★キッシンジャーが「外交指南」を務めても「アメリカの終焉」は変わらない?-(田中良紹氏)

トランプ大統領の背後には、ベトナム戦争を終わらせるため中国と秘密外交を行い、

米中国交正常化を果たしたキッシンジャー元国務長官がいて、「外交指南」を行っていると言われている。

ロシア政府と太いパイプを持つ石油企業エクソン・モービルの会長兼最高経営責任者レックス・ティラーソン氏を

国務長官に推薦して米ロ関係を再構築させようとする一方、

自らが訪中して習近平国家主席と会談するのと並行し、トランプ氏に台湾の蔡英文総統に電話させ、

米国が「一つの中国政策」を見直す構えを見せたのはキッシンジャーのアドバイスだと言われる。

米国、ロシア、中国という三極のパワー・ゲームはキッシンジャー外交の得意とするところである。

かつてキッシンジャーはニクソン政権の大統領補佐官として米国が泥沼に陥ったベトナム戦争から脱するため、

米国の敵である旧ソ連と中国の間に楔を打ち込み、米中が手を組むことで旧ソ連を孤立させ、

同時に旧ソ連ともデタント(緊張緩和)を行って危機からの転換を図った。

つまり米ソ二大国の対立という「冷戦構造」に中国を引き込み、

三極によるパワー・ゲームによって世界を対立から安定の方向に向かわせたのである。

そのキッシンジャーが93歳の老体に鞭打ってトランプ大統領の「外交指南役」を引き受けたのは、

それだけ今の米国が危機的状況に陥っているということだ。

米国にとっての悪夢はロシアと中国が手を組み、そこに欧州も加わることである。

欧州とアジアを合わせたユーラシア大陸は世界最大の大陸だが、

ロシア、中国、欧州が一体となれば世界の覇権はユーラシアに握られる可能性が強まる。

その悪夢が現実に近づいているとキッシンジャーは見ているのではないか。

旧ソ連崩壊後、米国は「唯一の超大国」として世界の覇権を目指したが、

ブッシュ(父)政権の湾岸戦争では旧ソ連の支持も取り付け、

米軍は国連主導の多国籍軍の一員となり、戦争目的もイラクのクウェート侵略阻止に置かれた。

ところが「戦争を知らない世代」の大統領であるクリントン政権によって米国の戦争は変質する。

コソボ紛争でクリントン政権は人道目的のために空爆を行い、

国連の承認なしの有志連合を作って戦争を行った。

キッシンジャーは人道目的の戦争はやるべきでないと反対したが、この戦争で米国はロシアと敵対し、

またフランスを中心に欧州には「米国は世界の警察官なのか」という反発が広がった。

ブッシュ(父)は旧ソ連が軍事同盟「ワルシャワ条約機構」を解体したのに対応し、

西側の軍事同盟NATOを旧ソ連の支配圏には拡大しないと約束したが、

クリントン大統領は「民主主義という正しい価値観」を広げるためNATOの東方拡大に着手する。

これに反発したロシアはプーチンという強いリーダーを登場させ、

米国と対立するため中国とロシアが手を組むことになるのである。

ブッシュ(子)政権はさらに強硬に民主主義を世界に拡大しようとする「ネオコン」に影響され、

アフガンニスタンとイラクでベトナム戦争以上の泥沼にはまり込んだ。

そこから脱却するために登場したオバマ大統領は中東から米軍を撤退させ、

アジアで強大となった中国をけん制するため「リバランス政策」でアジアに外交の重心を移そうとするが、

シリア問題やクリミア併合を巡ってロシアとの対立を深め、さらに中露の結束を強めさせる結果を生む。

中国は経済面で欧州との関係強化を狙い、特にドイツとは蜜月関係を築いてきた。

トヨタ自動車は14年度の販売台数で世界一の座をドイツのフォルクスワーゲンに明け渡すが、

抜かれた理由は中国市場で販売数がフォルクスワーゲンの3分の1程度にとどまったためである。

中国はGDPで2025年に米国を追い抜くとの見通しもあり、米国としては手をこまねいてはいられない。

欧州と中国の経済面での分断を図り、

ロシアと中国が軍事同盟を構築するのを何としても阻止しなければならない。

そうした状況が93歳のキッシンジャーを「外交指南役」に招き入れた最大の理由ではないか。

かつての冷戦時代、米国の最大の敵は旧ソ連だった。

その旧ソ連を孤立化させるため、キッシンジャーは朝鮮戦争で米軍と戦火を交えた中国と手を組み

世界を驚かせた。それが今や中国が米国にとっての最大の脅威となる。

それに対しオバマ政権はTPPという中国包囲網によって孤立化させようとしたが、

キッシンジャーはそうした方法を採らない。

米国がロシアに接近することで中露の分断を図り、中国を揺さぶりながら米国の再生を図る。

しかし問題は大統領がニクソンではなくトランプであることだ。

ニクソンはウォーターゲート事件で大統領を辞任し、悪い政治家の代表のように思われるが、

頭脳明晰であることは折り紙付きだった。

晩年のニクソンの講演をテレビで見たことがあるが、

世界情勢の分析は驚くほどシャープで「すごい」と思わされた記憶がある。

その大統領がいたからキッシンジャーの秘密外交は功を奏することが出来たと思う。

それがトランプにできるか。フーテンは全く想像することが出来ない。

やつぎばやに大統領令に署名してオバマ時代の痕跡を消し去ることに執着するが、

それが実行力というより自らを弱いと意識するが故の強がりに見える。

中東7か国からの難民申請手続きを見直すためと称し、

その国民に入国禁止を命令したことで米国内は大混乱に陥った。

移民で出来上がった国が移民を認めないというのだから、アメリカがアメリカでなくなるような話である。

「アメリカの終焉」をいやでも印象づけられた。そこまでアメリカは弱い国になったのかと思わされる。

そして大統領令の中でもう一つ気になったのは米国の安全保障問題の最高意思決定機関である

国家安全保障会議(NSC)に極右思想の持ち主が参加することである。

白人至上主義者のスティーブン・バノン主席戦略官が参加資格を得、

軍のトップである統合参謀本部議長や情報機関のトップである国家情報長官は定例メンバーでなくなった。

この大統領令が何を意味するのか。注目してみていく必要があるとフーテンは思う。

そして来週トランプ大統領と首脳会談を行う安倍総理は予算委員会の答弁で

中東7か国の国民の入国禁止令について質問され、明確な考えを述べることが出来なかった。

フランスもドイツもカナダもそして特別の関係にあるイギリスの首脳も批判したのにである。

来週、安倍総理がトランプ大統領に「ネギ鴨外交」を展開すれば、

日本の特異な外交姿勢が他国との対比で際立つことになる。

キッシンジャーはかつて中国の周恩来に「日本人には戦略性がない」と語り、

また冷戦が終わった時に「日本人は理解するのに15年はかかる」と馬鹿にしたが、

現在起きている構造変化を日本は真剣に捉えて戦略を練る必要がある。

Reply · Report Post