★日米首脳会談を「満額回答」と言って喜ぶ国家に尊厳はあるかー(田中良紹氏)

安倍総理とトランプ大統領との日米首脳会談から1週間が経った。

この首脳会談の結果を総理周辺は「満額回答」と大喜び、

帰国後の国会審議では野党から厳しい批判は見られず、

トランプ政権の対日姿勢が予想より柔らかだったためか国民の内閣支持率は上昇した。

しかし「満額回答」ってなんだ。春闘じゃあるまいし、日本国民は米国という「経営者」の下で働く労働者なのか。

そして日本政府は交渉の先頭に立つ組合幹部なのか。

安倍官邸の姿勢はまるで組合が「満額回答を勝ち取った」と宣伝する場面を思わせる。

そして結果は本当に「満額回答」だったのか?

首脳会談の注目点は2つあった。安全保障と経済である。

トランプ大統領は選挙期間中に米国が日本を防衛している現状に不満を示し、

在日米軍の駐留経費増額を主張する一方で、

日本との貿易不均衡を問題にしてTPPからの脱退を宣言すると同時に、

金融政策が為替操作に当たると非難していた。

これに対して日本政府は米国が安全保障と経済を絡めて取り引きしてくることを警戒した。

トランプ氏は自伝に『アート・オブ・ザ・ディール(取り引き術)』とタイトルをつけるほど、

ディール(取り引き)を好む人物である。経済での取り引きに安全保障が絡めば、

安全保障で米国に弱みのある日本はトランプ大統領の取り引き術に嵌る可能性がある。

そこで経済交渉は麻生副総理とペンス副大統領の間で行うことにして切り離し、

安全保障ではマティス国防長官が首脳会談前に来日して

「尖閣諸島への日米安保条約第5条の適用」を表明し、

米国が日本防衛に責任を持つ姿勢を明確にすることになった。

政府の意向を受けたメディアは「尖閣への日米安保条約第5条適用」を

水戸黄門の葵の印籠のように報道する。それが示されれば日本の安全保障は万事うまくいくかのように。

そして来日したマティス国防長官は安倍総理、稲田防衛大臣など会う人ごとに

何度も何度もその言葉を繰り返した。それが「満額回答」の証明であるかのように。

しかし前のブログに書いたようにそれは米国にとって痛くもかゆくもない。

トランプ政権はオバマ政権と変わらないだけで、

米国は他国の領土問題に関わって自国の国益を損ねるような真似は決してしない。

つまり米国民の税金を使うことも血を流すこともない。

米軍が軍事行動を起こすのは米国の国益を損ねると判断された場合に限られる。

尖閣防衛が米国の国益に直接かかわるとフーテンは思わない。

日米安保条約は米国が日本防衛の義務を負うと同時に、

米国と中国が日本を自立させない共通の利益に立っている。

そして米中には軍事衝突を避ける様々なパイプがある。

むしろ自国の領土は自国で守るのが当たり前で他国に守ってもらおうと考える方がおかしい。

米軍は中国に対する「抑止力」だと言う人もいるが、

「抑止力」とは国民が生命をかけて自国を守るという「覚悟」である。

他国に守ってもらおうと考える国に「抑止力」はない。

そして米軍は米国の利益を損ねてまで他国を守ることはしないので

「抑止力」になるかはケースバイケースである。

ところが「尖閣への安保適用」という痛くもかゆくもない口約束の見返りに、

安倍総理は51兆円のインフラ投資と70万人の雇用をトランプ政権に約束した。

おいしい交渉になったのでトランプ政権は在日米軍経費の増額を交渉のテーブルに乗せなかった。

そして安倍総理をフロリダの別荘に招待し一緒にゴルフを楽しむという異例の厚遇をした。

それを総理周辺は「信頼関係醸成」の「大成果」だと宣伝し、日本のメディアもその通りに報道したが、

「日本人はどこまでお人好しなのか」とフーテンは思った。

ビジネスマンが見返りもなく接待をやるはずはなく、

しかも首脳会談での19秒の長い握手からゴルフ場でのプレイまで、

安倍総理は子ども扱いされていたようにフーテンには見えた。

「喜ばせれば何でも言うことを聞く奴」とトランプは思ったのではないか。

しかも当てつけかどうかは知らないが

日米首脳会談の前日にトランプは中国の習近平国家主席と長い電話会談を行い、

就任前の厳しい対中姿勢を一変させ「一つの中国」の原則で一致し、

良好な関係を築いていくことを話し合った。

こちらの交渉で中国は米国に何かお土産を渡したであろうか。フーテン全くないと考える。

大国意識を持つ国はそんな「すり寄り」をやるはずがない。

初めに厳しい姿勢を示すのは交渉術の常道で、それに動じる相手は組し易いとみられ、

しかし動じなければタフな相手と認識させ対等の交渉を始めることが出来る。

交渉術の基本中の基本である。最初にすり寄ってしまえば最後まで対等になることはできないのだ。

これまでトランプ大統領と首脳会談を行ったのは

イギリス、日本、カナダ、イスラエルだが、特異だったのは日本の安倍総理だけで、

他の国々との首脳会談でトランプ大統領は普通の対応を示した。

カナダのトルドー首相などは移民問題で意見が異なることを普通に表明し、

安倍総理の日本との首脳会談だけが普通ではなかった。これが「満額回答」の内実である。

戦後の日本が米国の属国であることをフーテンはよく知っている。

そのことで先人が苦労してきたことも知っているつもりである。

吉田茂は軍事で米国に敗れた日本を外交で勝たせようとした。

そのため憲法9条を盾に再軍備を拒み、軍事に費やす資源を経済に振り向けて経済復興を目指した。

岸信介は吉田が調印した従属的な日米安保条約を対等なものにするため米国に防衛義務を認めさせた。

しかし米軍に守ってもらえばそれで日本の安全が保障されると考えていた訳ではない。

米軍は「番犬」扱いで主人公の日本はあくまでも自主防衛を目指した。

そして野党社会党の議席を減らさないようにしながら、

日本が中国やソ連と手を組む可能性があることを米国に匂わせて米国を譲歩させる「絶妙の外交」を行った。

その結果、日本は米国に脅威を与えるほどの経済大国となるが、

ソ連崩壊と冷戦の終焉によってその構造も終息せざるを得なくなる。

与野党が対立しているように見せながら水面下で手を組み経済に特化する体制の変革が求められた。

それが90年代に小沢一郎氏らによって始められた「政治改革」である。

政権交代可能な政治体制を作ることで経済と軍事のバランスを取りながら、

属国の地位からの脱却を図ろうとしたが、

「民主党の失敗」に見られるように政権交代に対応できる野党の誕生にまだ時間がかかっている。

その間に自民党は米国への追随を強め、「番犬」に「すり寄る」政党になった。

日米首脳会談は日本が国家としての尊厳や、国家としての価値観や、

国家としての理念より米国に「すり寄る」ことに専念する国であることを世界に見せつけた。

それを「満額回答」と言って喜ぶところにこの国の劣化を感じてならない。

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