★日銀新政策スキームが抱える重大な矛盾ー(植草一秀氏)

9月20-21日の日程で、日米両国が金融政策決定会合を開いた。

米国では利上げ第2弾を実施するのかどうか、

日本では金融緩和政策の「総括的検証」結果が示されることから注目が集まっていた。

結果は、米国は利上げの見送り、日本は新たな金融政策対応スキーム提示ということになった。

日米両国の金融政策決定の意味と今後への影響については、

『金利・為替・株価特報』

http://www.uekusa-tri.co.jp/report/index.html

2016年9月26日号

に詳述するので、関心のある方は、こちらをご高覧賜りたいが、

これからの世界経済金融情勢を洞察する上で、極めて重要な会合になったと判断できる。

すでに『金利・為替・株価特報』

では、9月12日号に、FRBの9月FOMCでの利上げ見送りの予測を記述していた。

FRB内部に利上げ論が根強く存在し、利上げ決定を見込む見通しも多かったが、

上記レポートでは、利上げ先送りの可能性が高いと記述した。

そして、私の見解として、利上げは見送るべきであるとの判断も示した。

「予測」と「こうすべきだ」という見解は分ける必要があるが、

今回の米国政策判断については、利上げを見送ると予測すると同時に、

利上げを見送るべきであるとの見解を示したのである。

米国では12月利上げ実施の可能性が色濃く残存することになったが、

基本的に適正な判断が示されたものと評価できる。


日本の政策は極めて変則的なものである。

日銀の行き詰まりと焦燥感を反映した政策決定になった。

日経平均株価は前日比315円高で取引を終了し、

とりあえずは地上が日銀政策決定を好感しているが、手放しの楽観はできない。

日銀はいずれ迎えることになる困難な局面に対する警戒感、

あるいは恐怖感と表現した方が適切であるかも知れないが、これに対応した。

しかし、その方法が極めて変則的なもので、金融政策運営の

ディシプリン

を歪める側面を多分に有する。

目先はその弊害が目立って表面化しないかも知れないが、

いずれ「歪み」は全体に深刻な影響を与えることになるだろう。

日本のインフレ率はマイナスに転じている。

インフレ率がマイナスであることを

「デフレ」

と呼ぶから、日本はデフレに回帰した。

日銀も素直に

「残念ながらデフレに回帰してしまった」

と言うしかないと思われるが、いまの日銀はそうは言わない。


「『物価が持続的に下落する』という意味でのデフレではなくなっている」

と言うが、デフレとインフレは対立概念であり、

物価が上昇するのが インフレ

物価が下落するのが デフレ

であって、

「持続的に」

という部分に意味はない。

「持続的に」

というのがどの程度の期間を指すのか、まったく分からない。

1ヵ月なのか、3ヵ月なのか、半年なのか、あるいは、1年、3年なのか。

苦し紛れの言い逃れにすぎない。

黒田日銀は2013年3月に、2年以内に消費者物価上昇率を前年比2%にまで引き上げることを宣言した。

岩田規久男副総裁は、実現できなけれ、辞職するのが責任の示し方だと国会で述べた。

その消費者物価上昇率が2016年7月時点で、前年同月比マイナス0.7%なのだ。

「デフレに回帰した」

というのが客観的事実である。

黒田氏や安倍晋三氏が

「もはやデフレではない」と言える状況になったと得意げに話していたが、現状は、

「「もはやデフレではない」ではない」

である。

本年1月に突然、マイナス金利導入を決めたが、為替は円高に振れ、株価は急落した。

本年7月末には、追加金融緩和を決定したが、長期金利が跳ね上がってしまった。

そんなこんなで、進退窮まっている日本銀行が、

新しい金融政策スキームを提示したのだが、かなり大きな矛盾を内包している。


そもそも、安倍政権も黒田日銀も、

「インフレが良い」

者であるかのような言動が目立つが、この判断自体が間違っている。

ものごとには表と裏、陰と陽がある。

誰かにとってインフレは良いものであっても、別の誰かにとってインフレは悪いものなのだ。

インフレは善



デフレは悪

と決めつけるところに、そもそもの間違いがある。


インフレを喜ぶのは企業と政府だ。

理由はインフレが賃金コストを引下げ、実質債務残高を減少させるからだ。

企業が支払う賃金は、インフレが進行すれば、企業にとっての実質負担が減る。

また、借金の重みは、インフレが進行すると軽くなる。

例えば、日本の国を考えたときに、よく借金が1000兆円もあって大変だという話が伝えられる。

どれくらい大変なのか、実感がなかなか沸かないが、想像もできないくらい、多額の借金であることは分かる。

他方、国の税収は年間50兆円程度である。

50兆円の税収で1000兆円の借金。

税収20年分だ。

この現状を出発点にして、激しいインフレが起きたときのことを考える。

極端だが、物価が10倍になったとしよう。

そうすると、税収も恐らく10倍くらいになるだろう。

税収が500兆円になる。

そうなると、借金の重みは、年間税収の2倍になってしまう。

借金が帳消しになってしまう。


つまり、インフレは、賃金を支払う側の企業、

そして、巨額の借金を抱えている企業や政府にとって、まさに魔法の杖、打ち出の小槌なのだ。

しかし、これを裏側から見るとどうなるか。

賃金で暮らす労働者、年金で暮らす高齢者にとって、インフレは悪魔のような存在だ。

労働者が手にする賃金はインフレが進行すると価値が減る。

同じお金で変えるモノやサービスが減ってしまう。

これを「実質賃金の減少」と言う。

年金生活者の年金もまったく同じ。

インフレ分だけ年金の価値が目減りする。


借金の重みがインフレで軽くなると記述したが、

これを預金の側から見ると、預金の価値もインフレ分だけ減ってしまう。

物価が10倍に跳ね上がったら、虎の子の預金の価値は10分の1になってしまう。

安倍政権と黒田日銀は

「インフレ誘導」

の旗を掲げて、

「インフレは善」

であるとして政策を進めたが、2014年にかけてインフレ率が小幅上昇したときには

労働者の実質賃金が減り続けた。

最近になって、実質賃金の伸び率がプラスになって、安倍首相が

「実質賃金の伸びがプラスになった」

などと自画自賛するが、実質賃金の伸び率がプラスになった理由は、

インフレ率がマイナスになったことなのだ。

つまり、

「インフレ誘導」に失敗して、「デフレに回帰」したために、実質賃金の伸びがプラスになったのである。


「インフレ誘導」など、労働者と年金生活者、

すなわち、一般市民、国民、生活者、主権者にとって、百害あって一利なしなのである。

また、ゼロ金利の状況が生じてしまうと、金融政策によって経済状況を変えるのは基本的に困難になる。

金融政策以外の方法で経済を改善させる手を打つことが必要なのだ。

実際、金融政策が効果を発揮しないことは、過去3年半の現実がはっきりと事実によって証明している。

しかし、黒田日銀は暴走し、いまでは、毎年80兆円の国債を買い入れるという策まで実行している。

国が発行する国債が年間40兆円しかないときに、年間80兆円も国債を買っている。

これは、実質的な国債全額日銀引受けよりも極端なものだ。

日銀保有の国債は300兆円に達しているが、そのほぼ全額が、

「最高値づかみ」

である。

今後、国債価格が下落すると、日銀が巨大損失に直面する。

「日銀の破綻」

が表面化するのである。


進退窮まった日銀。

窮余の一策として、変則的な政策スキームを打ち出した。

短期的には好反応が観察されるかも知れないが、長期では巨大な矛盾を孕む。

矛盾がいつ表面化するか。

この点を見極めてゆかねばならない。

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