★不毛な憲法論議を見せられるとドイツやスイスが輝いて見えるー(田中良紹氏)

自民党憲法改正推進本部は20日に全体会合を開き中間とりまとめを行ったが、

注目された9条改正は、安倍総理が主張する9条の1項と2項を残したまま

3項に自衛隊を明記する案と

石破茂氏らが主張する2項を削除して「国防軍」を創設する案の両論を併記したまま

年を越すことになった。

 石破氏らが主張する2項を削除する案は2012年に自民党がまとめた憲法草案に

基づく。1項の「戦争放棄」によって平和主義を維持し、

しかし2項の「戦力不保持」と「交戦権の否定」は

自衛隊が存在する現実とかけ離れているため削除する考えである。

 かつ「戦力なき軍隊」とされる自衛隊は警察と同様に国内法で縛られているため

海外でのPKO活動などに制約がある。

その制約を取り払うため諸外国と同じように国際法の適用を受ける軍隊にすべきだ

としている。

 これに対し安倍総理が今年5月に突然言い出した案は9条をそのままにして

3項を付け加え、そこに自衛隊を明記するというものである。

現在のままだと自衛隊を違憲と主張する憲法学者が出てくるので、

合憲であることを明確にするためだとしている。

 しかし現実に日本政府は自衛隊を合憲と解釈しており

一部に反対する者がいるとしても大方の国民は自衛隊の存在を認めている。

わざわざ3項を付け加え自衛隊を明記する必要があるのかという議論はある。

護憲派も含めて国民の賛成を得やすくし改憲の実績を上げたいだけの

不要な改憲論ではないかと言うわけだ。

 実は安倍総理の9条改正論はオリジナルなものではない。

36年前に結成された右翼組織「日本を守る国民会議」は

大衆運動方式で憲法改正を行うことを目標にした。

そのときに作られた憲法改正草案にすでに3項を付け加える案が

盛り込まれているのである。

 起草者は早稲田大学の学生時代に

「新日本学生連盟」という民族派学生運動の委員長を務めた竹花光範で、

当時は駒澤大学で憲法学を教える助教授であった。

彼は「時代感覚や時勢にマッチし、

かつ国民に理解される合理的内容の改正案」を主眼とした。

そして「平和主義の原理そのものには手を触れず、しかし2項は削除する必要がある」

と主張した。

 それでも反対運動を高まらせると判断した場合には別に3項を設け、

「自衛戦争や自衛のための武力の保持が

1項や2項によって禁じられるものではない旨の解釈規定を置くのも良い」

としたのである。

これが1項、2項をそのままにして憲法を変えていこうとする柔軟路線の始まり

であり、安倍総理の9条改正案の原点といえる。

 「日本を守る国民会議」は学者、財界、政界、宗教界などに幅広い人脈を広げ、

全国の市町村議会をターゲットに組織化を進め、

護憲派の社会党議員や作家の野坂昭如氏らを招いてシンポジウムを行うなど

「大衆受けを狙った新路線」に右翼運動を切り替えた。

 この「日本を守る国民会議」の後継が現在の安倍総理を取り巻く「日本会議」

である。彼らの第一の目標は「改憲アレルギーの排除」にある。

そしてその柔軟路線の原点を作った竹花はいったん改憲に成功すれば、

あとはスムーズに目標とする憲法改正が成し遂げられると考えた。

 ポイントは天皇の元首化と軍隊の保持にあるが、

それ以外にも国会に関わる憲法の規定を変えて国会より内閣を優位に置くことが

意図された。

中曽根政権が誕生した1981年と時を同じくして始まった右翼運動の

大衆運動方式による憲法改正戦略は、

安倍政権によって実現への一歩を踏み出せるかどうかというところまできたのだ。

 先の総選挙で共産党の志位委員長は憲法9条の2項を守ることの重要性を力説した。

2項があれば海外に自衛隊が出て行くのを阻止できると言った。

しかし今でも集団的自衛権の行使容認という解釈改憲によって

自衛隊は米国の要請で地球上どこにでも出て行くことができる。

 問題は日本政府が容認の「限定」の幅を狭くとるか広くとるかで

対応に違いが出るということではないか。

トランプ大統領と安倍総理の関係を見ればその「限定」はないに等しく見える。

安倍総理はトランプ大統領から頼まれれば断れない関係にあると見える。

それが問題なのである。

 従って先の総選挙は安倍総理を続投させるかどうかを問う選挙だった。

政権交代になるとは思わないが、自民党が単独過半数を割れば安倍退陣は確実だった。

そして自民党の別の誰かが総理になり、

その方が自衛隊のリスクを減らす可能性があった。

 従ってフーテンは共産党が希望の党を敵視するより、

安倍退陣を実現するための選挙協力に力を入れるべきだと思ったが、

「保守のリベラルつぶし」という野党内の対立感情だけが前面に出て

安倍総理に利益をもたらす結果になった。

 しかも9条2項を残すことが正しいかのような印象を共産党が国民に与えたことは、

右翼勢力が36年前から実行してきた戦略に道を開くことになる。

石破案より安倍案の方が平和主義に見えるようなことになれば本末転倒である。

 フーテンは第二次大戦後に憲法9条を盾に再軍備を拒否した日本と、

憲法を改正して再軍備した西ドイツを比較して考えることがある。

両国とも戦争にはこりごりしたはずだが、ドイツは再軍備し、

しかし戦前とは異なる「市民の軍隊」を作り徴兵制を敷いた。

 一方の日本は米国に安全保障を全面的に委ね、

米国がいなければ何もできない国になった。

しかし軍事費を抑制し、戦争に出兵することなく、

戦争のおかげで経済成長を成し遂げたことは憲法9条の絶大なる効果である。

 しかしそれが米国の怒りを買い、安全保障を米国に委ねている弱みから

経済でも米国の言うことを聞かなければならなくなった。

 米国は日本にどんどん兵器を買わせて米国への従属度を強め、

米国の戦争に巻き込まれる可能性は年を追うごとに高まっていく。

9条を守っていれば平和でいられるというのは本当なのか。

それよりもどの国とも「戦争をしない」と条約を結び中立でいることの方が

平和でいられるのではないかと思うときがある。

 かつて日本は「東洋のスイスたれ」と占領軍のマッカーサーから言われたと聞いた。

スイスは永世中立国であるからどの国とも戦争をしない。

従ってどの国とも同盟など結ばない。だからスイスはEUにも入らない。

自主独立でなければ中立国にはなれない。

 そのスイスはしかし約束を破られた時のために武装する。

武装して最後の一人まで戦う気概を各国に示している。

それが抑止力である。だから誰もスイスを侵略しようとは思わない。

核戦争に備え国民は核シェルターを持つことが義務づけられる。

もちろん国が補助金を出して支援する。

ミサイル防衛に予算を使うより国民の安全のために予算を使う。

 軍隊は国連のPKO活動に積極的に参加する。

しかし戦闘行動は行わず後方支援に当たるという。

とにかく敵を作らないことが平和を維持する基本である。

従って専守防衛に徹し侵略用と疑われる武器は持たない。

また安全保障の重要な施策として食糧自給率を向上させる。

山国で農地面積は少ないと思うが自給率51%で日本の38%より高い。

 しかしそのためには軍隊を持ち徴兵制を敷き独立自尊の生き方をするのである。

訳のわからない憲法論議を見せられていると日本が目指すべき国は

今やEUの中心となったドイツか、あるいは永世中立国のスイスではなかったか

と考えてしまう。

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