情であるからして、成人した僕が中央のいけ好かない貴族に身を売る代償に、我が家ではついぞ見たこともないほどの金貨銀貨を得られるとなれば僕の運命は元々決まっていたようなものだ。

――そう言えば、次兄も10歳の誕生日に忽然と姿を消したんだった。
長兄や妹ばかり可愛がる両親や家の者にあって、次兄とだけは仲が良かった。
でも、そんな彼も……こうやって、家の礎となったんだ。突然いなくなった彼について家人も不自然な程に何も触れなかったのは、こういう事だったんだね。

かくして。

その日から王都での素敵な生活が始まった。まず骨身に叩き込まれたのは、「ご主人様」への徹底的なご奉仕の心とその作法。朝に夕にと、その身をもって「ご主人様」やお家の方々をお慰めし、癒し、愉しませる。「ご主人様」の意向で右の眼窩は刳り貫かれ、その痕には艶めかしく蠢く肉襦袢が埋め込まれた。

身体の中も随分と弄られたね。口腔・鼻腔・臍……もちろん、下も。僕の身体のウチでそういった「技術」が使われなかったところなんて無いんじゃないかな。

反逆や脱走防止の為の枷も埋め込まれた。この首のチョーカーがそれだね。古典的な、よくある魔道具さ。主に背く意思に反応して……ボンッ!って奴。「ご主人様」はたいそう魔道具に精通されていらっしゃったからね。この程度の簡単なものは自分で作っていらっしゃった。

――どうして、そんな僕が今ここに居るのかって?

ふふ……それは、天のお導きだよ。あぁいや、別にね。僕が寝首を掻いたとかそういう訳じゃない。それは……「コレ」があるからできないしね。最初の内は出来る限りの反抗をしてみたりもしたけど、疲れてしまったよ。折檻を繰り返されるとね、心が死ぬんだ。そうなると、朝起きて、「ご奉仕」をして、主の眠りを見届けてからつかの間の休息を取る。それだけの人形になるんだ。慣れてしまえば楽ではあったね。

何はともあれ、「ご主人様」はお亡くなりになった。腹上死とでもいうのかな。胸を抑えて苦しむ「ご主人様」を、僕はぼんやりと見上げていたよ。僕の中に居た「ご主人様」が、やがて萎びて抜けて、ようやく事の次第を理解したぐらいだ。

「ご主人様」の魔道具に対する造詣が非常に深いのは家人もみな知るところだったから、状況が状況にも関わらず僕が疑われることは無かった。だから、その点は佳かった。

だが、問題だったのは……彼の趣味の侭に手を入れられた僕の身体を、誰も面倒見ることが出来なかった。その事だね。主のいない性愛人形なんて、単なる厄介者でしかない。唯でさえいろいろと手を加えられた僕の身体を見て気味悪がる家人は多かったからね。僕が「ご主人様」の屋敷を追い出されるまでにそう時間は掛からなかった。

特に行く当てもないから、そのまま死んでしまっても良かったんだけどね。ふと、次兄が何を今頃やっているのか気になったんだよ。他の家族は僕を売った蓄えも食いつぶして、困窮しているという話だけは入っていたけど……まぁ、彼らに今更興味は無い。ただ、かつて生き別れた兄にもう一度、会いたくなってね。ただそれだけだ。

それだけの為に、僕は生きて、今ここに居る。

――とある新米猟兵の登録に際して、インタビュー記録

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