【訳者あとがき】 IWG『用語ガイドライン』関連の抄訳作業を終えて②終


■抄訳作業について

『用語ガイドライン』本体は114頁もある大作だが、日本での現在の関心事は『児童ポルノ[法]』規制なので、日本の表現規制の問題に一石を投じる最新の知見となることを期待して、自らの学習の意味も含めて、これに関するF章の最初の3節4項まで、計8ページ(pp.35-43)を抄訳した。

正味、この『用語ガイドライン』の計5項目に加え、ICPOの最新のプレスリリース、最新のFAQ、現在の「適切な用語」ページの3項目を入れて計8本の抄訳を終えたことになる。おかげで、この『用語ガイドライン』策定に至るまでの経緯、内容を理解でき、その背景にある意図が見えてきた。

○抄訳内容とまとめ
[F.1-3 児童ポルノ(p.35~38)]
http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150525710596

[F.4.i-iv 関連する用語(p.38~43)]

F.4.i 児童性虐待記録物/児童性搾取記録物
http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150627479756/
F.4.ii デジタル生成による児童性虐待記録物 http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150719435246
F.4.iii 性対象化された児童の影像/着エロ http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150762943236
F.4.iv 自作性的コンテンツ/記録物 http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150766150301

[その他、ICPOのプレスリリース、FAQ等]

ICPOサイト:"Appropriate Terminology"のページ http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150669074021
ICPOサイト:インターネット犯罪FAQ(2016.01公開) http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150673140706/

ICPOサイト:プレスリリース(2016.06公開)
http://tkatsumi06j.tumblr.com/post/150436225671/

それと同時に、『用語ガイドライン』そのものの「品質」についての疑問も芽生えた。ただし、一つの章のごく一部(といっても3/4以上は網羅しているが)についてしか作業していないので、客観的に見てこれだけで全体の質を疑うのはフェアではないかもしれない。

F章は"Child Pornography (児童ポルノ)“の章で、IWG事務局であるECPATの専門分野を扱っている。こうした国際協力文書は、各章或いは幾つかの章を参画団体で分けて担当するので、このF章を児童ポルノの撲滅を目指すECPATがほぼ単独で請け負ったということは想像に難くない。抄訳したF.1~4のiv項までの8頁間には、参画組織・個人のセーブ・ザ・チルドレン、ICPO、Europol、INHOPE、国連人権理事会、児童売買・児童売春及び児童ポルノに関する特別報告者、欧州評議会の正規ドキュメントがそれぞれまんべんなく参照されていたが、ECPATそのもののペーパーも参照されている。(抄訳した)F章を通じて、その配分はまんべんなく行われているのだが、ECPATそれ自体の資料の参照が2回あった。その2回は「コンピュータ・デジタル生成による児童虐待生成物」を取り扱うF.4.ii項に集中していた。

■内容の評価

こうした合同ペーパーにおいて、外部ではなく自社制作のペーパーをアピールすることは珍しいことではない。とくに"得意分野"となれば、その分自社ペーパーの参照を増やし、参画団体もそのことには納得するだろう。こうして合意があれば、自社ペーパーを合同の制作物に効果的に紛れ込ませることができる。

実際、合同ペーパーは、いかに自社ペーパーを入れ込むことができるかを競い合う場であると言ってもいい。時にはそれは合意に基づいて割り振りされ、時には力業で決められてしまう。が、今回の合同ペーパーでは、そうそうたる団体・組織・個人が参画しているので、事務局のECPATが、いかに専門性に富み、また巨大なNGOであっても、一方的な暴走が許される訳でもない。なので、そこは参画団体の「合意」が成り立っているとみるのが妥当だろう。

だがそこを割り引いても、このF章、とくに4ii以降の「関連する用語 "Related terms"」の項の内容は、良くて不完全、悪くて杜撰としか形容できない。参照文献の中でまともな書籍というのは2つくらいで、後は同じIWGグループ内のメンバーのペーパーや報道記事、辞典等からの引用。まともなリサーチペーパーを構成する内容としては、適切な質の文献を集めたものとは評価し難い。他の引用はといえば、ECPATの考えが多分に入った観察でしかない。したがって、そこから導き出される結論の信頼性には限界がある。そう評価せざるを得ない。

■ICPOの評価と影響

救いなのは、章立て上、この「関連する用語」はF.4項のサブセクションでしかないということだ。そしてICPOサイトの"Appropriate terminology (適切な用語)"の『推奨される用語 (Recommended terminology)』を抄訳したかぎりでは、ICPOがこのF.4.項から“採用”したと思われる表現は以下の4つのみで、「関連する用語」セクションからは最初の2つだけだ(いずれも△の適正評価)。あとの2つは、確認した限りではF章の手前の章の前後からの採用(E章、I章のようだ(いずれも○の適正評価)。

・△Child sexual abuse material (児童性虐待記録物)
・△Child sexual exploitation material (児童性搾取)
・○sexual exploitation of children in the context of travel and tourism(旅行及び観光の文脈における児童の性搾取)
・○exploitation of children in/for prostitution (買春行為における(による)児童の搾取)

つまりICPOは、『ガイドライン』を推奨するとは表明していても、そのうち公式に採用を表明したのは全体のごく一部でしかない。『ガイドライン』のp.105には、同書で評価した用語が一覧されているが、ざっと数えて70個ある用語のうち(その内○評価は29個、△評価は36個)
ICPOが公式に「推奨する用語」と表明したのは4個。それ以外にさしたる表明は行っていないのだから、微々たるものだろう。

ただし、ICPOの表明の以下の(【】)部分には注意が必要だ。ICPOが公式に推奨するのは上の4つの用語だとしても、結局はガイドラインそのものを、警察機構や国会議員、報道機関にも推奨してゆくというのだから。

「警察機構がみな「同じ言葉」で子どもの性的搾取に対する闘いに臨めるよう、当機構は、これらガイドラインをベストプラクティスとして援用し、【190ある加盟国の警察機構で運用されるよう】推奨してゆく」
To ensure that police are 'speaking the same language’ in the fight against child sexual exploitation, the Organization will implement these guidelines as best practice and 【recommend their use to law enforcement across its 190 member countries.】
「『ガイドライン』は、世界中の児童保護機関や保護団体、並びに【国会議員や報道機関に配布される】。その狙いは、関係諸機関、セクター及び国家間におけるデータ収集及び協力体制を強化することにある。」
【The Guidelines are being made available to all major child protection agencies and organizations around the world, as well as to law-makers and the media. 】They aim to build consensus on key concepts in order to strengthen data collection and cooperation across agencies, sectors and countries.

■さいごに

ICPOは何を評価したのか。その内容はどうだったのか。今後どんな影響が起こり得るのか。今回、8本もの抄訳を行った目的は、翻訳という精読作業を通じて「児童ポルノ」や表現規制の問題の一角をなす用語・用法・定義の問題がどういうものなのであるかその実態を把握し、知識として蓄積することにあった。その目標は達したが、達したことで新たに懸念が生まれた。

ICPOが評価したのは、『ガイドライン』のごく一部だった。そのごく一部のさらにごく一部を、抄訳という作業を通じて通じて精読・検証したが、とても必要な知見がすべて集約された上で行われた議論という評価はできない内容だった。少なくとも自分で抄訳したそのごく一部には、多分に事務局であるECPATの意思の介在が感じられ、それはに客観的な成果物という観点からは違和感を感じざるを得なかった。

定義から適切な用語を抽出するにあたっては、過去の判例とくにgame changer的な判例が重要で、より適切なのに、児童ポルノや表現規制の今後を占うスウェーデン(2012年)やオランダ(2013年)で行われた重要な判決にはまったく触れず、アメリカの判例(2002年)しか扱わないというのは、2014年に始められた総括的議論としては合理性がなく、網羅性に欠ける。『ガイドライン』そのものの価値を否定するようなものだ。だが、『ガイドライン』を全文検索したかぎり、"supreme court"で該当したのは2002年のアメリカの判例のみ、"court"で検索しても、ヒットしたのは欧州人権裁判所、国際刑事裁判所、アメリカ人権裁判所における既存の「定義」とそれら裁判所における幾つかの旧い判例のみ(1985年の対オランダ政府訴訟、2009年の対メキシコ政府訴訟)で、欧州各国の直近の判例、とりわけスウェーデン(2011年)やオランダ(2012年)の最高裁判決の「判例」は一切記載がなかった。

国際司法共助機構であるICPOが推奨したもので、世界18の主要関係機関が参画したプロジェクトの産物であっても、『ガイドライン』の取扱いには十分な注意が必要である。問題は単に用語の適正性ではなく、用語に内包される定義の法理的正当性の問題だからだ。その定義に関する適切な議論が行われたという論証なしに、この『ガイドライン』は70もの推奨用語を定め、それを国際社会に推奨している。各国でこの『ガイドライン』の使用を検討する各機関は、全文を翻訳・精読の上、疑問点をIWGの事務局であるECPATと解消し、納得した上でその運用を検討すべきだろう。

以上















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