★日本型経済構造を壊すTPPの先兵を務めるのが日本という絵柄ー(田中良紹氏)

今国会の最大課題であるTPP協定の国会承認が4日の衆議院TPP特別委員会で強行可決された。

野党は山本農水大臣の二度にわたる問題発言を問題視し、

大臣が辞任しない限り審議に応じないとしていたが、

アメリカ大統領選挙前の衆院通過を目指してきた政府・与党は日本維新の会の賛成を得て

予定通り数の力で押し切った。

これまでの審議からは交渉過程の不透明さが際立つだけで協定の中身はよくわからない。

わかるのはアメリカの意向に日本の政府・与党が忠実に従っているという構図だけである。

オバマ政権が残りわずかな期間で米国議会の承認を得やすくするには

日本が国会承認を急いでみせる必要があったからだという。

アメリカ経済諮問委員会は3日、TPPが成立せずに、

中国を中心とするRCEP(アジア地域包括的経済連携)が発効すれば

アメリカは日本市場で中国より不利になるとの報告書を発表した。

これでわかるようにアメリカは中国との経済競争に勝つためにTPPを必要としている。

そのために何でも言うことを聞く安倍政権を利用しようとしているわけである。

80年代から日米経済摩擦を見続けてきたフーテンにはアメリカの思惑もわかるが

日本は利用されるだけで良いのかという気になる。

1985年、冷戦体制を続けてきたアメリカは気がついてみれば世界一の借金国となり、

日本が世界一の金貸し国となった。

日本は自動車と家電製品の輸出で儲け、儲けた金を外国に貸し付け利子収入でまた儲ける。

しかも世界一格差が小さく日本国民は「一億総中流」を満喫していた。

アメリカは日本経済がなぜ強いのかを分析し始める。

そして官僚が司令塔になり自民党と財界が一体となった「癒着の構造」があると非難し始めた。

日本には資本主義とは異なる経済構造がある。それを壊さない限り日本との平等な競争はできない。

アメリカはそう考え、レーガン政権が「構造協議」という仕組みを作った。

日本の経済構造をアメリカと同じに作り替えるため、日米で話し合おうというのである。

それがクリントン政権になると「年次改革要望書」に変わった。

アメリカから毎年「ここを変えろ」と日本政府に指示が来る。

霞ヶ関の官僚にとって「年次改革要望書」に答えることが最大の仕事になった。

その頃の日本は宮沢政権だが、クリントン大統領は冷戦が終わったこともあって

ヨーロッパよりアジアに目を向け、とりわけ中国市場に注目した。

それが米中の「戦略的パートナーシップ」となり、日本は「パッシング(無視)」されたのである。

自動車と家電製品で世界を席巻した日本経済だが、

アメリカはITとデジタル技術によって情報と金融の世界でよみがえる。

その技術をいち早く取り入れた新興国が日本の家電メーカーに打撃を与え、

またアメリカは銀行の国際ルールを変えて日本の銀行の国際進出を抑え、

さらに円高を誘導して日本の輸出を抑え、しかも低金利を命じてきた。

こうして日本の「失われた時代」が始まる。

しかし「一億総中流」を実現した日本の経済構造を中国とロシアが評価する。

トウ小平もゴルバチョフも日本経済を「共産主義の理想」と褒め、

それが「国家資本主義」と呼ばれる統制型の経済構造を作り出すのである。

一方、「年次改革要望書」が日本国民に知られるようになったのは小泉政権の郵政民営化を巡ってであった。

アメリカが郵政民営化を求めたのは、アメリカの保険会社を日本に進出させるためで、

現実に今では全国2万4千カ所の郵便局窓口でアメリカの保険業務を扱うようになった。

郵政民営化を巡って「年次改革要望書」の存在が明らかになると、

アメリカは自民党から民主党に政権交代が起こったのを機にそれをやめる。

当時「我々の最大の仕事がなくなった」とフーテンに言ってきた霞が関官僚もいる。

そしてオバマ政権が目をつけたのがTPPであった。

2006年にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国が結んだ

小規模の経済連携協定に2010年、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが加わって交渉を始めた。

ブッシュ・ジュニア政権が中東で躓いたことから、オバマは中東から手を引きアジアに軸足を置こうとしていた。

台頭する中国に対峙するためオバマ政権は、

かつて日本に施して成功した経済構造の転換を中国に求める戦術を採用する。

属国日本に対しては「構造協議」や「年次改革要望書」という二国間の対話と圧力でうまくいった。

しかし主権意識の強い中国にそれは通用しない。線ではなく面で包囲網を作らなければならない。

目的は中国の「国家資本主義」をアメリカ的な経済構造に転換させることである。

その先兵として日本を位置づける。

それが2010年に民主党の菅直人政権に要求された。

菅総理がTPPを「平成の開国」と言った言葉が象徴している。

アメリカは「日本の開国の度合いはまだ足りない」のでTPPに参加してアメリカの価値観にさらに従い、

次いで中国包囲網を構築して中国を変容させれば日本にも利益があると言うのである。

ペリーの脅しに屈して開国した日本が近代化を進め、

日清戦争を起こして大国に勝った歴史を思い起こさせようとした。

これを長州出身の菅直人総理が受け入れ、

当時は「TPPは日本文化を破壊する」と反対していた安倍自民党も追随する。

そして今や忠実なる先兵の役割を演じている。しかし今年になると世界は一変した。

溜まっていた「反グローバリズム」のエネルギーが世界各地で噴き出す。

中でも激しく吹き出したのは本家本元のアメリカである。

今年のアメリカ大統領選挙を代表するトランプとサンダースの共通項は

反グローバリズムであり反TPPである。その影響でヒラリーまで「TPP見直し」に言及した。

グローバリズムはすでに米国民の心をとらえる政策ではない。

英国では国民投票の結果「EU離脱」が決まったが、

それもアメリカ主導のグローバリズムがもたらした一つの帰結である。

さらにアメリカ的価値観に反発するのは中東のイスラム社会だけかと思っていたら、

アジアでもアメリカの同盟国であるフィリピンにドゥテルテ大統領が現れ

「アメリカの指図は受けない」と言い切る。

またカンボジアのフン・セン首相は「トランプが大統領になれば世界は平和になる」とフーテンが書いた

ブログと同じようなことを言った。

世界は激変しつつある。

特にアメリカが冷戦後にIT技術を駆使して始めたグローバリズムが曲がり角に来ている。

そしてアメリカ的価値観の対極にあるとしてアメリカが壊そうとした日本型の経済構造が

今では新興国の真似すべき対象となり、

にもかかわらず日本がその経済構造を壊すTPPの先兵を務めるのは奇妙な絵柄である。

こうした時代の政治家は近視眼にならず、

冷戦後の世界をもう一度俯瞰で眺める視点を持つべきだとつくづく思う。

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