『ピーターラビットと子どもの本の礎』
斉藤敦夫先生　講演概要
２０１６年１１月６日　於：長岡市中央図書館（新潟県）

人生は子供のときにどれだけ遊んだか、どれだけ良い本に巡り合えたかである。
　瀬田貞二氏の『幼い子の文学』に記されているように、幼い、一番年少の子供たちが喜ぶ本のパターンは、トールキンの言うところの”There and Back Again”、すなわち「行って帰る」ということに尽きる。児童文学でこれをはじめて成しとげたのはビアトリクス・ポターであるが、それ以来子どもの本の中心的なテーマであり、古典的なものが子供たちによって愛され守られているといえる。
　「行って帰る」というのは、『アンガスとあひる』という絵本などがよい例で、幼い子どもの場合ほんとうに体を動かして行って戻ってくることになる。

　最近は『ハリー・ポッター』シリーズなど新興文学も盛んだが、それをきっかけとして結局は古典に辿りつくようだ。

　一方で、昔話というジャンルも存在するが、これは基本的に主人公が出世する、結婚するなど「行って帰らない」ものが多く、「行って帰る」形にしても単に行って帰ってくるだけでない特別な構図がある。
　「むかしむかし…」「あったてんがの…」等の語り出しで時間軸がこの世と地続きでない世界へ移り、「いちゃぽーんとさけた」といった〆のことばでそれが現世に戻る、すなわち、「行って帰ってくる」のは聞き手の方なのである。そもそも“昔”ということばの語源は“向かう”なのだそうだ。

　先述の通り行って帰ってくる物語のはじまりは『ピーターラビットのおはなし』だが、ポターはなぜこの作品を描こうと思ったのだろうか。
　背景にはポターの動物学への熱意や知識、近代絵本の祖であるコルデコットに師事したこと、また、愛読書にシェイクスピア、(妻のもとから出かけて帰ってくる物語である)イリアスやオデュッセイアなど古典文学が含まれていたことも挙げられる。
　『ピーターラビットのおはなし』の「おかあさんといっしょにくらしていました」という冒頭部分は、聖書(ポターは敬虔なクリスチャンであったが、本作には“放蕩息子の帰還”のエピソードが重なる)やギリシア古典を髣髴とさせる。そこが戻るべき安心できる場所だから、ピーターは母のもとから出かけてゆき、また戻ってくるのである。

　ちなみに「行って帰らない」子どもの本も存在する。『三びきのやぎのがらがらどん』、『よあけ』、韻文のリズムに乗って遊べる『大きなかぶ』などがこれにあたる。

　また、かつての物語と少し違う物語も出てきた。『かいじゅうたちのいるところ』は、伝統的な「行って帰ってくる」物語でありながら、主人公は物理的には動かず、その心の中だけで物語が進む。『センダックの絵本論』ではこのような物語を「インナー・ピクチャーブック」と表現している。
　本作は親世代からは不買運動にあったが、子どもたちからはファンレターがぞくぞく届いた。まさに子どもたちが選んだ子どもの本なのである。

(以上)

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