★求められる富裕層優遇金融資産所得分離課税撤廃-(植草一秀氏)

2018年度税制改定が論議され、

給与所得控除の圧縮などが論じられることが報じられている。

税制改定上の最大の問題は言うまでもない。

消費税増税問題である。

消費税は1989年度に導入された。

導入から28年の年月が経過している。

税率は導入当初が3%、1997年度に5%に引き上げられ、

2014年度に8%に引き上げられた。

巨大な増税が実施されてきたのである。

消費税の導入、消費税増税について、財政当局は、

日本財政の危機

高齢化に伴う社会保障支出の増大

税負担の公平化

などの理由を掲げてきた。

日本の国民は、

「日本が財政危機に陥ってはいけない」

「高齢化が進行するなかで社会保障支出増大に対応するための負担増は

受け入れるしかない」

「所得税は所得の捕捉などの不公平があり、

そのような水平的公平が確保される消費税の比率を高めることは受け入れられる」

との理解を示してきたものと考えられる。

国民はこうした理解を示してきたと考えられるが、

国民の理解と現実とに大きなかい離がある。

分かりやすく表現するなら、多くの国民が事実誤認してきた、

あるいは、騙されてきた疑いが強い。

どういうことか。

第一に、日本財政が危機に直面しているという事実は存在しない。

財政収支が悪化したことは事実だが、

例えば1997年度の消費税増税で財政収支が改善したという事実は

確認されていない。

消費税増税を主因として日本経済は深刻な不況に陥った。

当時、私が事前に強く警告していたことであるが、

資産価格暴落で日本全体の不良債権問題が急拡大する過程での巨大増税が

景気悪化をもたらし、連動して株価暴落と金融不安拡大の悪循環が広がっていった。

結果として日本の税収は増税前の96年度と比較して98年度には

激減してしまったのである。

増税を実施したのに国税収入が激減してしまった。

また、財政当局は日本政府が1000兆円の借金を抱えていることを強調する。

GDPの2倍以上の政府債務を抱えており、

これはギリシャよりも深刻な状況だと説明してきた。

しかし、財政当局は極めて重要な事実に言及してきていない。

それは、日本政府が保有する資産が債務残高を上回っているという

最重要の事実である。

2015年末時点で日本政府は1262兆円の債務残高を抱えている。

1000兆円を超える債務残高という表現はウソではない。

しかし、このことが直ちに日本財政の危機を意味しないことに注意が必要だ。

なぜなら、2015年末時点の日本政府の資産残高が1325兆円あるのだ。

両社を差し引くと63兆円の資産超過である。

63兆円の資産超過である日本政府が破綻する危機は存在しない。

私がこの主張を展開し始めてから、財務省は説明の一部を修正した。

それは、政府資産のなかの金融資産だけを明示し始めたのである。

2015年末の政府の金融資産残高は634兆円である。

これを負債残高から差し引いて純債務が628兆円だと説明し始めた。

しかし、財務状況を理解するときに資産から実物資産を除外することは適切でない。

電力会社などの巨大な装置産業では、巨額の債務を抱えるが、

資産のほとんどが実物資産である。

金融資産と金融負債だけで財務状況を評価するなら、

この産業のほとんどすべての企業が「実質破綻企業」ということになってしまう。

第二に、もっとも重要な事実は、この28年間に消費税負担が激増したが、

日本の税収はまったく増えていないという事実だ。

消費税の負担が1年あたりで14兆円増えた一方で、法人税負担が9兆円減り、

所得税負担が4兆円減った。

つまり、法人税と所得税の負担を大幅に減少させるために

消費税増税が断行されてきたのだと言える

この意味で所得税増税は検討に値するが、安倍政権の基本方向が間違っている。

所得税改革で何よりも重要なのは、給与所得者の増税ではなく、

一握りの富裕層課税の強化なのだ。

高額所得者の所得は金融資産所得に偏重している。

この金融資産課税が著しく軽減されている。

実行するべきは金融資産所得の分離課税撤廃である。

この点を国会で論議する必要がある。

消費税が導入された1989年度の国税収入は54.9兆円だった。

27年後の2016年度の国税収入は55.5兆円である。

税収規模はほぼ同じである。

1989年度と2016年度の税収構造を比較してみよう。

1989年度
所得税 21.4兆円
法人税 19.0兆円
消費税  3.3兆円

2016年度
所得税 17.6兆円
法人税 10.3兆円
消費税 17.2兆円

つまり、この27年間に生じたことは、

所得税が  4兆円減り、
法人税が  9兆円減り、
消費税が 14兆円増えた

という事実だけなのである。

国民は、高齢化が進展し、社会保障支出が増大していることを背景に、

消費税による負担の増加をやむを得ないものと理解してきたのではないか。

消費税増税で税負担が増えても、その分で政府支出が拡充し、

社会保障制度が拡充するならしかたがない、と考えてきたのではないか。

しかし、現実はまったく違うのだ。

消費税は1年あたりで14兆円も増えた。

10年間で140兆円の巨大な負担の増加である。

しかし、税収全体はまったく増えていないのだ。

14兆円も負担が増えて、そのお金がどこに回ったのかと言うと、

法人税負担が1年あたりで9兆円も減った。

所得税負担が1年あたりで4兆円も減った。

消費税大増税は、法人税減税と所得税減税のために実施されてきたということになる。

この事実を知ってもなお、日本の主権者は消費税増税の政策に賛成するだろうか。

消費税は消費をする際に税負担が生じるもので、

所得の捕捉の不公平を是正するものだと言われてきた。

給与所得者の場合、所得はほぼ完全に捕捉される。

これに対して自営業者や農業従事者などの場合には、

所得の捕捉が不完全であるとの疑いが強く提起されている。

また、医師税制では各種優遇措置が取られていることも批判の対象になってきた。

これに対して消費税の場合は、所得の種類と無関係に課税が行われることから、

税制の不公平を是正するものだと説明されてきた。

しかし、消費税には極めて重大な問題がある。

そのなかの二つだけを記しておこう。

第一は、逆進性だ。

所得税の場合、夫婦子二人で片働きの世帯の場合、

年間285万円までの給与収入に対する所得税はゼロである。

年収285万円までは課税がゼロなのである。

ところが、消費税の場合、所得がゼロでも消費のたびに、

超富裕層とまったくおなじ8%の税率で課税が行われる。

超富裕層にとっての8%は極めて緩い税率であるが、

所得がゼロの国民にとって8%の税率は極めて過酷な税率である。

第二の問題は、零細事業者が、消費税増税を価格に転嫁できない場合、

消費税負担が消費者ではなく、事業者にかぶせられることだ。

零細事業者が赤字業者で税負担能力がないのに、

消費者が負担するはずの消費税をこの事業者が肩代わりさせられる。

実際にこの負担で零細事業者の廃業、破たんが大規模に発生している。

極めて深刻な制度上の問題なのである。

実際、消費税増税は、「零細事業者は消滅してしまえ」という性格を

強く持っているものである。

このような制度的な欠陥がまったく考慮されずに消費税増税路線が推進されている。

税の負担の適正化を考える際に重要な視点は

水平的公平



垂直的公平

をどう考えるのかということである。

水平的公平とは、同じ負担能力のある者に同じ負担を求めているのかという視点だ。

給与所得者の所得が完全捕捉されている一方で、

給与所得者以外の所得捕捉は不完全である。

このなかで、給与所得者の給与所得控除の圧縮が正当な制度改定になるのかどうか。

高所得者の負担強化の考え方は正当だが、

その対象を給与所得者に限定する点に問題がある。

垂直的公平とは、高所得者と低所得者の税負担率をどうするべきかという視点だ。

格差拡大の時代のお税制に求められる考え方は、

「負担能力に応じた課税」

である。

「税負担能力の高い者に、より高い負担を求める」

ことが格差是正をもたらすことになる。

そのための中心的な方策が

累進税率構造である。

所得の多い者ほど高い税率が適用される。

所得の少ない人への課税は免除される。

この所得税構造を税制の根幹に据えるべきである。

問題は、高額所得者の所得の太宗が金融資産所得になっており、

この金融資産所得に対する課税が著しく軽減されていることだ。

金融資産所得の分離課税が認められており、

本来は50%の税率が課せられるべきところ、税率が20%に軽減されている。

格差是正に取り組む考えがあるなら、

金融資産の低率での分離課税制度の改変を検討するべきである。

所得税についての最大の改革は、

総合所得課税への一本化

である。

低率の分離課税を認めずに、すべての所得を一本化し、総合所得として

累進税率で課税することを検討するべきだ。

また、不動産については不動産評価額の約1%が固定資産税として課税されている。

これを金融資産にも適用するべきである。

一定の残高を超える部分について、

1%程度の税率での資産課税を検討するべきである。

資金の海外への漏出など、対応するべき課題はあるが、

格差是正に向けての本当の意味の税制改正を検討する必要が高まっている。

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