『竹取翁物語』(古活字十行甲本)


『竹取物語』 古活字十行甲本

【底本】古木活字十行甲本(慶長頃上木)
横山重氏・安田文庫蔵(1944~1965年当時)

入力: 新井信之『竹取物語の研究 本文篇』(1944)
「〔六〕 竹取翁物語 〔古活字版十行本〕」 (p.199~p.234)
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校正: 中田剛直『竹取物語の研究 校異篇・解説篇』(1965)
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※1段落=原本1ページの片面分

2016.12/25~12/28入力 DK (@fo_rex_ample)

いまはむかしたけとりの翁といふもの有けり野山にましりて竹をとりつゝ萬の事につかひけり名を
はさるきのみやつことなんいひける其たけの中にもとひかるたけなん一すちありけりあやしかりて
よりて見るにつゝの中ひかりたりそれをみれは三寸はかりなる人いとうつくしうてゐたりおきない
ふやう我朝こと夕ことにみるたけの中におはするにて知ぬ子に成給ふへき人な

めりとて手にうち入て家へもちてきぬめの女にあつけてやしなはすうつくしき事限なしいとをさな
けれはこに入てやしなふ竹とりのおきなたけを取に此子を見つけて後に竹とるにふしをへたてゝよ
ことにこかねあるたけをみつくる事かさなりぬかくておきなやう\/ゆたかに成行此児やしなふ程
にすく\/とおほきになりまさる三月はかりになる程によき程なる人になり

ぬれは髪あけなとさうしてかみあけさせもきすちやうのうちよりも出さすいつきやしなふ此児のか
たちのけそうなること世になく屋のうちはくらき所なくひかりみちたりおきな心ちあしくくるしき
時もこの子を見れはくるしき事もやみぬはらたゝしき事もなくさみけり翁竹をとる事久く成ぬいき
をひまうのものに成にけり此子いとおほきに成ぬれは名をみむろといむへのあきた

をよひてつけさすあきたなよ竹のかくや姫とつけつ此程三日うちあけあそふ萬のあそひをそしける
男はうけきらはすよひほとへていとかしこくあそふ世界のをのこあてなるもいやしきもいかて此か
くや姫をえてしかな見てしかなと音にきゝめてゝまとふそのあたりのかきにも家のとにもをる人た
にたはやすく見るましき物をよるはやすきいもねすやみの夜に出てもあなをくしり

かひまみまとひあへりさる時よりなんよはひとはいひける人の物ともせぬ所にまとひありけ共何の
しるしあるへくも見えす家の人ともに物をたにいはんとていひかくれ共ことゝもせすあたりをはな
れぬ君たち夜をあかし日を暮すおほかりをろかなる人はようなきありきはよしなかりけりとてこす
なりにけり其中に猶いひけるは色好といはるゝ限五人思ひやむときなくよるひる来り

けりその名とも石つくりの御子くらもちのみこ左大臣あへのみむらし大納言大伴のみゆき中納言い
そのかみのもろたり此人々なりけり世中におほかる人をたにすこしもかたちよしときゝては見まほ
しうする人ともなりけれはかくや姫を見まほしうて物もくはすおもひつゝかの家に行てたゝすみあ
りきけれとかひあるへくもあらす文をかきてやれ共返事もせすわひうたなとかきて

をこすれ共かひなしと思へと霜月しはすのふりこほりみな月のてりはたゝくにもさはらすきたり此
人々ある時は竹とりをよひ出てむすめを我にたへとふしおかみ手をすりの給へとをのかなさぬ子な
れは心にもしたかはすなんあるといひて月日すくすかゝれは此人々家にかへりて物をおもひいのり
をし願をたつ思ひやむへくもあらすさりともつゐに男あはせさらんやはと思ひて頼を

かけたりあなかちに心さしを見えありく是をみつけて翁かくや姫にいふやう我子の仏変化の人と申
なからこゝらおほきさまてやしなひ奉る心さしをろかならすおきなの申さん事聞給てむやといへは
かくや姫何事をかの給はんことはうけたまはらさらんへんけのものにて侍けん身共しらすおやとこ
そ思ひ奉れといふ翁嬉しくもの給ふ物哉といふ翁年七十にあまりぬけふともあすとも

しらす此世の人は男は女にあふ事をす女は男にあふことをす其後なん門ひろくもなり侍るいかてか
さる事なくてはおはせんかくやひめのいはくなんてうさることかし侍らんといへは変化の人と云共
女の身もちたまへり翁のあらん限はかうてもいますかりなむかし此人ゝの年月をへてかうのみいま
しつゝの給ふ事を思ひさためてひとり\/にあひ奉給ねといへはかくや姫いはく

よくもあらぬかたちをふかき心もしらてあた心つきなは後くやしき事もあるへきをと思はかり也世
のかしこき人なり共ふかき心さしをしらてはあひかたしとなん思といふ翁いはくおもひのことくも
の給かな抑いかやうなるこゝろさしあらん人にかあはんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人ゝ
にこそあめれかくやひめのいはくなに計のふかきをか見んといはんいさゝかの事也人の心

さしひとしかん也いかてか中にをとりまさりは知ん五人の中にゆかしき物をみせ給へらんに御心さ
しまさりたりとてつかうまつらんとそのおはすらん人ゝに申給へといふよき事なりとうけつ日くる
ゝ程れいのあつまりぬ或は笛をふき或は哥をうたひ或はしやうかをし或はうそをふき扇をならしな
とするに翁出ていはく忝なくきたなけ成所に年月をへて物し給事きはまりたる

かしこまりと申翁の命けふあすともしらぬをかくの給君たちにもよく思ひ定てつかうまつれと申も
理也いつれもをとりまさりおはしまさねは御心さしの程は見ゆへしつかうまつらん事はそれになん
さたむへきといへはこれよき事也人のうらみもあるましといふ五人の人\/もよき事なりといへは
翁いりていふかくや姫石つくりの御子には仏の御石のはちと云物ありそれを取て

給へといふくらもちの御子には東の海にほうらいと云山あるなりそれにしろかねをねとし金をくき
とし白き玉をみとしてたてる木ありそれ一枝おりて給はらんと云今独にはもろこしにある火ねすみ
のかはきぬをたまへ大伴の大納言にはたつのくひに五色にひかるたまありそれをとりて給へいその
かみの中納言にはつはくらめのもたるこやすの貝取て給へと云翁かたきことにこそあ

なれ此国に有物にもあらすかくかたき事をはいかに申さんと云かく姫何かかたからんといへは翁と
まれかくまれ申さむとていてゝかくなむ聞ゆるやうに見給へといへは御子たち上逹部聞ておいらか
にあたりよりたになありきそとやはの給はぬといひてうんして皆帰ぬ猶此女見ては世にあるましき
心ちのしけれは天竺に有物ももてこぬ物かはと思ひめくらして石つくりの御子はこころの

したくある人にて天竺に二となきはちを百千万里の程いきたりともいかてか取へきと思ひてかくや
姫のもとにはけふなん天ちくへ石のはちとりにまかるときかせて三年はかり大和の国とをちのこほ
りにある山寺にひんするのまへなるはちのひたくろにすみつきたるをとりてにしきのふくろに入て
作り花の枝につけてかくやひめの家にもてきてみせけれはかくや姫あやしかりて見れ

ははちの中に文ありひろけて見れは
  うみ山の道に心をつくし果ないしのはちの涙なかれき
かくやひめ光やあると見るにぼたるはかりの光たになし
  をく露の光をたにもやとさましををくらの山にて何もとめけん
とて返しいたすはちを門にすてゝこの哥のかへしをす
  しら山にあへはひかりのうするかとはちをすてゝも頼まるかな
とよみて

入たりかくやひめかへしもせす成ぬ耳にも聞いれさりけれはいひかゝつらひて帰りぬ彼はちをすて
ゝ又いひけるよりそおもなきことをははちをすつるとは云けるくらもちの御子は心たはかりある人
にておほやけにはつくしの国にゆあみにまからんとていとま申てかくや姫の家には玉のえたとりに
なんまかるといはせてくたり給につかふまつるへき人\/みな難波まて御送りしける御子

いと忍ひてとの給はせて人もあまたゐておはしまさすちかうつかふまつる限して出給ひ御送りの人
\/み奉をくりてかへりぬおはしましぬと人には見え給ひて三日はかりありてこきかへり給ぬかね
てこと皆仰たりけれは其時ひとつのたからなりけるかちたくみ六人を召とりてたはやすく人よりく
ましき家を作りてかまとを三へにしこめてたくらを入給つゝ御子もおなし所に籠り給て

しらせ給たる限十六そをかみにくとをあけて玉の枝を作り給かくや姫の給ふやうにたかはす作り出
ついとかしこくたはかりて難波にみそかにもて出ぬ船にのりて帰りきにけりと殿につけやりていと
いたくくるしかりたるさましてゐ給へり迎へに人おほく参たり玉の枝をはなかひつに入て物おほひ
てもちて参るいつか聞けんくらもちの御子はうとんくゑの花もちてのほり給へりとのゝし

りけり是をかくや姫きゝて我は此御子にまけぬへしとむねつふれて思ひけりかゝる程に門をたゝき
てくらもちの御子おはしたりとつく旅の御姿なからおはしたりといへはあひ奉る御子の給はく命を
すてゝかの玉のえたもちて来るとてかくやひめにみせ奉り給へといへは翁もちていりたり此たまの
えたに文そつけたりける
  いたつらに身はなしつ共たまの枝を

  たをらてさらに帰らさらまし
これをも哀とも見てをるに竹とりの翁はしり入ていはく此御子に申給ひしほうらいのたまのえたを
ひとつの所あやまたすもておはしませり何をもちてとかく申へきたひの御すかたなからわか御いゑ
へもより給はすしておはしましたりはやこの御子にあひつかうまつり給へといふに物もいはすつら
つゑをつきていみしくなけかしけにおもひたり此御子今

さへ何かといふへからすと云まゝにえんにはひのほり給ぬ翁理に思ふ此国に見えぬ玉の枝なり此度
はいかてかいなひ申さん人さまもよき人におはすなといひゐたりかくや姫のいふやうおやのの給ふ
ことをひたふるにいなひ申さむ事のいとおしさに取かたき物をかくあさましくもて来る事をねたく
思ひおきなはねやの内しつらひなとす翁御子に申やういかなる所にか此木は候けん

あやしくうるはしくめてたき物にもと申御子こたへての給はくさおとゝしのきさらきの十日比に難
波より船にのりて海の中に出ていかん方もしらすおほえしかと思ふことならて世中にいきて何かせ
んと思ひしかはたゝむなしき風にまかせてありく命しなはいかゝはせんいきてあらん限かくありき
てほうらいといふらん山にあふやとうみにこきたゝよひありきてわか国のうちをはなれて

ありきまかりしにある時は波あれつゝ海のそこにも入ぬへくある時には風につけてしらぬ国に吹よ
せられて鬼のやうなる物出きてころさんとしきある時にはきしかた行すゑもしらすうみにまきれん
としきある時にはかてつきて草のねをくひ物としきある時はいはん方なくむくつけけなる物きてく
ひかゝらんとしきある時にはうみの貝をとりて命をつく旅のそらにたすけ給へき人

もなき所に色\/のやまひをして行方空もおほえす船のゆくにまかせて海にたゝよひて五百日と云
たつの時はかりにうみの中にはつかにやま見ゆ舟の内をなんせめてみる海の上にたゝよへるやまい
とおほきにてありその山のさま高くうるはし是やわかもとむる山ならむと思ひてさすかにおそろし
くおほえて山のめくりをさしめくらして二三日はかり見ありくに天人のよそほひしたる

女山の中より出きてしろかねのかなまるをもちて水をくみありく是をみて船よりおりて此山の名を
何とか申ととふ女こたへていはくこれはほうらいの山なりとこたふ是をきくに嬉しき事限なし此女
かくの給は誰そととふ我名はうかんるりといひてふとやまの中に入ぬ其やまを見るにさらにのほる
へきやうなし其やまのそはひらをめくれは世中になき華の木共たてり金しろかねるり

いろの水山より流出たるそれには色々の玉のはしわたせり其あたりにてりかゝやく木とも立り其中
に此とりてもちてまうてきたりしはいとわろかりしかともの給しにたかはましかはと此花を折てま
うて来る也山は限なく面白し世にたとふへきにあらさりしかと此枝をおりてしかはさらに心もとな
くて舟にのりて追風吹て四百余日になんまうてきにし大願力にや難波より昨日なむ都

にまうてきつるさらにしほにぬれたる衣たにぬきかへなてなんたちまうてきつるとの給へはおきな
きゝてうちなけきてよめる
  呉竹の世々のたけとり野山にもさやはわひしきふしをのみ見し
是を御子聞てこゝらの日比おもひわひ侍つる心はけふなむおちゐぬるとの給ひて返し
  わかたもとけふかはけれはわひしさの千くさのかすも忘られぬへし
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くみあやへのうちまろ申さく玉の木を作りつかふまつりしこと五こくをたちて千余日に力をつくし
たる事すくなからす然にろくいまた給はらす是を給てわろきけこに給せんと云てさゝけたる竹とり
の翁此たくみらか申ことは何事そとかたふきをり御子はわれにもあらぬけしき

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思ひつれかくあさましき空ことにてありけれははや返し給へといへは翁こたふさたかにつくらせた
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  まことかと聞て見つれはことのはをかされる玉の枝にそありける
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といひてよひすへ奉れりかくよひすへて此度は必あはんと女の心にも思をり此翁は

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心みんと云翁それさもいはれたりと云て大臣にかくなん申と云大臣こたへていはく

此かははもろこしにもなかりけるをからうしてもとめ尋えたるなり何のうたかひあらんさは申とも
はややきて見給へといへは火の中にうちくへてやかせ給にめら\/とやけぬされはこそことものゝ
かは也けりと云大臣是を見給て顔は草の葉の色にてゐ給へりかくやひめはあな嬉しとよろこひてゐ
たりかの読給ひける哥の返し箱にいれて返す
  名残なくもゆとしりせはかは衣思ひ

  のほかにをきてみましを
とそありけるされは帰いましにけり世の人\/あへの大臣火ねすみのかはきぬもていましてかくや
姫にすみ給ふとなこゝにやいますなととふある人のいはくかはゝ火にくへてやきたりしかはめら
\/とやけにしかはかくや姫あひ給はすと云けれは是を聞てそとけなき物をはあへなしと云ける大
伴のみゆきの大納言は我家にありと有人あつめての給はく

たつのくひに五色の光ある玉あなり其をとりて奉たらん人にはねかはん事をかなへんとの給おのこ
共仰のことを承て申さく仰の事はいともたうとしたゝし此玉たはやすくえとらしをいはんや竜のく
ひにたまはいかゝとらんと申あへり大納言の給ふてんのつかひといはん物は命をすてゝもをのか君
の仰ことをはかなへんとこそ思へけれ此国になき天竺もろこしの物にもあらす此国

の海山よりたつはをりのほる物也いかに思ひてかなんちらかたき物と申へきおのことも申やうさら
はいかゝはせんかたき物なり共仰ことにしたかひてもとめにまからんと申に大納言みわらひてなん
ちらか君の使と名をなかしつ君のおほせ事をはいかかはそむくへきとの給ひてたつのくひの玉とり
にとて出したて給ふ此人ゝの道のかてくひ物に殿の内のきぬわたせになとある限

とり出てそへてつかはす此人よとも蹄まていもゐをしてわれはをらん此玉取えては家にかへりくな
との給はせけり各仰承てまかりぬたつのくひの玉とりえすは帰くなとの給へはいつちも\/足のむ
きたらんかたへいなむすかかるすき事をしたまふ事とそしりあへり給はせたる物各分つゝとる或は
をのか家にこもりゐ或はをのかゆかまほしき所へいぬおや君と申ともかくつきなき

事を仰給事とことゆかぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくや姫すへんにはれいやうには見にくし
との給ひてうるはしき屋を作り給てうるしをぬりまきゑしてかへし給ひて屋の上には糸をそめて
色ゝふかせてうち\/のしつらひにはいふへくもあらぬ綾をり物にゑをかきて誠はりたりもとのめ
ともはかくや姫を必あはんまうけしてひとりあかし暮し給つかはしし人はよるひるまち給ふに

年こゆるまて音もせす心もとなかりていと忍ひてたゝとねり二人めしつきとしてやつれ給て難波の
辺におはしましてとひ給ふ事は大伴の大納言の人や船にのりて竜ころしてそかくひの玉とれるとや
聞とゝはするに舟人答ていはくあやしき事哉とわらひてさるわさするふねもなしとこたふるにをち
なき事する船人にもあるかなえしらてかくいふとおほしてわか弓の力はたつ

あらはふといころしてくひの玉はとりてんをそくくるやつはらをまたしとの給てふねにのりてうみ
ことにありき給ふにいと遠くてつくしのかたのうみにこき出給ひぬいかゝしけんはやき風吹て世界
くらかりてふねをふきもてありくいつれのかた共しらすふねを海中にまかり入ぬへくふきまはして
波はふねに打かけつゝまき入神は落懸るやうにひらめきかかるに大納言はまとひて

またかゝるわひしきめ見すいかならんとするそとの給ふかちとり答そ申こゝら舟にのりてまかりあ
りくにまたかゝるわひしきめを見すみふね海のそこにいらすはかみおちかゝりぬへし若さいはひに
神のたすけあらは南海にふかれおはしぬへしうたてあるぬしのみもとにつかうまつりてすゝろなる
しにをすへかめるかなとかちとりなく大納言是を聞ての給はく船に乗てはかちとりの

申事をこそたかき山とたのめなとかくたのもしけなく申そとあをへとをつきての給かち取こたへて
申紳ならねはなにわさをかつかうまつらん風ふき波はけしけれ共かみさへいたゝきに落かかるやう
なるはたつをころさんともとめ給候へはある也はやてもりうのふかする也はやかみにいのりたまへ
と云よき事也とてかちとりの御神きこしめせをとなく心をさなく竜をころさむと

思けり今より後はけの一すちをたにうこかしたてまつらしとよことをはなちてたちゐなく\/よは
ひ給ふ事千度はかり申給ふけにやあらんやう\/神なりやみぬ少光て風は猶はやく吹かちとりのい
はく是はたつのしわさにこそありけれ此ふく風はよきかたの風なりあしきかたのかせにはあらすよ
きかたにおもむきてふく也といへ共大納言はこれを聞入給はす三四日ふきてふきかへしよ

せたり浜をみれははりまのあかしのはまなりけり大納言南海のはまにふきよせられたるにやあらん
とおもひていきつきふし給へり船にあるをのこ共国につけたれとも国のつかさまうてとふらふにも
えおきあかり給はて船そこにふし給へり松原に御むしろしきておろし奉る其時にそ南海にあらさり
けりと思ひてからうしておきあかり給へるをみれは風いとおもき人にてはら

いとふくれこなたかなたのめにはすもゝを二つけたるやう也是を見奉りてそ国のつかさもほうゑみ
たる国におほせ給てたこしつくらせ給ひてによう\/になはれて家に入給ぬるをいかてか聞けんつ
かはししをのこ共参て申やう竜のくひの玉をえとらさりしかは南殿へもえ参らさりし玉の取かたか
りし事をしり給へれはなんかんたうあらしとて参つると申大納言おきゐての給はくなん

ちらよくもてこす成ぬたつはなるかみのるいにこそ有けれそれか玉をとらんとてそこらの人々のか
いせられんとしけりましてたつをとらへたらましかは又こともなく我はかいせられなましよくとら
へすなりにけりかくや姫てふおほぬす人のやつか人をころさんとする也けり家のあたりたに今はと
をらしをのこ共もなありきそとて家に少残たりける物共はたつのたまをとらぬ物共に

たひつこれを聞てはなれ給ひしもとの上ははらをきりてわらひ給ふ糸をふかせ作りし屋はとひから
すの巣に皆くひもていにけり世界の人のいひけるは大件の大納言はたつのくひの玉や取ておはした
るいなさもあらすみまなこ二にすもゝのやうなる玉をそそへていましたると云けれはあなたへかた
といひけるよりそ世にあはぬことをはあなたへかたとはいひはしめける中納言いそのか

みのまろたかの家につかはるゝをのこ共のもとにつはくらめの巣くひたらは告よとの給ふを承てな
しの用にかあらんと申答ての給やうつはくらめのもたるこやす貝をとらんれう也との給ふをのこ共
こたへて申つはくらめをあまたころしてみるたにもはらになき物也但子うむときなんいかてかいた
すらんはらくかと申人たに見れはうせぬと申又人の申やうおほいつかさのいひかしく屋の

むねにつくのあなことにつはくらめは集をくひ侍るそれにまめならんをのこ共をいてまかりてあく
らをゆひあけてうかゝはせんにそこらのつはくらめ子うまさらむやはさてこそとらしめ給はめと申
中納言よろこひ給てをかしき事にもあるかなもつともえしらさりけり興ある事申たりとの給てまめ
なるをのことも廿人はかりつかはしてあななひにあけすへられたりとのよりつか

ひ隙なく給はせてこやすの貝とりたるかと問せ給ふつはくらめも人のあまたのほりゐたるにおちて
巣にものほりこすかかるよしの返事を申たれは聞給ていかゝすへきとおほしわつらふに彼つかさの
官人くらつまろと申翁申やうこやすかいとらんとおほしめさはたはかり申さんとて御前に参たれは
中納言ひたいを合てむかひ給へりくらつまろか申やう此つはくらめ子やすかいは

あしくたはかりてとらせ給ふ也さてはえとらせ給はしあななひにおとろ\/しく廿人の人ののほり
て侍れはあれてよりまうてこすせさせ給へきやうは此あななひをこほちて人皆しりそきてまめなら
ん人一人をあらたにのせすへてつなをかまへて鳥の子うまん間につなをつりあけさせてふとこやす
貝をとらせ給はんなんよかるへきと申中納言の給やういとよき事也とて穴ないをこほし

人皆かへりまうてきぬちう納言くらつ丸にの給はくつはくらめはいかなる時にか子うむとしりて人
をはあくへきとの給ふくらつまろ申やうつはくらめ子うまむとする時はおをさゝけて七とめくりて
なむうみ落すめるさて七度めくらんおりひきあけて其診りこやすかいはとらせたまへと申中納言よ
ろこひ給ひて萬の人にもしらせ給はてみそかにつかさにいましてをのこ共の中

にましりてよるをひるになしてとらしめ給ふくらつまうかく申をいといたくよろこひての給こゝに
つかはるゝ人にもなきにねかひをかなふることの嬉しさとの給て御そぬきてかつけ給ふつさらによ
さりこのつかさにまうてことのたまふてつかはしつ日暮ぬれは彼つかさにおはして見給ふに誠つは
くらめ巣つくれりくらつまろ申やうをうけてめくるにあらこに人をのほせてつり

あけさせてつはくらめの巣に手をさし入させてさくるに物もなしと申に中納言あしくさくれはなき
也とはらたちてたれはかりおほえんにとてわれのほりてさくらんとの給ひてこにのりてつられのほ
りてうかゝひ給へるにつはくらめおをさけていたくめくるにあはせて手をさゝけてさくり給に手に
ひらめる物さはる時にわれ物にきりたり今はおろしてよおきなしえたりとの給てあつ

まりてとくおろさんとてつなをひき過してつなたゆるすなはちにやしまのかなへの上にのけさまに
落給へり人々あさましかりてよりてかゝへ奉れり御目はしらめにてふし給へり人\/水をすくひ入
奉るからうしていき出給へるに又かなへの上より手とり足取してさけおろしたてまつるからうして
御心ちはいかおほさるゝとゝへはいきのしたにて物は少おほゆれとこしなんうこか

れぬされとこやす貝をふとにきりもたれは嬉しく覚ゆる也先しそくしてこゝの貝かほ見んと御くし
もたけて御手をひろけ給へるにつはくらめのまりをけるふるくそをにきり給へる也けりそれを見給
てあなかひなのわさやとの給ひけるよりそ思ふにたかふ事をはかひなしと云けるかいにもあらすと
み給ひけるに御心ちもたかひてからひつのふたのいれられ給へくもあらす御こしは

をれにけり中納言はいゝいけたるわさしてやむことを人にきかせしとし給ひけれとそれをやまひに
ていとよはく成給ひにけり貝をえとらす成にけるよりも人のきゝわらはんことを日にそへて思ひ給
けれはたゝにやみしぬるよりも人聞はつかしくおほえ給ふなりけり是をかくや姫聞てとふらひにや
る哥
  年をへて波立よらぬすみのえのまつかひなしときくはまことか
とあるをよ

みてきかすいとよはき心にかしらもたけて人にかみをもたせてくるしき心ちにからうしてかき給ふ
  かひはかくありける物をわひはてゝしぬる命をすくひやはせぬ
とかきはつるたえ入給ぬ是を聞てかくや姫少あはれとおほしけり其よりなむ少嬉しき事をはかひあ
りとはいひけるさてかくやひめかたちの世に似すめてたき事をみかときこしめして内侍なかとみの
ふさ

こにの給おほくの人の身をいたつらになしてあはさるかくやひめはいかはかりの女そとまかりてみ
て参れとの給ふふさこ承てまかれり竹とりの家にかしこまりてしやうしいれてあへり女に内侍の給
仰ことにかくや姫のうちいうにをはす也よく見て参るへきよしの給はせつるになん参つるといへは
さらはかく申侍らんと云て入ぬかくやひめにはや彼御使にたいめんし給へといへは

かくやひめよきかたちにもあらすいかてか見ゆへきといへはうたてもの給ふ哉御門の御使をはいか
てかをろかにせんと云はかくやひめの答るやう御門のめしての給はん事かしこしとも思はすと云て
さらに見ゆへくもあらすむめる子のやうにあれといと心はつかしけにをろそかなるやうにいひけれ
は心のまゝにもえせめす女内侍のもとに帰り出て口おしく此おさなき物はこはく侍る物

にてたいめんすましきと申内侍必見奉りてまいれと仰ことありつる物をみ奉らてはいかてかかへり
まいらん国王の仰ことをまさに世に住給はん人の承たまはてありなんやいはれぬことなし給ひそと
ことは恥しくいひけれは是を聞てましてかくや姫きくへくもあらす国王の仰ことをそむかははやこ
ろし給てよかしと云此ないし帰り参りて此由を奏す御門聞召ておほくの人ころしてける

心そかしとの給ひてやみにけれと猶おほしおはしまして此女のたはかりにやまけんとおほしておほ
せ給ふなんちかもちて侍るかくやひめ奉れかほかたちよしと聞召て御使たひしかとかひなく見えす
成にけりかくたい\/しくやはならはすへきと仰らるゝ翁かしこまりて御返事申やう此めのわらは
たへて宮仕つかうまつるへくもあらすはんへるをもてわつらひ侍さりともまかりて

仰給はんと奏す是を聞召て仰給ふなとか翁のおほしたてたらん物を心にまかせさらん此女若奉りた
る物ならは翁にかうふりをなとか給せさらん翁よろこひて家に帰りてかくや姫にかたらふやうかく
なん御門のおほせ給へるなをやはつかうまつり給はぬと云はかくやひめ答ていはくもはらさやうの
宮つかへつかうまつらしと思ふをしゐて仕まつらせたまはゝ消うせなむすみつかさ

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さはあり共なとか宮仕をしたまはさらんしに給ふへきやうやあるへきといふ猶そらことかと仕らせ
てしなすやあると見給へあまたの人の心さしをろかならさりしをむなしくなしてしこそあれ昨日け
ふ御門のの給はんことにつかん人きゝやさしといへはおきなこたへていはくてんか

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きことを参て申さんとて参て申やう仰の事のかしこさにかのわらはを参らせんとてつかうまつれは
宮仕にいたしたてはしぬへしと申みやつこまろか手にうませたる子にてもあらす昔山にて見つけた
るかかれは心はせも世の人に似す侍ると奏せさす御門仰たまはく宮つこまろか家は山

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何か心もなくて侍らんにふとみゆきして御覧せん御覧せられなんとそうすれはみかと俄日を定て御
かりに出たまふてかくや姫の家に入給ふて見給にひかりみちてけうらにてゐたる人あり是ならんと
おほしてにけて入袖をとらへ給へはおもてをふたきて候へとはしめよく御覧しつれは

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ぬ御門なをめてたくおほしめさるゝ事せきとめかたしかく見せつる宮つこまろをよろこひ給さて仕
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後にかくやひめに
  かへるさのみゆき物うくおもほえてそむきてとまるかくや姫ゆへ
御返事
  むくらはふ下にも年はへぬる身の何かは玉のうてなをもみむ
是を御門御覧していかゝかへり給はん空もなくおほさる御心はさらにたち帰へくもおほされさりけ
れとさりとてよを明し給へきにあらねは帰らせ給ぬつねにつかうまつる人を見給にかくやひめのか
たはらによる

へくたにあらさりけりこと人よりはけうらなりとおほしける人のかれにおほしあはすれは人にもあ
らすかくや姫のみ御心にかゝりてたゝひとりすみし給ふよしなく御かた\/にもわたり給はすかく
やひめの御もとにそ御文をかきてかよはさせ給ふ御かへりさすかににくからすきこえかはし給てお
もしろく木草につけても御哥をよみてつかはすかやうにて御心をたかひになくさめ

給ふ程に三年はかりありて春のはしめよりかくや姫月のおもしろう出たるを見てつねよりも物思ひ
たるさま也ある人の月かほ見るはいむこととせいしけれ共ともすれはひとまにも月をみてはいみし
くなき給ふ七月十五日の月に出ゐてせちに物思へるけしきなりちかくつかはるゝ人々竹とりの翁に
つけていはくかくやひめれいも月をあはれかりたまへとも此ころと成てはたゝ事にも

侍らさめりいみしくおほしなけく事あるへし能圭見奉らせ給へといふを聞てかくやひめにいふやう
なんてうこゝちすれはかく物をおもひたるさまにて月を見給そうましき世にといふかくやひめみれ
はせけん心ほそく哀に侍るなてう物をかなけき侍るへきといふかくや姫のある所に至りて見れは猶
物思へるけしきなり是をみてあるほとけ何事思給そおほすらん事何事そといへは

思事もなし物なん心ほそくおほゆるといへは翁月な見給そ是を見給へは物おほすけしきは有そとい
へはいかて月をみてはあらんとて猶月出れは出ゐつゝ歎思へり夕やみには物思はぬけしき也月の程
に成ぬれは猶時ゝは打なけきなきなとすこれをつかふ物ともなを物おほす事あるへしとさゝやけと
親をはしめて何事共しらす八月十五日はかりの月にいてゐてかくやひめいといたく

なき給ふ人目も今はつゝみ給はすなき給ふ是をみておや共も何事そと問さはくかくや姫なく\/云
さき\/も申さんとおもひしかとも必心まとはし給はん物そと思ひて今まてすこし侍りつる也さの
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け聞えたりしかとなたねのおほきさをおはせしをわかたけたちならふまてやしなひ奉りたるわか子
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いとたへかたけ也かくや姫のいはく月の都の人にて父母ありかた時のあひたとてかの国よりまうて
こしかともかく此くににはあまたの年をへぬるになんありけるかのくにの父母のこともおほえす
こゝにはかく久しくあそひ聞えてならひ奉れりいみしからん心ちもせすかなしくのみあるされとを
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給御つかひに竹とり出あひてなく事限なし此事をなけくにひけも白くこしもかゝまり目もたゝれに
けり翁今年は五十はかりなりけれとも物思ひにはかた時になん老に成にけりと見ゆ

御使仰こととて翁にいはくいとこころくるしく物思ふなるはまことにかと仰給ふ竹とりなく\/申
此十五日になん月の都よりかくやひめのむかへにまうてくなるたうとくとはせ給ふ此十五日は人々
給りて月のみやこの人まうてこはとらへさせんと申御使かへり参て翁のありさま申て奏しつる事共
申を聞召ての給ふ一目見給ひし御心にたに忘給はぬに明暮見なれたるかくや姫を

やりていかゝ思へき彼十五日つかさ\/に仰て勅使少将高野のおほくにといふ人をさして六衛のつ
かさあはせて二千人のひとをたけとりか家につかはす家にまかりてついちのうへに千人屋の上に千
人家の人々おほかりけるにあはせてあける隙もなくまもらす此守る人\/も弓矢をたいしておもや
の内には女とも番におりてまもらす女ぬりこめの内にかくや姫をいたかへてをり翁も

ぬりこめの戸さして戸口にをり翁のいはくかはかり守る所に天の人にもまけんやといひて屋の上に
をる人々にいはく露も物空にかけらはふといころし給へまもる人\/のいはくかはかりして守る所
にかはり一たにあらはまついころして外にさらさんと思侍るといふおきな是をきゝて頼もしかりを
り是を聞てかくやひめはさしこめてまもりたゝかふへきしたくみをしたり共あの

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とすあひたゝかはんとす共かの国のひときなはたけき心つかう人もよもあらし翁のいふやう御むか
へにこん人をはなかきつめしてまなこをつかみつふさんさかゝみをとりてかなくりおとさんさかし
りをかき出てこゝらのおほやけ人に見せてはちを見せんとはらたちをるかくや姫

いはくこはたかになの給そ屋のうへにをる人ともの聞にいとまさなしいますかりつる心さしともを
思ひもしらてまかりなんする事の口おしう侍けりなかき契のなかりけれは程なくまかりぬへきなめ
りと思ひかなしく侍也おやたちのかへりみをいさゝかたにつかうまつらてまからん道もやすくもあ
るましきに日比も出ゐてことしはかりのいとまを申つれとさらにゆるされぬによりて

なむかく思ひなけき侍る御心をのみまとはしてさりなん事のかなしくたへかたく侍る也彼都の人は
いとけうらにおいをせすなん思ふ事もなく侍る也さる所へまからんするもいみしく侍らす老おとろ
へ給へるさまをみ奉らさらんこそ恋しからめと云て翁むねいたき事なし給そうるはしき姿したるつ
かひにもさはらしとねたみをりかゝる程に宵打過てねの時はかりに家のあたりひるの

あかさにもすきて光たりもち月のあかさを十合せたるはかりにてある人のけの穴さへ見ゆる程なり
おほそらより人雲に乗ておりきてつちより五尺はかりあかりたる程にたちつらねたりうちとなる人
の心とも物におそはるゝやうにてあひたゝかはん心もなかりけりからうしておもひおこして弓矢を
とりたてんとすれ共手に力もなくなりてなへかかりたる中に心さかしきものねんしていん

とすれ共ほかさまへいきけれはあれもたゝかはて心ちたゝしれにしれて守りあへりたてる人ともは
さうそくのきよらなる事物にも似すとふ車一くしたりらかいさしたりその中にわうとおほしき人家
に宮つこまろまうてこといふにたけく思ひつる宮つこまろも物にゑいたる心ちしてうつふしにふせ
りいはくなんちをさなき人いさゝかなる功徳を翁作りけるによりてなんちかた

すけにとてかた時の程とてくたししをそこらめ年ごろそこらのこかね給ひて身をかへたるかこと成
にたりかくや姫はつみを作り給へりけれはかくいやしきをのれかもとにしはしをはしつるなりつみ
の限はてぬれはかくむかふる翁はなきなけくあたはぬ事也はや返し奉れと云翁答て申かくやひめを
やしなひ奉事廿余年になりぬかた時との給ふにあやしく成侍ぬ又こと所にかくや姫

と申人そをはしますらんと云こゝにおはするかくや姫はおもきやまひをし給へはえ出をはしますま
しと申せは其返事はなくて屋の上にとふ車をよせていさかくや姫きたなき所にいかてか久しくおは
せんと云たてこめたる所の戸すなはちたゝあきにあきぬかうし共も人はなくしてあきぬ女いたきて
ゐたるかくやひめとに出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふきてなきをり竹と

り心まとひてなきふせる所によりてかくやひめいふこゝにも心にもあらてかくまかるにのほらんを
たにみ送り給へといへとも何しにかなしきに見送奉らん我をいかにせよとて捨てはのほり給ふそく
してゐておはせねとなきてふせれは御心まとひぬ文をかきをきてまからん恋しからん折\/取い
てゝ見給へとてうちなきてかくことはは此国に生ぬるとならはなけかせ奉らぬ程まて侍らて過別

ぬる事かへす\/ほいなくこそ覚侍れぬきをくきぬをかたみとみ給へ月の出たらん夜はみをこせた
まへ見すて奉りてまかる空よりも落ぬへきこゝちするとかきをく天人の中にもたせたるはこありあ
まのは衣いれり又あるはふしの薬入りひとりの天人いふつほなる御くすり奉れきたなき所の物きこ
しめしたれは御心ちあしからん物そとてもてよりたれはいさゝかなめ給ひて少かた

みとてぬきをくきぬにつゝまんとすれはある天人つゝませす御そをとり出てきせんとす其時にかく
やひめしはしまてと云きぬきせつる人は心ことに成なりと云物一こといひをくへき事有けりといひ
て文かく天人をそしとこゝろもとなかり給かくや姫物しらぬことなの給ひそとていみしくしつかに
おほやけに御文奉り給ふあはてぬさま也かくあまたの人を給ひてとゝめさせ給へと

ゆるさぬむかへまうてきてとりいてまかりぬれは口おしくかなしき事宮仕つかうまつらす成ぬるも
かくわつらはしき身にて侍れは心えすおほしめされつらめとも心つよく承らすなりにし事なめけな
る物におほしめしとゝめられぬるなん心にとまり侍ぬとて
  今はとてあまのは衣きる折そ君を哀と思ひ出ける
とてつほのくすりそへて頭中しやうよひよせて奉らす中しやう

に天人取てつたふちうしやうとりつれはふとあまのは衣うちきせ奉りつれは翁をいとおしかなしと
おほしつる事もうせぬ此きぬきつる人は物思ひなく成にけれは車に乗て百人はかり天人具してのほ
りぬ其後翁女ちの涙をなかしてまとへとかひなしあのかきをきし文をよみてきかせけれとなにせん
にか命も惜からんたかためにか何事もようもなしとて薬もくはすやかておきもあからて

やみふせり中しやう人々ひきくしてかへり参てかくや姫をえたゝかひとめすなりぬるこま\/と奏
す薬のつほに御文そへてまいらすひろけて御覧していとあはれからせ給ひて物もきこしめさす御あ
そひなともなかりけり大臣上達部をめしていつれの山か天にちかきとゝはせ給にある人そうすする
かの国にあるなる山なんこの都もちかく天もちかく侍るとそうす是をきかせ給て

  あふ事も涙にうかふ我身にはしなぬくすりも何にかはせん
かのたてまつるふしのくすりに又つほくして御使にたまはす勅使には月のいはかさと云人をめして
するかの国にあなる山のいたゝきにもてつくへきよしおほせ給みねにてすへきやうをしへさせ給ふ
御文ふしのくすりのつほならへて火をつけてもやすへきよしおほせ給ふその由承てつは物ともあま
たくしてやまへ

のほりけるよりなん其山をふしの山とは名つけけるそのけふりいまた雲のなかへ立のほるとそいひ
つたへたる

竹取翁物語秘本申請興行之者也

<以上>

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