★選挙結果を受けて改憲のハードルを上げた公明党の妙案-(田中良紹氏)

国会から逃げ回った安倍総理がようやく所信表明演説を行ったが、

掛け声ばかりで具体性に乏しい内容であった。

ただフーテンが注目したのは公明党との関係に言及したところである。

安倍総理が公明党に神経を使っていることを感じさせた。

 演説の最終盤で安倍総理は国会議員全員に向かい憲法改正を呼びかけたが、

その直前に「自民党と公明党が野党として過ごした3年3か月、

私たちはなぜ政権を失ったのか国民の声に耳を傾けるところからスタートし、

そしてこの5年間、政策の実行に全力を尽くしてきた」と

自公が運命共同体であることを強調した。

 先月の選挙結果をメディアは「自公圧勝」と報道し、

確かに議席数で自公は3分の2を超える議席を維持した。

しかしこれまで議席を減らすことのなかった公明党は

選挙前より6議席も減らしたのだから、

公明党にとって選挙結果は「圧勝」でなく「敗北」である。

 公明党が最も重視する比例の獲得票数をみると、

2005年の郵政選挙で獲得した900万票から200万票以上も減らし

初めて700万票を割り込んだ。

固い組織票に守られているはずの公明党に赤信号が灯ったのである。

 ついでに言えば民進党が立憲民主党と希望の党に分裂したことを

メディアはマイナス・イメージでしか見ないが、

去年の参議院選挙で民進党が獲得した比例票は1100万票、

今回は立憲民主党が1100万票で

希望の党が970万票だから倍増である。

政権を失って以来低迷し続けた旧民主党勢力が

分裂によって政権交代を実現した頃の票数に戻ったと見ることができる。

 公明党は選挙結果を分析した結果、

安倍政権が前のめりになっている憲法改正に慎重な姿勢を明確にするようになった。

山口那津男代表は12日のラジオ番組で

国民の過半数ではなく3分の2以上の賛成が前提でなければ

憲法改正を発議すべきでないと発言した。

 これは安倍政権の憲法改正にとって高いハードルになる。

そのことが念頭にあって安倍総理は憲法改正を呼びかける前に、

自民党と公明党の運命共同体的な関係に言及し、

公明党に考えを変えるよう要請したのではないかとフーテンは思った。

 山口代表は、国民投票で過半数ぎりぎりの賛成で憲法改正が実現した場合、

国内に大きな反対勢力が残ることになり「不幸の始まりになる」と述べた。

確かに過半数ぎりぎりでは反対した国民が改正憲法に不満を持ち続け

覆そうとすることになる。

憲法改正を巡って国内の対立と分断が激化することになれば賢明な政治とは言えない。

 しかし安倍総理のこれまでの政治手法を見れば、

国民の半数が反対しても強行する可能性があり、

日本が「不幸の始まり」になる懸念を拭い去ることは出来ない。

山口代表の言う国民の3分の2の賛成が得られることを

発議の前提にするという考えには説得力がある。

 実は国会は2000年1月から2003年末まで衆参の憲法調査会が

学者、評論家、ジャーナリストなど有識者を招き、

「日本のあるべき姿」について政治家との間で400時間を超える議論を

行ったことがある。

その頃は憲法を巡る議論が国内に対立や分断を生み出す懸念はなかった。

 それが一変したのは安倍政権の登場からである。

反対意見を無視する政治手法がまかり通り、

そのために憲法改正に反対する側の声も強くなった。

「9条守れ!」の運動が高まったのは安倍総理による安保法制強行採決が

もたらした政治的効果である。

 かつての憲法調査会の議論には左派の論客も参加し、

例えばベ平連代表だった小田実氏は、

日本が参考にすべき事例として戦後のドイツの再軍備を紹介し、

戦前の軍隊とは異なり兵役拒否や上官の命令に従わない権利を認める軍隊の存在を

肯定的に語った。9条を含めて憲法改正の機運が生まれることを

予感させる議論だった。

 ところが当時は新聞もテレビも憲法調査会の議論を紹介せず、

CS放送の「国会TV」チャンネルで審議を中継したフーテンは、

それだけでは足りないと思い『国のゆくえ』(現代書館)と題する本を出版して

憲法調査会の議論を一部だけだが紹介した。

 そうした風向きが安倍政権の登場で変わる。姑息な手段としか思えないが、

安倍政権は憲法改正の手続きを緩和することから議論を始めた。

衆参両院の3分の2の賛成で発議し、

国民投票の過半数で改正できるとする現行憲法96条の規定は

先進各国と比べハードルが高いとは言えない。

 ところが安倍政権は国民投票の過半数で改正できるのだから

衆参両院の発議も3分の2から過半数にすべきだと言い出した。

しかしそれが世界の例を知らない無知から来ているとわかったのかすぐに撤回し、

次に持ち出したのが「解釈改憲」というこれまた姑息な手法だった。

 戦後の日本は憲法改正ではなく「解釈改憲」で

憲法の条文を変えることなく実態の方だけを変えてきた。

それが憲法条文と実態との間に抜き差しならない乖離を生み出し

矛盾が矛盾を増幅させた。

最大の矛盾は9条2項の「戦力不保持」と事実上の軍隊である自衛隊の存在である。

 そうした問題を堂々と議論して改正を図ろうとしたのが

かつての憲法調査会の試みであった。

しかし安倍政権は再び「解釈改憲」に逃げ込み、

安保法制を強行採決したために逆に「護憲」の声を強めさせる結果になった。

 「自公が3分の2を獲得したから改憲発議が可能になった」とか

「希望の党や維新を合わせれば改憲発議は可能になる」という報道を見るたび

不思議に思うのだが、立憲民主党だって改憲勢力である。

枝野幸男代表も辻本清美国対委員長も決して「護憲」ではない。

改憲の中身でそれぞれ違いがあるだけだ。

 フーテンに言わせれば安倍自民党と公明党との考えには水と油ほどの違いがある。

同じように立憲民主党と共産党との間にも水と油ほどの違いがある。

その違いは違いとして協力できるところは協力しできないところは協力しない。

それが政治の世界である。

 希望の党を「第二自民党」とか「自民補完勢力」と言うのも頷けないし、

政治を「保守対リベラル」と単純化するのは

あまりにも幼稚すぎてそれでは何も見えなくなる。

そうした意味で公明党が言い出した国民投票のハードル引き上げは

安倍総理の思惑を打ち砕く道具になる。

 この公明党の考えを実現するには憲法改正の手続きを定めた憲法96条の改正が

必要になる。国民投票の過半数の賛成で改正できるとされているものを、

3分の2以上の賛成が必要と変更しなければならない。

 そのためにはまず96条改正から始めるが、

かつての安倍政権とは真逆の方向に変えることになる。

それを現行の96条の改正手続きによって国民の過半数の賛成で成立させ、

それから他の全ての条文の改正は国民の3分の2の賛成がなければ

改正できないようにする。

 安倍総理は反対だろうが、しかし安倍総理が何でも言うことを聞く米国の場合、

憲法改正は上下両院議員の3分の2の賛成で発議したうえ

4分の3を超える州議会の賛成が必要になる。

公明党案に劣らずハードルは高いがそれでも戦後6回改正が行われた。

 そして96条が改正されれば

それだけで安倍総理は「憲法改正を行った初の総理」になれる。

一方で護憲派も胸をなでおろすから八方丸く収まる。

公明党の主張は実に妙案だと思う。 

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