★ロッキード事件の真相を闇に葬るためのNHKドキュメンタリーー(田中良紹氏)

40年前の7月27日午前6時、フーテンは東京地検の玄関前で

ロッキード事件で逮捕される政治家を待ち受けていた。

前夜、夜回り先の川島興特捜部長がいつもとは異なる行動を見せたことが政治家逮捕を予感させ、

TBSは早朝から検察庁の建物を見張っていた。

午前5時、見張り役から検察幹部が出勤してきたと連絡があり、

フーテンはすぐに宿泊していた赤坂のホテルから東京地検に向かった。

玄関先には数社の記者しかいなかったが、混乱を避けるロープが張られるのを見て、

政治家逮捕の予感は確信に変わった。

午前7時半、夏の日差しが強くなりかけたころ黒塗りの車が地検の玄関先に滑り込み、

右手を挙げて降りてきたのは予想もしない田中角栄前総理大臣であった。

TBSはすぐに放送を差し替え、田中逮捕の報道特別番組に切り替えた。

その時NHKの司法担当記者は現場にいなかった。

泊まり勤務の警視庁担当記者が警視総監を探して確認を取ろうとしたが、

警視総監も検察の田中逮捕を知らされていなかった。

確認に手間取ったNHKが特番を組んだのはTBSより1時間以上も遅れてからだ。

関係者にはよく知られた話である。

ところが23日に放送されたNHKスペシャル「ロッキード事件の真実」では、

実録ドラマではあるがNHKの司法担当記者が現場にいて車から降りてくる田中角栄氏を見るシーンがある。

ドラマ仕立てであれば捏造は許されるということだろうか。

翌24日の続編はドキュメンタリー番組だったが、

こちらにも意図的な編集が施され「ロッキード事件の真相」は捻じ曲げられている。

原点とも言うべきアメリカがロッキード事件を暴露した理由についてはほとんど触れず、

アメリカ政府による軍用機P3CとE2Cの売り込み工作が背景にあったことを

「新たな真相」のように見せているが、ここでも田中角栄の名前だけが出てくるように作られている。

アメリカ側がロッキード事件で公表した日本人の秘密資金受領者は児玉誉士夫だが、

E2Cの売り込みでアメリカ証券取引委員会が公表した秘密資金の受領者は

岸信介、福田赳夫、中曽根康弘、松野頼三の4人である。

ところがNHKの番組ではいずれのケースも政治家名は「田中角栄」だけだった。

これを国民の目を「ロッキード事件の真相」から目をそらせる「隠ぺい洗脳工作」と言わずに何と言うべきか。

フーテンは石原慎太郎著『天才』(幻冬舎)について「ロッキード事件の大ウソ」というブログを書いた。

それはアメリカがロッキード事件を暴露した理由を「田中の資源外交がアメリカの虎の尾を踏んだ」

とする田原総一朗の説を採り入れていたからである。

ロッキード事件は日本だけがターゲットになった事件ではない。

世界各地にロッキード社の秘密代理人がいて、

軍需産業ロッキード社が兵器の売り込みのため秘密代理人を通して

各国の政治家に賄賂をばらまいていた実態をアメリカ議会が暴露した事件である。

当時は共和党のフォード政権下だが、

暴露したのは上院の多国籍企業小委員会で民主党のフランク・チャーチが委員長を務めていた。

チャーチはベトナム戦争に反対し、一切の軍事介入を禁止する法案を提出したことで知られる。

ニクソン政権がチリの軍部を支援して社会主義政権を転覆させ、

新自由主義経済を導入させたことにも批判的であった。

ロッキード事件暴露の前年にアメリカはベトナム戦争から撤退した。

建国以来初の敗戦を経験したアメリカにはこれまで信じてきた反共主義に対する疑念が生まれる。

軍需産業ロッキード社の秘密代理人は児玉誉士夫もそうだが、

西ドイツのシュトラウス国防大臣、オランダ女王の夫ベルンハルト公など世界の反共人脈が名を連ねていた。

その不適切な関係を断ち切ろうとしたのがロッキード事件暴露の根底にある。

つまり当時のアメリカはニクソン政権の政策とは逆の方向に進もうとしていた。

NHKの番組が指摘したようにニクソン政権は日本にロッキード社のP3Cとグラマン社のE2Cを買わせ、

アメリカの軍事戦略に日本を従属させようとしていた。

一方、日本国内にはいつまでもアメリカに従属するのではなく自主防衛すべきとの考えがあった。

その筆頭は中曽根康弘氏である。それらの人々は国産の軍用機開発を目指した。

それを潰そうとしたのがロッキード社の賄賂攻勢である。

児玉誉士夫に21億円という巨額の資金が流れたが、

児玉と最も親密な関係にあった政治家は中曽根康弘氏である。同時に同じ人物を秘書にしていた。

NHKの番組はその秘書に取材をしていない。

資料を焼却したという妙な人物の証言を紹介しただけで、

取材対象としているのは検察が児玉ルートを摘発できなかったのは

仕方がなかったという弁解がましいストーリーを作るための道具になる人物ばかりである。

論理的に言えばロッキード社が国産の対潜哨戒機を作らせずにP3Cを買わようとするならば、

国産化を主張する政治家に賄賂攻勢をかけるのが常識である。

しかし番組では中曽根氏が国産化を主張していた部分だけを紹介し、

あとは国産化に反対する大蔵省と後藤田官房副長官が

田中総理同席の下で国産化を白紙化したとの説明に移る。

するといかにも田中が賄賂を貰って国産化を捻じ曲げたという印象になるのだが、

国民の税金を使う以上どちらが安いかを考えるのがフーテンの知る田中という政治家の思考回路である。

田中なら何もなくとも財政負担の小さい方を選んだと思う。

それがアメリカの意向とも沿うのなら尚更のことである。

ところでロッキード社の秘密代理人として名前が公表された人々は刑事訴追されたのであろうか。

児玉誉士夫は脱税で起訴され、田中は逮捕されて有罪判決を受けた。

しかし西ドイツのシュトラウス国防大臣もオランダのベルンハルト公も訴追されたとは聞いていない。

ただベルンハルト公は世界で最も影響力のある政財界人の集まりであるビルダーバーグ会議で

議長を務めていたが、ロッキード事件の発覚で議長を交代した。

その程度である。その他の国々でも捜査機関が動いて摘発された話をフーテンは知らない。

しかし日本だけは国を挙げての大騒ぎとなった。

当時の三木総理が政敵の田中を政治的に抹殺しようとしたからだとフーテンは思う。

総理の強い意向を受けて検察は動いた。

そして中曽根康弘氏は三木内閣を支える幹事長であったため捜査対象から外された。

しかも「文芸春秋」の「田中金脈追及」が国民の耳目を集めていたことから、

アメリカ軍需産業の秘密工作やアメリカの対日従属強化方針が事件の根幹であるにもかかわらず、

そちらに目を向けさせない「政治とカネ」に焦点が当てられ、

全く金にクリーンではない人物が「クリーン三木」を演ずることになった。日本政治の不幸の始まりである。

その不幸な日本政治が安倍政権下でもやもやとした感覚を生み出し、

それが田中角栄という稀代の政治家に目を向けさせている。

その田中を失脚させたロッキード事件に再び光が当てられては困る人たちが、

民間航空機トライスターではなく軍用機の売り込みでも田中に金が流れたことを示し、

それ以外のことを歴史の闇に葬ろうとしている。

NHKはそのお先棒を担がされたと番組を見てフーテンは思った。

どこまで続くぬかるみぞという感じがする。

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