★2017年の安倍政権は「忖度」と「排除」に助けられたー(田中良紹氏)

2017年の日本政治を象徴する言葉と言えば「忖度」と「排除」につきると思う。

「忖度」は安倍総理を直撃した「森友・加計疑惑」において頻繁に使用された。

一連の疑惑は最高権力者が身内に有利になるよう「指示」したのではなく

官僚が勝手に「忖度」した結果だというのである。

 「忖度」となれば責任の所在は曖昧になり安倍総理にとって

致命的な打撃にならない。

しかし「忖度」を言うために政府内の資料はことごとく廃棄され、

また「総理のご意向」とするメモの存在を認めた前川前文科次官の告発もあって、

国民世論は安倍総理を信用しなくなった。

内閣支持率は危険水準と言われる3割程度にまで落ち込んだ。

 支持率が落ち込んだ安倍総理は臨時国会でそれ以上の追撃を避けるため、

大義名分のない臨時国会冒頭解散に打って出た。

その時、小池百合子東京都知事が希望の党を立ち上げ、

それに民進党が合流すれば与党過半数割れになることが確実視された。

安倍退陣の流れが現実になるかに見え安倍自民党は青ざめた。

 するとどこからか希望の党の「排除リスト」なるものがメディアに流れる。

民進党の十数人が希望の党から排除されるというのである。

それを質問された小池都知事は「全員を受け入れる気はさらさらない」と言い

「排除」の言葉を使った。

この「排除」の言葉を一斉にメディアが宣伝する。

これで選挙は「保守のリベラル潰し」という構図になり、

野党分裂選挙になったことで与党は3分の2の議席を維持することができた。

 2017年に安倍総理の窮地を救ったのは

「忖度」と「排除」という二つの言葉である。

安倍総理が臨時国会冒頭解散に打って出た時、

憲法改正に必要な衆議院で与党3分の2は維持できないことを覚悟したはずである。

憲法改正を犠牲にしてでも安倍総理は「森友・加計疑惑」追及を逃れる必要があった。

 それはトランプ大統領の初のアジア歴訪が迫っていたからである。

予定通り臨時国会が開かれていれば野党から追及を受ける中で

トランプ大統領を迎えなければならない。

支持率が低迷したままで迎えることになる。

多少議席を減らしても状況を一新する必要があった。

 トランプ政権の初のアジア歴訪にとって最重要の外交舞台は

中国の習近平国家主席との会談である。

10月18日に開かれた5年に一度の中国共産党大会で

習近平体制が基盤を固め2期目のスタートを切った後の11月9日に会談は設定され、

それに伴って日本と韓国訪問のスケジュールも決められた。

その時に日本の政治が混迷し、安倍総理がレームダックだったり、

他の人間に代わっているのはトランプ政権のシナリオにはない。

 メディアは「排除」の言葉に敏感に反応したが、

フーテンはそれよりも小池百合子東京都知事が安倍総理打倒を掲げて

希望の党を立ち上げたにもかかわらず、

出馬をしないという選択の方に疑問を持った。

安倍総理の解散宣言と同じ日に希望の党結成を表明し、

「政権選択選挙」と銘打ったのは明らかな安倍政権打倒の表明だからである。

 小池百合子氏は第一次安倍政権の時に安倍総理の足を引っ張った

いわば「天敵」の一人である。

そのため第二次政権では「イジメ」に遭い、政権の中枢から「排除」され続けてきた。

その逆襲劇が自民党東京都連を悪役に仕立てて

都知事選挙に打って出た昨年の動きである。

 小池氏は第一次安倍政権で2007年7月に防衛大臣に就任したが、

就任するや「防衛省の天皇」と呼ばれた守屋武昌事務次官の交代を求めて

安倍政権を揺さぶり、7月末の参議院選挙で自民党が惨敗すると

8月の特別国会を欠席して訪米、チェイニー副大統領やライス国務長官と会談して

自身を売り込み、帰国後はインド訪問の安倍総理と同時期にインドを訪問するという

異例の外交を行い、8月末の内閣改造の前に自ら再任を拒否した。

 つまりことごとく安倍総理に逆らい安倍総理の足を引っ張ったのが

この時期の小池氏である。

従って小池氏の希望の党立ち上げを「安倍と同類」とか

「自民党補完勢力の誕生」と見るより、フーテンには天敵同士の戦いに見えた。

その小池氏が結局は勝負に出ずに終わった。

勝負師が勝負に出なければ政治家としての先行きも危うくなる。

 なぜ勝負を掛けなかったか、トランプ政権の初のアジア歴訪のシナリオを

崩しかねないと思われ、そうした圧力があったのかもしれないとフーテンは想像する。

それが「保守のリベラル潰し」という構図をメディアに宣伝させて

国民の目を別の次元に誘導した。

 『東京プリズン』(河出書房新社)で

司馬遼太郎賞などを受賞した作家の赤坂真理氏はコラムで、

「小池氏は運命の一言、『排除いたします』と言った。

この一言が、切り取られ、まるで言葉狩りのように槍玉に挙げられ、

評判は地に落ちた。

党首としては党の一貫性を保つために普通のことを言っただけなのに」と書いている。

 そして「個人的な好き嫌いで言っているのではない。

好き嫌いで言えば、勝手にためた鬱憤や屈折を

これさいわいと吐き出し総攻撃を浴びせる、

そんなメディアのほうが、嫌いだ」と書いた。

 フーテンにはこれとよく似た経験がある。

ロッキード事件の取材で東京地検特捜部を担当していた時、

田中角栄前総理の逮捕はそれこそ青天の霹靂だった。

それまでは児玉誉士夫が秘密代理人で

そこから政界に賄賂が流れたとされていたから

中曽根康弘氏などの名前も念頭にあった。

 ところが田中逮捕でニュースの書き手が我々から政治部記者に代わる。

すると「金権腐敗」が大々的に報じられ、

「民主主義の危機」という論調が展開され、

「政治資金規正法改正」が政治課題に浮上する。

その勢いはすさまじく日本列島に「政治とカネ」の風が吹き荒れた。

 しかし司法記者の現場ではこれで捜査が終わりになることに抵抗があった。

若手の検事たちも事件は全容が解明されてはいないと考えていた。

そのためロッキード事件の「捜査終了」を宣言することが出来ず、

「中締め」と言ってとりあえず捜査を終了させた。

しかしそうした事実は「金権腐敗」のニュースの陰に隠れて

国民の知るところにはならない。

 そして国民はロッキード事件を「田中角栄の犯罪」と思い込んだ。

事件を発覚直後から追い続けてきたフーテンには突然強風が吹いて

それまで積み上げてきた事件の構図が吹き飛ばされた思いがした。

今回の「排除」にも同様の風の吹き方を感じた。

 解散前には憲法改正を犠牲にすることも覚悟した安倍総理は、

再び与党で3分の2の議席を確保し、

憲法改正を政治課題に乗せることが可能になった。

また大義なき選挙にこじつけた2年先の消費増税の使い道に国民の理解が得られた。

 消費増税を選挙争点にして与党が勝利したのは日本の政治史上初めてである。

選挙が終わると所得税の増税、環境税や出国税の新設など

相次いで増税が図られることになった。

国民が消費増税を認めたことがこの背景にある。

来年は国政選挙がない見通しなので鬼の居ぬ間の洗濯で

財務省の高笑いが聞こえてくる。

 2017年の安倍政権は「忖度」と「排除」に助けられて年を越そうとしている。

しかし先の総選挙で安倍政権に「飽き」がきていることを感じた議員たちも多い。

また「森友・加計疑惑」は国民の意識からまだ消えていない。

 バラバラのマイナス・イメージでしか見られない野党だが、

先の総選挙で立民と希望が獲得した比例票は自民を上回った。

来年の通常国会での役割分担がどうなるか、そこに注目したいと思う。

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