★英国と米国を股にかけた「大衆の反逆」が政治の地殻変動をもたらすー(田中良紹氏)

英国がEU離脱を選択した。

フーテンには米大統領予備選でドナルド・トランプが共和党候補の座を勝ち取ったことに続く驚きである。

政治の地殻変動が起きていたのは米国だけではなかった。

エリートが主導する既成政治に英国でも「大衆の反逆」が起きていたのである。

英国のEU離脱派と米国のトランプ支持者には共通点がある。

まず国外からの移民に職を奪われることを恐れる労働者階級が中心で、

同時に国家の偉大さを復活させることを夢見る排外主義者である。

また富裕層や知識人などのエリートとは対極の大衆そのもので、若者より高齢者が多い。

米大統領候補となるトランプはかねてから英国のEU離脱を支持していたが、

離脱が決まったその日に奇しくも英国スコットランドのゴルフ場を訪れていた。

今回の英国の選択は米大統領選挙の本選でトランプを有利にするとの見方もある。

「大衆の反逆」はいま米国と欧州を股にかけ世界の枠組みを破壊しかねない勢いである。

第一次世界大戦と第二次世界大戦の戦間期に『大衆の反逆』を書いて、

民主主義と資本主義が生み出した「大衆」の存在を分析したのはスペインの哲学者オルテガである。

時代はエリートが主導する社会から「大衆」が主役を務める社会に変わっていた。

オルテガによればエリートとは自分に満足せず努力をする人で、権利より自らに義務を課す人である。

一方「大衆」はみんなと同じであることを好み、義務を果たすより権利を主張したがる。

そこでオルテガは、「現代の特徴は、凡俗な人間が自分が凡俗であることを知りながら、

敢然と凡俗であることの権利を主張し、それをあらゆるところで押し通そうとするところにある」

という名言を残した。

「大衆」が主権者であり誰もそれに勝つことができないのが現代である。

しかしそれだけでよいのか。

オルテガは反対者や少数者と共存する「ヨーロッパ合衆国」を作るところにヨーロッパの未来はあると考えた。

大衆にその道を指し示すのはエリートである。

この時代には他にもリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーが「汎ヨーロッパ主義」を唱え、

それにはヨーロッパの政治家たちが賛同した。それがEU誕生の土台にある。

英国のEU離脱はフランスやオランダなどの離脱派を勢いづけ、

ドミノ現象が起きるのではないかと懸念されている。

EUが崩壊して再び国民国家に戻るという懸念である。

しかしかつてヨーロッパを平定したローマ帝国はヨーロッパに長い平和をもたらした。

ローマ帝国が衰退すると今度は長い戦争の時代が始まり国民国家が生まれる。

やがて膨張した国民国家は帝国主義国となりアジア・アフリカを植民地化する。

さらに帝国主義列強のせめぎあいは世界大戦を招き、

悲惨な殺し合いは膨大な数の戦争被害者を生み出した。

戦争に明け暮れた国民国家を統一し「ヨーロッパ合衆国」ともいうべきEUを作った試みは、

あのローマの平和を復活させるはずだった。

それが再び国民国家に戻ってしまうのでは「歴史への反逆」そのものである。

一方で四半世紀前に冷戦の勝利者として世界を一極支配しようとした米国のグローバリズムも

世界に自国の価値観を押し付ける「帝国主義」のやり方だった。

それが世界各地で反発を生みテロリストを誕生させる。

いま世界に求められているのは「反対者や少数者との共存」の方向を「大衆」に指し示すエリートではないか。

ローマ帝国は属州にした地域に決して自らの価値観を押し付けず、

属州の政治家を元老院に招き入れ、のちには皇帝になった人物もいる。

それが長い平和をヨーロッパにもたらしたやり方だった。

米国に求められているのもローマ帝国を真似た大国の風格である。

今年の大統領選挙がそうした米国を生み出す契機になるとは思えないが、

しかし求められているのは「帝国主義」ではなく「帝国」を目指す政治なのだ。

英国のEU離脱は日本の参議院選挙も直撃する。

これからしばらくは円高と株安が基調になるだろうとエコノミストが推測する中、

円安と株高を実現したことで「アベノミクスは失敗していない」と言い続けた安倍総理は、

明日から何を演説するのだろう。まさか「アベノミクスのエンジンをさらに吹かせる」とは言えまい。

経済政策の根本を見直す必要があるように思う。

とはいえ選挙戦の真っ最中にそんな時間的余裕もないかもしれない。

ここは選挙に力を尽くすより、不透明になった世界情勢を分析し直し、

円高と株安に備えた対応をしっかり作ることを優先させるべきだと思う。

本音を言えば閣僚は選挙なんかやっている場合ではないのである。

トランプ現象と英国のEU離脱という2つの驚きは、

フーテンにつくづく世界政治の地殻変動を感じさせてくれた。

そうした中でこの国だけは「一強他弱」が当たり前のように思われている。

米大統領予備選も英国の国民投票も国民がこれまでになく熱狂的に参加している様が報道された。

ところが日本の選挙は盛り上がりに欠けると言われている。

それは何だ。主権者としての「大衆」もいないのか。

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