「クリントノミクス」と呼ばれた 金融自由化


「クリントノミクス」と呼ばれた
金融自由化を柱にした経済政策を推し進めたのは、
ゴールド マン・サックスの共同会長を経て、
クリントン政権における国家経済会議委員長と
財務長 官を務めたロバート・ルーピンと
彼の下で財務副長官を務めたローレンス・サマーズで、
この二人が、1999 年にグラス=スティーガル法を廃止させたのだった。

ルーピンは退任後、 「回転ドア」によって、
そのまま自分の経済政策の恩恵を直接受けることになった
シティ・ グループに移動したが、
1929 年の大恐慌の教訓を形骸化させてしまい、
再び同様の経済危 機への道を開いてしまった。

そしてその相棒であったサマーズが
オバマ政権の国家経済会 議委員長を務めているのだ。

ルーピンとサマーズの二人は、クリントン政権下で、
日本政 府に対して圧力をかけ、「金融ビックバン」を
実現させるのに貢献したことは記憶に新しい だろう。

日本に新自由主義を導入するきっかけとなる「前川レポート」にも
クリントン政 権当時のアメリカからの要望が反映されている。

http://www.yasuda-u.ac.jp/course/business/basic/letterzine/images/a88642d5b13a94decdaf241c9396e0db0a561e56.pdf

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