★反グローバリズムで国家を優先するはずが国内の分断を招いて国家を弱体化させる恐れー(田中良紹氏)

英国のメイ首相は17日、移民の流入を制限する国境管理の権限を回復し、

EUの単一市場から脱退する方針を明らかにした。

「反移民」と「反EU」を主張する米国のトランプ次期大統領の誕生が

英国にEUとの経済関係より移民制限の権利回復を優先させたと考えられる。

最大野党の労働党は「英国民の雇用や生活水準にとって脅威になる」と批判し、

EUとの関係を重視するスコットランド民族党は「我々をEUから連れ出すことは許されていない」と反発し、

独立を問う住民投票を行う構えを見せているが、演説前まで下落していた通貨ポンドは上昇に転じた。

米国メディアによると、まもなく就任式を迎えるトランプ次期大統領の支持率は40%程度で、

過去40年間の歴代大統領の就任時の支持率の最低を記録し、

またトランプ氏の言動を批判して就任式を欠席する民主党議員も50人を超え、

就任式が行われるワシントンでは抗議活動も予定されているという。

大統領就任式は国民から選ばれた大統領が「権威」を身にまとうための儀式だが、

今年ばかりは米国の「分断」を印象づける儀式になりかねない。

それと同じように英国のEU離脱も英国内の「分断」と

ひいては欧州全体の「分断」を呼び起こし、世界が新たな構造の時代に突入することを否応なく考えさせる。

冷戦の崩壊時から米国政治をウォッチしてきたフーテンにとって、

この変化は世界の一極支配を目指した米国の戦略が世界各地で行き詰まり、

そこから生まれた混乱が世界を覆い、

その中での「もがき」が英国のEU離脱やトランプ次期大統領の誕生となって現れたと思う。

フーテンにとって最も鮮烈に冷戦後の米国の戦略を印象づけたのは「国防計画指針(DPG)」呼ばれる

機密文書であった。ブッシュ(父)政権時代に国防総省が

ソ連崩壊後の国際社会で米国は何を目指すかの「指針」を示すため作成した。

それは機密文書であるから公にされるはずはなかったが、

なぜか1992年にワシントン・ポスト紙にリークされ、フーテンも知ることが出来た。

そこには世界のいかなる地域においても米国に対抗できる国家の出現を許さず、

米国だけがグローバル・パワーとしての地位を維持すると書かれてある。

米国だけが国際秩序を作り、その秩序の下で他の国は「正当な利益」を得ることが出来るが、

何が「正当な利益」かを決めるのは米国である。

そして他の国が地域でのリーダーシップを握って米国に挑戦するのを防ぐため、

米国は軍事的・経済的・外交的なメカニズムを構築するとして、

ロシアに対しては武装解除と核兵器の減少を進め、

東欧地域における覇権的な地位の回復を阻止するとしている。

欧州に対してはNATOを安全保障の基盤とし、

欧州諸国が欧州だけの安全保障システムを作ることを許さない。

アジアでは日本がより大きな地域的役割を担うことを阻止し、

米国が優越的な軍事力を維持し続ける方針を示す。

そして問題は米国の潜在的な敵性国としてロシア、中国だけでなく、

同盟国である日本とドイツが挙げられていることだ。

冷戦が始まった当初、日本とドイツは「反共の防波堤」として米国が経済復興に力を入れたが、

日独共に経済成長を成し遂げて米国経済を脅かす存在になった。

特に日本は冷戦末期にソ連を上回る「脅威」として、

貿易摩擦は真珠湾奇襲攻撃から始まる「太平洋戦争」になぞらえられた。

そのため米国は経済で日本を打ち負かすことを決意する。

それが軽武装路線で経済を成長させた日本に軍事負担を負わせ、

日本の経済力をそぐ一方、米国の利益にする方法が考えられたのである。

ソ連が崩壊したことで日米安保条約は改定されるのが当然だったが、

クリントン政権はDPGの方針通り、北朝鮮と中国の存在を理由に

「アジアの冷戦は終わっていない」としてアジアに10万規模の米軍を配備し、

日本に自主防衛能力を持たせず、軍事的・経済的要求を呑ませることが出来るようにした。

北朝鮮の核とミサイルや中国の軍事大国化は米国にとって都合よく働いた。

一方でクリントン政権はIT革命による「情報化とグローバリゼーション」を進め、

米国の価値観で世界を一極支配する路線を採った。

IT革命は米国経済を再生させ、貿易赤字を解消した米国は

バブルが弾けた日本経済に「失われた10年」という烙印を押す。

グリーンスパンFRB議長は連邦議会で「米国は経済で勝利した。

日本とドイツが米国に勝てないのは労働力の流動化がないからだ」と述べた。

すると日本政府は米国に言われるままかつての終身雇用制を見直し、

労働力の流動化に励んでいるが、

一方のドイツはソ連崩壊を受けて米国の言いなりにはならなくなった。

宿敵フランスと手を組み、EUの中心的存在となり、

統一通貨ユーロを創設して世界の基軸通貨ドルの地位を脅かす。

ユーロが米国の逆鱗に触れたのは、

イラクのサダム・フセイン大統領が石油の決済をユーロで行うと決めた時である。

そのため米国はイラク戦争を起こしスンニ派のサダム・フセインを抹殺した。

そしてイラクで多数を占めるシーア派に政権を委ねたことから、

反発するスンニ派がISを誕生させ、中東は未曽有の混乱に陥った。

その混乱を収拾するため登場したオバマ大統領は

軍を撤退させる代わりに諜報機関を使ってテロ組織に対し暗殺やドローン攻撃を繰り返すが、

CIAのスノーデンが内情を暴露してロシア亡命したことからロシアとの関係が悪化、

またクリントン政権が日本をけん制するため戦略的パートナーとした中国が

経済的にも軍事的にも大国化して米国を脅かす存在となった。

米国はDPGに示された通り、ロシア、中国、日本、ドイツを「敵性国」と位置付け、

それが米国に対抗できなくするように、

時には手を組み、時には叩いて優越的地位を維持しようとして来た。

その中で日本だけは米国の言いなりだが、他の国々はみな強かである。

トランプ次期大統領はアジアでは中国、欧州ではドイツをけん制するためロシアと手を組み、

また英国のEU離脱をドイツの大国化を阻止できることから歓迎する。

しかし状況が少しでも変われば米国はまた手を組む相手を変える。

フーテンには米国が優越的地位からの転落を恐れて綱渡りをしているように見える。

米国とロシア、そして日本が一方の陣営を形成すれば、

EUと中国が接近してもう一つの陣営を形成する可能性もあれば、

米国が日本を見放して中国と接近する可能性もある。

反中国を強調して米国にすり寄る日本が梯子を外される話になる。

ただ問題はそんな綱渡りをしているうちに米国内にも英国内にも欧州全体にも、

そして日本国内にだって「分断」が起こり、

グローバリズムをやめて国家主義を優先するはずが、

国家の内部の混乱が国家そのものを弱体化させるのではないかとフーテンは思ってしまうのである。

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