★国益というより私益に振り回される暑い暑い夏を迎えるー(田中良紹氏)

都議選で自民党が記録的な惨敗を喫し、

議席数を半減させ第一党の座を都民ファーストの会に譲ったことは、

否が応にも10年前の7月を思い出させる。

2007年の7月に自民党は参議院選挙で改選議席を半減させ

初めて第一党の座を民主党に明け渡した。

地方選挙と国政選挙の違いはあるが、いずれも安倍政権下で起きたことである。 

参議院選挙に敗れた総理は責任を取って辞任するのが自民党の常識だった。

しかし安倍総理はその常識を守らずに「続投」を表明したことから

様々な波紋が生まれ、2か月後にはぶざまな退陣劇を演ずることになった。

それが10年前の出来事である。

自民党は冷戦体制に符合するように結党され一貫して政権を維持してきたが、

初めて国政選挙に敗れたのは冷戦崩壊寸前の1989年の参議院選挙であった。

リクルート事件、消費税、宇野総理の女性スキャンダルが国民の反発を買い、

社会党が大躍進する結果になった。

宇野総理は直ちに退陣を表明、海部内閣が誕生した。

次に自民党が参議院選挙に敗れたのは1998年で、

橋本総理の経済政策が批判され、改選議席を16減らした。

橋本総理は即日退陣を表明し小渕内閣が誕生する。

参議院選挙で敗れても衆議院が多数なら政権交代にはならないので

総理を続けることは可能である。

しかし参議院の過半数を失えば予算以外のあらゆる法案が成立しなくなる。

宇野、橋本の両総理はいずれもその責任を取って辞任した。

ところが10年前の安倍総理は敗北が確実な選挙開票の途中で「続投」を表明した。

党内から退陣要求が出る前に「続投」路線を固めておかなければと思ったのだろう。

しかし衆参の「ねじれ」で予算以外の法案が成立しなくなることを

安倍総理は分かっているのか、またリーダーの責任を感じていないのかと

当時のフーテンは思った。

今回は地方選挙の敗北であるから参議院選挙ほどのインパクトはない。

しかし開票当日の夜に安倍総理がとった行動は10年前の記憶、

すなわち開票が終わらぬうちに「続投」を表明した総理の不安心理と

権力者としての資質を再びフーテンに思い起こさせた。

その夜、安倍総理は麻生副総理、菅官房長官、甘利衆議院議員という

第二次安倍政権を誕生させた三人の中心人物をフランス料理屋に招き、

安倍政権の「続投」を確認し合ったのである。

おそらく確認しあわなければその後の政権運営が不安でたまらなかったのだろう。

10年前の開票中の「続投」表明も批判にさらされたが、

今回のフランス料理屋の会合も党の総裁が今後の党運営に大いに影響する選挙当日に

党本部に顔も見せず、「お友達」とだけ高級料理店で結束を確認しあったと

批判されている。

これからの政局は10年前と同様、内閣改造人事と国会の召集時期が焦点になる。

その駆け引きが暑い夏に展開される。

10年前は国全体が弛緩するような猛暑だったが、

今年もまた暑い夏になることが予想されている。

安倍総理は秋葉原駅前で「帰れ!」コールをした人たちを

一部の「反安倍」活動家として批判をかわそうとしているが、

「反安倍」は都議選の始まる前からむしろ自民党の中に逆風として吹いていた。

今年の自民党大会で披露された自民党の新しいポスターを滅多に目にしないことが

それを物語る。日本全国を調べたわけではないがフーテンの近所では

1枚しか見たことがない。そして見た瞬間にフーテンは笑ってしまった。

安倍総理の大きな顔に「責任を果たす」と書かれているのである。

「森友問題」でも「加計問題」でもあるいは「共謀罪」でも安倍政権が

問われているのは「説明責任」である。

証拠資料を隠蔽し「トカゲのしっぽ切り」で逃げ切ろうとする姿勢が

露骨すぎるため国民の疑念が晴れない。

そんなときに「責任を果たす」という安倍総理のポスターを見れば、

「それなら説明責任を果たせ」と国民は思うだろう。

従って選挙を前にした自民党都連はポスターを貼ろうとしなかった。

配ろうとしても自民党員が受け取りを拒否すると言った幹部もいる。

大田区で当選した自民党候補者は安倍総理の写真を使わずに区長の顔を

ポスターに載せた。つまり安倍総理は選挙前から邪魔な存在になっていた。

10年前の自民党は「成長を実感に!」という安倍総理のポスターを

全国に貼りめぐらしたが「国民の生活が第一」というポスターの民主党に惨敗した。

にもかかわらず総理が「続投」を表明したことから水面下の「安倍おろし」が

党内で起きた。「ねじれ」のため安倍総理が国際公約した米軍へのインド洋での

自衛隊の給油活動が継続できなくなることが予想された。

それを継続するには8月中に国会を開く必要があった。

ところが二階国対委員長は内閣改造に時間がかかるという理由で国会を開会させない。

一方で小池百合子防衛大臣が急きょ訪米してチェイニー副大統領をはじめとする

米国政界の要人と会談を重ね、それがまるで小池氏が次期総理になるための

お披露目のようにフーテンには見えた。

そして最後の望みを外交に託した安倍総理は、9月初めにシドニーで開かれた

APECで米国のブッシュ(子)大統領からインド洋での給油活動延長を強く求められる。

できないことを求められて困った安倍総理は小沢一郎民主党代表に泣きついたが、

小沢氏から面会を断られ、万事休すとなってぶざまな退陣劇を演じたのである。

今回の都議選惨敗は安倍総理自身が種を播いた結果である。

受け皿となったのは10年前に安倍総理を揺さぶった小池百合子氏率いる

都民ファーストの会であった。この勝利によって小池氏は国政進出の足掛かりを得た。

オリンピックを成功させれば総理への最有力候補となる。

そして10年前に国会を開かせず安倍総理を辞任に追い込んだ二階氏は

今回も安倍政権の生殺与奪の権を握る自民党幹事長である。

開票日の夜に招かれなかったことからも分かるように第二次安倍政権を作った

「お友達」ではない。しかしいち早く安倍政権を支えることを表明しており、

安倍総理は二階氏を幹事長から外すわけにいかない。

これから野党の攻勢が激しくなる国会運営は二階氏に頼るしかなく、

しかも気の許せない相手だけにお目付け役として送り込んだ下村幹事長代理は

スキャンダルで失脚の瀬戸際に追い詰められた。

また都議選では公明党と組まない限り自民党は選挙に強くないことが証明されたため、

公明党とパイプのある二階氏の影響力は相対的に強くなる。

「加計問題」は背後に畜産利権を握る麻生副総理と安倍総理の戦いという一面が

あった。また麻生副総理と菅官房長官の敵対関係も修復の見通しはない。

そもそも第二次安倍政権は当初から何でも取り込んだ「ごった煮内閣」の様相を

呈していたが、その矛盾が選挙敗北によって浮上してくる可能性があり、

政権の安定度が低下するのは間違いない。

目玉のアベノミクスも効力が失せ、日銀はいよいよ「出口戦略」を示さなければ

ならなくなった。そして集団的自衛権の憲法解釈を変えたことで安倍政権は

米国にとって用済みである。北方領土交渉もロシアは共同経済活動にしか

興味はなさそうで、安倍政権が弱体化したと思えば揺さぶってくる可能性がある。

またどう考えても奇妙な憲法改正案など国民に説明しきれるはずはない。

しかし10年前の「続投」と同様に見通しも精算もないまま安倍総理は

「お友達」とだけ結束を確認した。

それによって10年前と同様に権力を巡る水面下の駆け引きが激しくなる。

日本列島は暑い暑い政治の季節を迎え、

国益というより私益に振り回される夏を迎えるのである。

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