★FBI長官の電撃解任は「土曜日の夜の虐殺」かー(田中良紹氏)

米国のトランプ大統領がFBIのコミー長官を電撃解任した。やはりなとフーテンは思う。

米中首脳会談の最中にシリアの飛行場をミサイル攻撃した時にもそう思ったが、

トランプ大統領はロシアとの不適切な関係をこれ以上追及されることを

心底から恐れているのだ。

懐刀の娘婿クシュナー大統領上級顧問がロシアとの関係を巡り

上院情報委員会に証人喚問されていることが大きいと思う。

先に大統領選挙を支えてくれた側近マイケル・フリン前国家安全保障担当大統領補佐官

を更迭せざるを得なかったのも、ロシアとの関係が追及されたからで、

続いてクシュナー大統領顧問に傷がつけば政権運営は絶望的になる。

だからトランプは強硬手段を使ってロシアとの関係を一時的にでも

悪化させるしかなかった。

それが化学兵器を口実に米中首脳会談の最中にシリアを爆撃した理由である。

本気でアサド政権を攻撃する気はなく、すぐに世界の目を北朝鮮に移させるため、

中国にシリア爆撃を見せつけた上で北朝鮮に圧力をかけるよう促し、

見返りに為替操作国指定や報復関税の取りやめを約束した。

「世界の警察官を辞める」と主張していたトランプが突然シリアを爆撃したことに

世界は衝撃を受け、何をやりだすか分からない大統領と考えトランプに

恐れおののいた人間もいたようだが、内実はトランプの方が自分の置かれた状況を

恐れているのである。それが北朝鮮危機を煽る姿勢にも表れていた。

第二次朝鮮戦争を起こす気などさらさらないのに原子力空母や潜水艦を

朝鮮半島に派遣して危機を煽り、世界の目を朝鮮半島にくぎ付けにした。

世界各国はお付き合い程度に北朝鮮の核ミサイルを非難したが、

戦争が現実になるとは誰も思っていない。

ただ森友問題で窮地に立つ安倍政権の日本だけは危機を煽って

電車を止める馬鹿さ加減を見せていた。

シリア爆撃から始まる一連の騒ぎも一段落し、上院情報委員会の公聴会が

いよいよ本格化しようとする時にFBIのコミー長官は解任された。

米国のメディアはウォーターゲート事件でニクソン元大統領が特別検察官を解任した

「土曜日の夜の虐殺」と重ね合わせてこの解任劇を報じている。

ウォーターゲート事件は1972年の大統領選挙の最中にウォーターゲート・ビルに

ある民主党本部にニクソン政権の関係者が侵入し盗聴器を仕掛けようとして

逮捕されたことから始まる。ニクソン大統領は関与を全面否定したが、

ワシントン・ポストの取材などから盗聴に政権内部が深く関与していた事実が

明るみに出、さらに政権は事件発覚当初に捜査妨害ともみ消し工作を

行っていたことも露見した。

事件を調査するために設けられた上院調査特別委員会は大統領執務室で

録音された秘密テープの存在を知り、

特別検察官に任命されたアーチボルト・コックスがテープの提出を求めると、

ニクソン政権はそれを拒みコックスはニクソン大統領によって電撃解任された。

解任が政府機関が休みの土曜夜に行われたことから「土曜日の夜の虐殺」と呼ばれる。

これは行政の最高責任者が司法と立法を蔑ろにし三権分立を犯したと国民の目に

映った。国民とメディアは提出を拒んだテープに大統領の都合の悪いことが

録音されていると確信し、それが大統領弾劾の動きを加速させた。

議会の弾劾に抗しきれないと思ったニクソンは合衆国史上初めて

任期途中で大統領の職を辞することになる。

今回のトランプ大統領によるコミーFBI長官電撃解任がウォーター事件と

重ね合わされているのは問題の深刻さを物語る。

大統領がFBIの捜査を恐れるのは自分に都合の悪いことが暴かれるからだと

国民が確信し、大統領が三権分立という民主主義の基本を無視していると

考えるようになれば、大統領を辞めさせる弾劾の動きが出てくることになる。

ニクソン元大統領はウォーターゲート事件の印象があり評価されることは少ないが、

しかし政治家としては極めて有能な人物であった。

フーテンは80歳を超えた晩年のニクソン講演を聞いたことがあるが、

「冷戦後の世界」について極めてシャープな分析をしていた。

大統領としても米国が泥沼に陥ったベトナム戦争からの完全撤退、

ソ連とは緊張緩和(デタント)、中国を電撃訪問しての国交回復、

また金とドルとの交換を停止して新たな国際通貨体制を作るなど

その業績は素晴らしい。

しかしそれがウォーターゲート事件の対応ですべて吹き飛んでしまった。

一方のトランプ大統領は就任当初から国民に最も嫌われる大統領である。

選挙公約で実現したのはTPPからの脱退くらいでやることなすことうまくいかない。

そして大統領選挙を巡るロシアとの不適切な関係がFBIの捜査対象となり議会からも

調査されることになっている。

フーテンは「大統領になるつもりのないトランプが大統領になってしまった」と

ブログに書いたことがある。僅差でヒラリーに敗れるのがビジネスマンとして

ベストだったが、大統領になって困惑しているのではないかと考えたからである。

大統領になれば公私の別を厳しく問われ、これまでのようにビジネスを続けることは

難しい。それよりも政治に口を出せるビジネスマンでいた方が

どれほど良いか分からない。

だからどこかで辞める時期を探るのではないかと思っていた。

トランプが辞めればペンス副大統領が大統領に昇格するので共和党にとっても

悪くはない。それを見越してか、ペンス副大統領のカウンターパートである

麻生副総理がこのところやる気を見せている。

山東派と合流して派閥の数を増やし、最大派閥の細田派に対抗しようとしている。

安倍総理は森友問題と加計問題という二つの爆弾を抱えている。

本人はそれから目をそらせるために北朝鮮危機を煽り、

憲法改正で踏み込んだ発言をし、共謀罪を無理矢理成立させようとしているが、

慌てる必要がないものを慌てているのは余裕がないからである。

安倍総理はトランプ大統領と似た立場にいる。

ただし米国と違い三権分立がタテマエに過ぎず、メディアも権力追随の日本では、

ウォーターゲート事件のような展開は考えられず、

安倍総理はトランプ大統領より楽かもしれない。

しかし大統領がペンスに交代するようなことになれば、

それは必ず日本の政治にも影響する。

「土曜日の夜の虐殺」は日本と全く無縁ではない。

それにしても自分に都合の悪いことを隠す権力者は許さないという

当たり前の感覚を日本国民は失っているようだ。

森友問題で資料が全く出てこなくとも、

黒塗りだらけでも国民の怒りにつながらないのが不思議である。

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