★日米同盟は「不変の原則」という安倍演説にトランプ演説が浴びせたパンチ力-(田中良紹氏)

1月20日に行われた安倍総理の施政方針演説は、

例年と異なり外交の話から始めて「日米同盟」の重要性を特に強調するものとなった。

安倍総理は施政方針演説の冒頭で、

昨年末にオバマ大統領と共に行った真珠湾慰霊に言及し、

日本の外交・安全保障政策の基軸である日米同盟を「不変の原則」と言い切り、

永遠に日米は一体であるとの認識を示した。

そのうえで、できる限り早期に訪米してトランプ新大統領との間で

「同盟の絆」を更に強化する考えを強調したが、

これは「アメリカ・ファースト(米国第一)」を掲げて当選したトランプ次期大統領に

「日本はアメリカなしに生きられない」と「すり寄る」ことで「こっちに厳しくしないで」と訴えかけたのである。

ところが安倍総理の演説から12時間後、

正式に第45代アメリカ大統領に就任したトランプ氏は就任演説で、

「他国を守り他国を利してきたこれまでの政策をやめて米国民の利益のためだけに政治を行う」と

選挙公約通りの政治を実行すると宣言し、安倍総理の「すり寄り」は初っ端からパンチを浴びる格好になった。

安倍総理が「不変の原則」と考える日米同盟は、

両国首脳の認識に大きなズレのあることが浮き彫りにされ、

また昨日までのアメリカと今日からのアメリカは異なる方向を向くことが明らかになった。

ズレはどこから生まれたのか、そしてこの事態に対応するにはどうするかを考える。

トランプ新大統領の演説はこれまでの大統領と異なり、

アメリカが世界のリーダーとしてどのような世界を構築するか、その理念を語るものではなかった。

語られたのは悲惨なアメリカの姿である。

これまでの米国政治は、自国の産業を犠牲にして外国の産業を豊かにし、

外国の軍隊を援助して自国の軍隊を枯渇させ、外国の国境を守って自国の国境の守りを拒否してきた。

その結果、アメリカには貧困と失業と犯罪が蔓延することになったという。

従って外国製品を買うのをやめてアメリカ製品を買い、雇用を増やして経済を活性化させ、

外国に取られた雇用と富を取り戻し、古い同盟関係を新なものに作り替え、

それで世界を結束させてイスラム国を根絶するのだと言った。

意味不明のところも多いが、米国民の被害者意識に訴えて選挙に勝利した以上、

アメリカとの貿易で利益を上げている国、移民を送り込んでくる国、

そしてアメリカの軍事力に依存している国を標的にアメリカの力を見せつけ利益を吸い上げるさまを

米国民に見せつけようということだ。

日本は格好の標的となる。

2015年の貿易収支で日本は中国、ドイツに次ぐ第三位の対米黒字国である。

とはいえ日本は対米投資額で世界一、米国内の雇用に対する貢献度は圧倒的に高い。

それを差し引けば日本が目の敵にされる謂われはないのだが、

しかし口で説明してもトランプ新大統領には通じないだろう。

それを言ってもトランプ支持者が納得するはずはないからだ。

そもそも理屈で納得する国民なら、トランプ氏は選挙に勝利していない。

理屈では納得できない不満と被害者意識が米国民の中にマグマのように溜まっていたから

トランプ大統領は誕生した。

従って米国民を納得させるにはトランプ大統領の主張通りにすれば

痛みが生じることを米国民に肌身で感じさせるしかない。

問題は「すり寄り」の外交姿勢ではそれが出来ないことだ。

文句があるなら日本の対米投資を他の国に振り向けると毅然と言えれば、

トランプ大統領も考え直すかもしれないが、ひたすら「すり寄る」ことしか知らず、

なおかつ「日米同盟」の名のもとに自主防衛力を削がれ、

軍事的に自立できない国では文句を言うことが出来ない。

トランプ政権はこれから弱みを突いて攻めてくるだろう。

それもこれも「冷戦の勝利者は日本」との考えがアメリカには染みついているからだ。

戦後の冷戦体制で敗戦国のドイツと日本は「反共の防波堤」として同じ状態に置かれた。

ドイツと日本の共産化はアメリカに由々しき事態となる。

共産化を防ぐためアメリカは日独の経済復興に力を入れた。

一方でアメリカは日独を武装解除したが、冷戦が激化すると両国に再軍備を要求する。

ドイツは再軍備を受け入れ徴兵制を敷いた。しかし日本は平和憲法を盾に再軍備を拒み、

自衛隊という「戦力なき軍隊」を持つことになる。

そして朝鮮戦争とベトナム戦争に出兵せず、代わりに武器弾薬を作って多額の利益を得、

それを出発点に高度経済成長を成し遂げた。

平和憲法を盾に経済力をつけるやり方を可能にしたのは、

自民党が社会党の議席を減らさないよう配慮して護憲勢力を温存し、

その反対を理由にアメリカの要求を拒んだからである。

ソ連や中国に近い政権ができることを恐れたアメリカは自民党の要求に渋々従った。

歴史学者マイケル・シャラーはこれを「絶妙の外交術」と呼んだ。

その結果、アメリカは世界一の債務国に転落し、日本が世界一の債権国になる。

日本が「冷戦の勝利者」となった由縁である。

しかし「絶妙の外交術」は冷戦の終焉と共に無効になった。

そこからアメリカは軍事負担を最小限にして経済大国となった日本からの富の吸い上げに取り掛かる。

かつてアメリカは平和憲法の改正を要求したが、

今や平和憲法を守らせて日本を自立させない方が得だと考えるようになった。

思いやり予算に加え、中国や北朝鮮の脅威を理由に米国製兵器を買わせ、

米軍の機能を肩代わりさせれば、日本を自立させるよりましなのである。

そして郵政民営化もTPPもカジノも米国の利益になるから日本政府に要求してきた。

ところがトランプ政権はこれまでの米国政治を否定するところからスタートしている。

日本からの富の吸い上げという目的は変わらないが、

やり方を米国民が理解できるレベルに変えたいらしい。

それが80年代の日米貿易摩擦時代を復活させた。

アメリカの誇りを傷つけた自動車問題が思い出され、在日米軍撤退で脅しをかけるやり方も復活した。

相手がやり方を変えてくるのならこちらもやり方を変えるのが外交の基本だと思う。

アメリカが潜在的敵性国家と認識しているのは、ロシア、中国、ドイツ、日本の4か国だが、

かつての自民党はアメリカを向きながら、社会党にソ連(ロシア)、中国と提携させて天秤にかける外交をやった。

アメリカもニクソン政権から中国と組むことでソ連(ロシア)をけん制し、同時に日本と天秤にかけた。

トランプ政権は今やロシアと組むことで中国とドイツ(EU)をけん制し、さらに日本を格好の標的としてきている。

安倍政権は中国包囲網を作ることに専念してきたが、

トランプ政権が中国に強硬姿勢を見せているのは

一転して中国と手を組む可能性があるからだとの見方もある。

日本は単線型の外交ではなく複線型の外交を考えた方が良い。

ドイツ、中国とも連携し、どのような変化にも対応できる態勢を作ることを考えるべきだ。

そしてトランプ政権の誕生は積み重ねてきた政策が政権交代によって一変することを教えてくれた。

こうした場合に採りうる方法はこちらも政権交代して対応を容易にすることである。

そのためにはいつでも受け皿になる野党の存在が必要なのだが、

日本では安倍総理にいまだに思う存分アベノミクスを宣伝させているようでは,はなはだ心許ない。

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