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溝落 · @_UPcut

28th Jul 2016 from TwitLonger

#セーラー服と携帯獣 新米リーダー佐知子ちゃんを見守る和音ちゃん



「よーし、わかった、それじゃあ交渉しよう。生徒会特権だ」

 嫌だ、嫌です、絶対嫌、出来る出来ないとかじゃなくて、やりたくないです、お断りします――固辞に固辞を重ねる引きこもり女子に、その人は諦めるどころか、整った顔を楽しそうにゆがめて、にやりと笑った。引きこもりは体を引いて眉を寄せて、精一杯に固い意志を示していたのに、黙って次の言葉を待った。そういうところは付け込まれやすい。事実、今、付け込まれようとしている。
 その人は笑みを崩さない。引きこもりの命運はきっと、はじめから決まっていた。

 ――

「おつかれさま、ジムリーダー」
「それ、やめなさい。和音」
 図書室の隅にあるバトル用ブースから出てきた引きこもり、もとい佐知子は、酷く疲れた顔をしながら、それでも私をじろりとにらみつけた。ぱちぱちと呑気に拍手などされるのが本当に苦痛なようだ。私が拍手をやめて、両の手のひらを広げて軽率に笑いかけてみると、佐知子は特大の溜め息とともに手近な椅子に沈みこんだ。図書室の椅子は、いつも快適な読書時間を提供してくれて、ついでにちょっとの眠気を誘ってくれる。今は本日二度目のバトルを乗り越えた、新米ジムリーダーの疲れを労わるために使われているけれど。
 私よりもずっと身長が高いはずなのに、今の佐知子はずいぶん小さく見えた。
「あの先輩、強かったんだ?」
「炎タイプで揃えられて勝てるわけないじゃない」
「満身創痍に見えたけどなぁ」
「そりゃまあ、この子たちだって、ただ負けるのは嫌いだし」
 佐知子は腰に巻いたボールホルダーを外して、「そうだった、ごめん」と呟いた。深く腰掛けた椅子から立ち上がって、受付に歩いていく。カウンターに座る雪恵に声をかけて、雪恵が覗き込んでいたパソコンを操作する。ピーピロピッ、と独特な音が聞こえたから、転送システムを呼びだしたんだろう。ホルダーからボールを外して転送台に置く手つきはさすがに丁寧だ。トロピウス、フシギバナ、ユキノオー……苦手なタイプとのバトルを終えたばかりのパートナー達を、佐知子はボール越しにひと撫でしてから転送した。
 送り先は学内ボックスか自宅のパソコンだろう。学内はブース外でバトルさえしなければ連れ歩きが許されているとはいえ、佐知子のパートナーは皆こぞって大きい。学校で授業を受けている間、佐知子はモンスターを自宅に置いておくか、ボックスに預けていた。
「佐知子、このあとどうする? また地下に戻る?」
「今日は帰る」
「そっか。おつかれ」
 本の虫が珍しいこともあるものだ、と思ったけれど、ここ最近の佐知子はずっと帰りが早い。1学期は下校時間ぎりぎりまで図書室のどこかで分厚い本を開いていたし、夏休みだって図書室が開放されている期間はほぼ毎日通っていた。
 暇さえあれば本を開いて、暇がなくても本を開く時間は作って、とにかく知識を増やして世界を広げることばっかりしていたのに。それが好きで好きで楽しくて仕方のない子だったのに、このところの佐知子はすぐに帰ってしまう。
 まあたまには早く帰ってしっかり寝てほしいよねぇなんて呑気に言っていられたのも、はじめの3日のことだった。学内リーグなんて行事が開催されて、挑戦する生徒は楽しいだろうけど、受けて立つ生徒のほうは堪ったものじゃない。放課後は佐知子にとって至福の読書時間だったのに、その時間を削られてバトルに引きずり出されている。さすがに気の毒になってきたね、って、るりと顔を見合わせたのが、4日目の昨日だった。
 ほとんど図書館に棲みついてて、それも地下に籠ってるせいで幽霊と間違われて、そのせいでジムリーダーに任命されてしまった佐知子。生徒会特権とやらもほとんど行使できていない。仮眠室もシャワールームも自由に使えるはずなのに、図書の貸出上限冊数も制限されなくなったのに、これじゃあただの優秀な帰宅部だ。
 なんとかしてあげたいんだけどなぁ、と思う。でも何をしてあげられるのか。私はリーダーでもなんでもないし、図書委員でもない。生徒会には所属しているけど、あの会長に直談判したところで対策を立ててもらえるとは思えない。学校側にとっては、学内リーグへの挑戦権を得るために各施設のリーダーとバトルして認めさせるって制度が盛り上がってるのは、喜ぶべきことだから。
 でも、これじゃあ佐知子ばっかりが損をする。会長に押されて頷いてしまったのは佐知子だけど、それでも、なぁ。
 荷物をまとめて帰っていく佐知子を、雪恵と一緒に見送った。賑やかな足音がふたつ、廊下から響いてきたのは、そのすぐあとのことだった。
「ひめー! 負けてきたよー!」
「図書館では静かに、めぐる」
「あっごめんなさい、ごめんなさい、ヌオーさんのしっぽが光って見えるのはそれアイアンテールでしょごめんなさい怖い!」
「まったく。佐知子なら帰ったよ、バトルしすぎて疲れたって」
 そっかぁ、と、めぐるは肩を落とした。お目当ての人がいなくて残念な気持ちはわかるけど、傍らのゴマゾウともども砂だらけなのは見過ごせない。受付のカウンターで雪恵が困った顔をしているのは、あとで掃除しなきゃいけないのは自分なのかと悩んでいるからだろう。大丈夫、そんなのは本人にやらせなさい。ゴマゾウ出したままだと余計に汚しそうだから、めぐる一人で床も机も磨かせよう。
 もし人間もトレーナーに懐いて進化する生き物だったら、めぐるはとっくに佐知子のせいで姿を変えているだろう。それくらい佐知子が好きで好きで仕方ないめぐるは、それなのに佐知子が一番嫌がる『本を汚す』ことに対して無頓着だ。いや、もしかすると本人は気を付けているつもりかもしれないけど、努力が追いついていない。
 だからあんた、図書室に来るとあの子に嫌な顔されんのよ。これはいつか言ってやろうと思う。本当に嫌われてはいないあたり、佐知子と仲良くなりたいって気持ちは届いているみたいだけど。
「佐知子の代わりに聞いてあげる。どこで負けてきたって?」
「放送室! 本多先輩にコテンパンにされてきた」
「え? あの人リーダーじゃないでしょ」
 放送室といえば放送委員会の根城だ。リーダーは委員の一人で、本多先輩じゃない。あの人は学園祭実行委員会に所属しているから、リーダーを務めるとしたら、そっちで任命されるだろう。ていうかなんで放送室にいるんだ、本多先輩。
 とりあえず一つめだけ投げた私の疑問に、めぐるは素直に頷いた。
「うん、違うよ。他の先輩と2人で一緒にいるところに押し掛けて、ここのリーダーさんに挑戦させてくださいって言ったら、まず自分から倒せーって言われたんだよ。なんか顔赤くてテンション高かった」
「……どういう状況だったかは突っ込まないけど、あんたの度胸にはたまに本気で感心する。それで、そのまま負けて帰ってきたんだ」
「ここのリーダーに挑戦するにはまだ早いな! 強くなって出直してくるがいい! って高笑いされた」
「ああ、そう……」
 なかなか良いバトルだったのか、めぐるは負けてきたのにやたら爽やかだ。対照的に私は戦ったわけでもないのに疲れてきた。リーダーでもない人と戦って追い返されて、どうしてご機嫌なんだか。そんなにバトルが好きか。バトルさえできればいいのか。……うん、好きだ。この学校の生徒はみんな、もちろん例外はあるだろうけど、だいたいみんな、バトルが好きだ。パートナーと一緒に競い合って、強い相手と戦って、自分たちの可能性を伸ばすのが、好きだ。めぐるだって同じ。私だって同じ。たとえお目当ての相手とバトルできなくたって、そこで心震わすバトルができたなら、これはこれで良かったって、思ってしまう……。
「……あ、そっか」
「?」
「そうすればいいんだ。そんなの、全校でやればいい……」
「どうしたの? 何か思い付いたの」
「うん、結構楽しいこと。めぐるにもお願いしたいかな」
 私にできることなら喜んで、と頷いためぐるの言質を取ったところで、私の頭の中にはすっかり思い付いた企画案が形になっていた。
 さて、あとはどうやって、あの会長から認可を貰おう。無許可でやったって、そりゃあ構わないけど、せっかくなら学校全体を巻き込んでやりたいじゃないか。




・・
・・・

「図書室へようこそ。……え? 挑戦者、ですか? ごめんなさい、利用者かと……でも、はい。それじゃあ、さっそく始めましょうか?」

 意気込んできた生徒を連れて、雪恵がバトル用ブースに入っていく。その背中を、自習スペースからめぐる、その隣でるりがそわそわしながら見送った。雪恵が負けたら次はめぐるの番で、その次がるりだ。ふたりが負けたら夏夜乃先輩。最後に私を倒せたら、ようやく佐知子のところへ辿り着く。
 リーグに挑戦するためにリーダーに挑戦する、その道中に何人かの生徒が立ちはだかる。私が提唱した企画は、会長をおおいに喜ばせた。すぐ導入しよう、とりあえずやってみよう、図書室で試してから全校で取り入れよう。おだんごを揺らしながら、会長が次に言ったのは、じゃあやっといて、だった。
 面倒くさいシステムだと不満を漏らす声は、今のところ聞こえていない。思った通りだ。学内リーグに挑戦しようなんて思い立つ生徒はみんな、結局バトルが好きなだけなのだ。腕の立つトレーナーと手合わせして自分たちを高めたい、そんな一心でチャンピオンの生徒会長に挑もうとするのだから。
 地下に続く階段の前に立って、あの子のことを考えた。このジムトレーナー制度、むしろ好評だという話を聞いて、もっと早く思い付いていればよかったと思った。きっと個人単位ではよくあることだったんだろう。でも図書室では誰も思いつかなかったから、あの子はいたずらに疲労を溜め込んだ。べつに、誰が悪いってわけじゃ、ないけど。
 あの子ひとりがつらくなる行事よりも、たまにあの子がぶつぶつ言いながら引っ張りだされて、他のみんなが喜ぶような制度のほうが、ずっといいに決まってる。

 夏夜乃先輩がブースから出る。私を振り返るとにっこり笑った。次、よろしくね。頷き返して、私も続いてブースへ向かった。ホルダーにセットしたボールの中で、パートナーは絶好調だ。
 ……リーダーとか、名乗るの恥ずかしかったから、ありがたいわ。そんなふうに言ってそっぽを向いた横顔が見られただけで、私はすべて報われてしまったのだから、現金なものだと思う。

「こんにちは。あなた、あの子に会いに来たの? 残念だけど、今は調べ物で忙しいみたい。まあ、あの子はいつも忙しそうだけど。……それに、急がしくなくたって、私がここを通さないけどね?」


 

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