★惨憺たる安倍外交現実の根本原因-(植草一秀氏)

韓国・釜山の日本総領事館前に昨年末、

慰安婦を象徴する少女像が新たに設置されたことを受けて、

安倍政権は長嶺安政駐韓大使と森本康敬釜山総領事を日本に一時帰国させた。

安倍政権は一昨年12月の慰安婦問題に関する日韓合意の着実な履行を

韓国側に要求していく方針だが、韓国では朴槿恵大統領に対する弾劾訴追案が可決され、

職務停止状態にあり、問題解決は難しい。

韓国野党勢力は合意の破棄を求めており、日韓関係の悪化が長期化する可能性を強めている。

私は一昨年12月29日に

ブログ記事「日韓合意、日本政府謝罪明記でも玉虫決着」

http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-99db.html

メルマガ記事「日韓合意あいまい決着が問題を再燃させる懸念」

http://foomii.com/00050

を掲載した。

2015年12月28日の日韓外相会談で、

旧日本軍の従軍慰安婦問題を最終決着させることについて日韓外相が共同発表した。

共同文書を発表できず、共同発表になった。

韓国の尹炳世外相は、

「日本政府が先に表明した措置を着実に実施されるとの前提で」

「日本政府と共にこの問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」

と発表した。


従軍慰安婦を象徴する少女像については、

韓国政府が、

「日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し、

空間の安寧、威厳の維持といった観点から懸念しているという点」を

「認知」し、

「韓国政府としても可能な対応方法に対し、関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する」

とした。

しかし、慰安婦像の撤去を約束したものではなかった。

合意は一定の前提に基づく基本姿勢を示したものであるが、問題を最終解決するものにはなっていなかった。

上記ブログ記事、メルマガ記事で私は次の事実を指摘した。

「報道各社の伝え方には大きな温度差がある。

日韓関係の改善に向けて、今回の合意を基に、

問題の全面的な解決を実現するべきであるとの前向きの主張が存在する一方、

産経や読売のように、韓国側の責任だけを強調する論評も目立つ。

産経新聞は

「この問題が今後、二度と蒸し返されないという国と国との約束が守られることだ」

と表現して、韓国側の責任だけを強調する記述を示すが、

これは共同発表の文書を正確に理解していないものである。

共同発表は、

「この問題が最終的かつ不可逆的に解決される」

との表現を盛り込んだものの、これを無条件で認めたもにはなっていない。

既述した通り、

「日本政府が先に表明した措置を着実に実施されるとの前提で」

という「前提条件」が付されているのである。

また、

「在韓国日本大使館前の少女像」

についても、

「韓国政府としても可能な対応方法に対し、関連団体との協議等を通じて適切に解決されるよう努力する」

と表現されただけで、撤去を約束してはいない。

産経新聞は、

「政府間で合意した以上、指導者はこれを受け入れるよう国民を説得し、支援団体などを納得させるべきだ」

と主張するが、日韓外相の共同発表には、これを担保する記述は明記されていない。」


今回、新たに釜山の総領事館前に慰安婦少女像が設置されて、

安倍政権は態度を硬化させているが、

2015年12月の外相共同発表は慰安婦像の撤去を確約するものにはなっておらず、

また、今回の慰安婦像設置は、稲田朋美防衛相の靖国参拝の直後の行動であり、

韓国の国民感情に対して韓国政府が強制力を働かせることのできる状況ではない点を認識する必要がある。

上記メルマガ記事の結び部分の記述を再掲載させていただく。

「結局のところ、こうした外交問題を真に解決するには、相互の誠実な対応が必要不可欠なのである。

相手を信頼し、尊重する。

そして、自国が採るべき対応を誠実に履行する。

両者がこのような原則を守って、初めて問題は解決するのである。

相手方を一方的に非難し、自国の理不尽な主張だけを振りかざしても、問題の解決が得られるわけがない。

歴史の真実に向き合い、反省すべき点は反省し、謝罪すべき点は謝罪する。

その上で、真の和解を実現して、良好で健全な外交関係を確立する。

これが当然のとるべき対応である。

日韓合意は日韓関係の改善に向けた第一歩になるが、既述したように、

合意には曖昧な表現が随所に存在する。

とりわけ、在韓国日本大使館前の少女像に関する合意内容には明確なものが含まれておらず、

この問題を解決するには、日本側が韓国側の十分な納得を得ることが必要不可欠になる。

この問題を残しておいて、逆にこれが今後の問題解決の大きな障害になるなら、

その責任は、曖昧な合意で決着させた日本政府の対応にあると言わざるを得ないことになる。

この部分に最大の懸念が残る。」


安倍首相は外遊を繰り返し、膨大な血税を海外にばらまき続けているが、

外交成果は驚くほど上がっていない。

対米関係では

「TPPが成長戦略の柱」

だとするとともに、

「米国が参加しないTPPは意味がない」

としてきた。

米国大統領選ではクリントン氏が当選すると勝手に決めて、

9月の訪米時にクリントン候補とだけ面会するという大失態を演じた。

予想に反してトランプ氏が当選してしまったため、慌てふためいて、

11月にニューヨークのトランプ私邸詣でを行い、50万円のゴルフクラブを贈呈した。

文字通りの「土下座外交」になった。

トランプ氏はTPPに否定的で、安倍首相はトランプ氏に翻意を促すとしていた。

NY訪問後に安倍首相が発した言葉が、

「米国抜きのTPPは意味がない」

だったが、安倍首相がこの言葉を発するのを確認した直後にトランプ氏は、

「大統領就任初日にTPPからの離脱を宣言する」

とのビデオメッセージを全世界に向けて発信した。

安倍首相のトランプ私邸詣でのへの返礼がこのメッセージになった。

TPPは日本の主権者にとって「百害あって一利のない」条約であるから、

トランプ新大統領がTPP離脱を宣言して、TPPが消滅することは、

日本の主権者にとっての大朗報であるが、これとは別に、

安倍外交が大きなつまづきを示したことは確かである。


中国包囲網を形成したいというのが安倍首相の希望のようだが、

日比首脳会談で明らかになったのは、フィリピンの対中国友好姿勢だった。

国際司法裁判所が南沙諸島の帰属問題についてフィリピンの主張を認め、

安倍首相はこれを日比首脳でアピールしようとしたが、

フィリピンのドゥテルテ大統領はこれに同意しなかった。

フィリピンは中国と対立する道ではなく、中国を友好関係を深める道を選択し、

領土問題で中国と争わない姿勢を鮮明にしたのである。

ここでも安倍首相の対フィリピン外交は大きなつまづきを示したのである。


安倍首相は12月15日、ロシアのプーチン大統領を安倍首相の郷里に招いた。

この日ロ首脳会談で北方領土返還問題と日ロ平和条約締結の道筋をつけることを目論んだ。

ところが、ロシアのプーチン大統領は2時間半以上も遅れて訪日した。

強い不満の意思表示であると読み取るべきである。

そして、日ロ間に領土問題は存在しないと明言した。

永田町では、

「四兎(四島)を追って一兎(一島)をも得ず」

と言われているそうだが、

歯舞・色丹二島の日本引渡しさえ、大幅に遠のいた印象が強い。


プーチンロシア大統領の訪日のひと月前の11月9日に、

谷内正太郎国家安全保障局長がモスクワを訪問し、

パトルシェフ安全保障会議書記と予備交渉を行った際、

日本に歯舞・色丹2島を引き渡した場合、「米軍の基地が置かれることがあり得るかを聞いた。

これに対して谷内局長が「可能性はある」と答えたことで領土返還問題が一気に崩壊したと伝えられている。

2000年6月のプーチン・森会談で森首相が

「返還後の米軍基地」について「あり得ないこと」と答えたことが、

その後の交渉のベースに置かれてきたはずだが、谷内局長発言が「ちゃぶ台返し」を行ったと言える。

裏にあるのは米国の指令である。

安倍首相は米国の命令、指令を超えて動けない。

米国に隷従しているからこそ、長期政権が実現しているわけで、

この命令に逆らえば、即時に安倍政権は終わる。

日ロ関係で得点を上げようとした安倍首相だが、

米国に支配されるトップが米国の了解なしにことを進めようとした結果として

日ロ問題で大きくつまづいたわけだ。


安倍首相は北朝鮮による拉致問題の解決を政権の使命とまで謳っていたが、

あの話は一体どうなったのだろうか。

メディアは拉致問題に進展のあるときだけ、この問題を報じるのか。

進展がなければ、政権の責任を糺すのがメディアの本来の役割である。

メディアは単なる権力の僕、広報機関に成り下がってしまっている。


こうして見ると、巨額の血税が海外にばらまかれ続けているのに、

日本の外交成果はまったく上がっていないという重要な現実が見えてくる。

トランプ新大統領は米国民の利益を前面に押し出して政策を推進することになるだろう。

TPPには反対だが、単純に日本を食い物にする二国間FTA、EPAならば積極的に動く可能性がある。

TPPで日本はほぼ全面譲歩だった。

2012年12月の総選挙に際して安倍自民党が掲げた6項目の公約は、

ほぼ全面的に破棄される方向にある。

これらがTPP最終合意に盛り込まれた。

米国が批准しなければTPPは発効しない。

そうであるなら、日本の国益を損なうTPPを日本が批准する必要は皆無だった。

それを安倍首相は強引に押し通した。


その目的は、今後の対米二国間交渉を念頭に、日本はご覧のとおり、

最初から白旗を揚げて、全面降伏ですと、意思表示することにあったのではないか。

これがもっとも有力な推論である。

このような発射台から日米二国間協議が行われるなら、日本の国益がさらに喪われることは間違いない。

文字通り、「亡国の外交」、「売国の外交」になってしまう。


従軍慰安婦像の設置で日本政府が慌てふためいているが、

慰安婦像の撤去問題を最重視するなら、そもそも、2015年12月のような

「あいまい合意」

を結ぶべきでなかった。

現実は逆で、「あいまい」にしない限り、共同発表すら実現できなかったということであろう。

日本の外交力、外交交渉力が著しく低下しているのだ。

その最大の原因は、問題に対して、真摯に、そして誠実に向き合う姿勢の欠如にあると思われる。

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