★民進党に見るべきものがなくなり自民党内権力闘争がその分注目されるー(田中良紹氏)

8月8日、天皇はビデオメッセージで

「常に国民に寄り添い国民の安寧と幸せを祈る象徴天皇制の安定的な継続を願い、

そのために生前退位する」考えを国民に示された。

お言葉から退位の時期を平成30年と考えていることが読み取れる。

その平成30年に安倍総理は2期6年という自民党総裁の任期を全うする。

しかしこちらは任期をその先にまで延長することを望んでおり、

そのためかつて総裁任期延長を実現しようと画策した中曽根元総理を真似て

衆参ダブル選挙に強いこだわりを見せていた。

しかし中曽根時代の自民党と現在の自民党には天と地ほどの差がある。

かつての自民党は単独で政権担当できるだけの国民の支持を有していたが、

現在の自民党にそれだけの力はない。

メディアが「一強他弱」と表現するので勘違いする人もいるが、

自民党はもはや「一強」ではない。

公明党の選挙協力がなければ衆議院選挙で過半数を維持することは難しく、

政権を明け渡さざるを得なくなる。つまり「一強」は自公合わせての話である。

その公明党にとって最も重要なのは東京都議会選挙で、

次に大事なのが参議院選挙である。

この二つの選挙と重なる時期に衆議院選挙を行うことは極力避けたい。

従って安倍総理がやりたかった衆参ダブル選挙は公明党の反対で見送られることになった。

公明党の意向をくむ菅官房長官や二階総務会長は安倍総理に衆参ダブル選挙を断念させるよう動き、

とりわけ二階総務会長は「選挙をやらなくとも自民党の党則を変えて任期延長を可能にする」考えを

表明して安倍総理のこだわりを解きほぐした。

それが参議院選挙後に二階氏を幹事長に起用した安倍総理の最大の理由だろうとフーテンは思う。

総務会長から政界ナンバー2の幹事長の座に上り詰めた二階氏の念頭にあるのは

かつて「政界のドン」と呼ばれた金丸信氏である。

幹事長就任後すぐに金丸氏の墓参りをしたことからもそれが伺える。

総務会長から幹事長に上り詰めたころの金丸氏は田中角栄氏からも中曽根康弘氏からも一目置かれ、

政治的な勘の冴えは霞が関も野党も信頼を寄せる存在だった。

茫洋とした風貌で「アバウト」な人物と思われたが、フーテンの知る金丸氏は極めて頭脳明晰であった。

新進気鋭の政治学者だった東京大学の佐々木毅教授は

その政治術を「アートを見るよう」と評し、

また大平総理の政治指南役を務め「自民党戦国史」を書いた伊藤昌哉氏は

「あいつの政治勘は凄い!君、金丸のキンタマを握れ!」とフーテンに言った。

その金丸氏は大の中曽根嫌いで知られていた。

ところが田中角栄氏が中曽根政権を望んでいることを知ると、

派内の反中曽根勢力を説得し、中曽根内閣誕生に力を貸す。

次に中曽根再選阻止で自民党と野党の大半が結束した「二階堂擁立劇」では、

そこでも田中の指示通り中曽根再選で動くが、

再選に成功すると金丸氏は田中氏や中曽根氏と肩を並べる存在になった。

金丸氏が目指したのはロッキード事件で田中角栄氏の政治力が逆に強まり、

「田中支配」が政界の「世代交代」を停滞させていた現状を打破することである。

田中が望む中曽根再選に賛成しながら中曽根の力で田中の力を削ぎ、

中曽根に貸しを作ることで中曽根の首に鈴をつける。

田中と中曽根という稀代の政治家を相手に互角以上の知恵で渡り合った。

田中角栄氏が病に倒れると、政局は中曽根対金丸の構図になる。

中曽根総理が自民党総裁任期を延長して3期目を認めさせるため衆参ダブル選挙を断行したとき、

選挙を指揮したのは金丸幹事長である。

選挙結果は自民党の圧勝で、中曽根3選は実現すると思われた。

ところが「3選」の声が上がる寸前、金丸氏は「世代交代のため」と言って幹事長を突然辞任する。

選挙に勝利した幹事長が「世代交代」を言って辞めれば中曽根総理は「3選」を言い出せなくなる。

金丸氏は若手議員にも反対の声を上げさせ、中曽根氏には特別に1年限りの任期延長が認められた。

そして金丸氏は盟友である竹下氏を次期幹事長に押し込むことに成功するのである。

こうして1年後に竹下総理誕生の布石が打たれた。

フーテンは直近で金丸氏の政治術を見続けた。

ここでいちいち紹介することができないほど多くの場面で政治の極意を見る経験をした。

様々なベクトルの力の流れを読み取り、その力に逆らうことなく、しかし流れの向きを自分の考える方向に導く。

決して力で流れを捻じ曲げようとはしない。それが金丸政治であった。

自民党は20日に総裁任期の延長問題を話し合う「党・政治制度改革実行本部」の役員会を開いた。

そして総裁任期を現状の「1期3年2期まで」から、「3期連続9年まで」とする案と「無期限」にする案の

2つを軸に調整を進め、年内にも意見集約を図ることになった。

もとより日本の総理任期は短すぎるとしばしば指摘される。

アメリカ大統領は1期4年で2期まで、イギリス首相は1期5年で選挙に勝ち続ける限り継続できる。

フランス大統領やドイツの首相も1期5年で2期まで勤められる。

しかしかつて政権交代がなかった日本では万年与党の自民党の党内事情で総理の任期は決められた。

佐藤栄作長期政権のあと「三角大福中」と言われる群雄割拠の戦国時代には

1期2年で総理を交代させないと党内に不満がくすぶることから、

「歌手1年総理2年の使い捨て」と言われる時代が続いた。

それを中曽根元総理は3期目まで6年に延長しようとし、「世代交代」を主張する金丸氏に阻止された。

中曽根氏に匹敵する選挙大勝を成し遂げた小泉総理はしかし続投を求めず、

その代わり党則が「1期3年2期まで」に変更される。

それを安倍総理は何としても変更したいのである。目的は東京オリンピックを総理として迎えたい。

そしてあわよくば佐藤栄作、桂太郎を抜き在任期間最長を目指したいのである。

しかし安倍総理が掲げたアベノミクスは3年目にして失敗の烙印を押されており、

安倍総理を総理候補に押し上げた拉致問題も解決の目途は立たない。

北方領土をめぐる日ロの平和条約交渉も紆余曲折が予想され、

東京オリンピックに対する期待の足元には小池東京都知事が進める都政改革が待ち受ける。

それでも長期政権を意識するのは万年野党に変貌しつつある民進党の体たらくと、

世代交代を意識させる自民党内の人材が育っていない事情がある。

そして民進党の代表選結果を見れば、もはや敵として身構える必要もなくなったと思う。

やるべきことは小池東京都知事を敵に回すことなく東京オリンピックを成功させることであり、

次の選挙で野党共闘が成り立たないようくさびを打ち込むことである。

自民党にとって怖いのは野党共闘が全面的に成立することだけである。

フーテンは、この10年間は与野党の競い合いを軸に政治を見ることが多かったが、

あの民進党の代表選挙を見て以来、万年与党時代の自民党の権力闘争が政治の行方を決めてきたように、

これからしばらくは安倍総理とその周辺の権力闘争によってしか政治は動かないと思うようになった。

その意味で総裁任期延長問題を二階幹事長がどのように取り扱うかが当面の注目点である。

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