★オバマ大統領の広島訪問のキーワードは「ともに追悼」であるー(田中良紹氏)

オバマ大統領の広島訪問が正式に発表された。

71年前に人類史上初の原爆投下を行った米国の現職大統領が被爆地を訪問することは

歴史的な出来事である。そこでオバマ大統領がどのような演説を行うかに世界は注目することになる。

オバマ大統領は就任直後の2009年4月にチェコのプラハで「核なき世界」を提唱し、

「アメリカは核兵器を使った唯一の核保有国として行動する道義的責任がある」と

現職大統領として初めて踏み込んだ演説を行った。

その直後からオバマ大統領は最初の原爆投下地である広島訪問を模索したが、

当時の日本外務省はルース駐日大使に「時期尚早」と伝えていたことが、

ウィキリークスの内部文書公開で明らかになった。

日本国内の反核団体を勢いづかせることになると外務省は恐れたのである。

しかしルース駐日大使は翌10年から米政府代表として毎年平和記念式典に出席し、

後任のケネディ大使も毎年式典に参列してきた。

そして先月にはG7外相会合で広島を訪れたケリー国務長官が「原爆資料館」を訪れ、

「すべての人が広島を訪れるべき」と発言してオバマ訪問の道筋をつけた。

一方、「核なき世界」の実現は進展するどころか全く前に進んでいない。

ウクライナ問題で最大の核保有国であるロシアとの核軍縮交渉は宙に浮いたままとなり、

次なる核保有国の中国とも南シナ海問題で米国は対立する。

さらに北朝鮮は核保有国になることに国家の活路を見出そうとしている。

そうした世界情勢の中で「核なき世界」の実現が困難であることは当然オバマもわかっている。

それでもなお広島訪問を模索し続けたのは、

犠牲者の追悼を行うことが「核なき世界」の追求につながるという姿勢を示し、

それをプラハ演説の締めくくりとなるレガシー(遺産)にしようとしたからではないか。

大事なことは謝罪ではなく追悼である。

オバマが考えているのは、広島で日米の首脳が犠牲者を追悼し、

それを世界に発信することだとフーテンは思う。

であれば安倍総理にはハワイの真珠湾を訪れて犠牲者を追悼する姿勢が求められる。

政府は11月に安倍総理が真珠湾を訪れる案を検討し始めたようだが、

オバマの広島訪問のキーワードは「ともに追悼する」事である。

そもそも最初に「核廃絶」を言い出したのはオバマ大統領ではない。

オバマが大統領に就任する2年前に共和党のキッシンジャー、シュルツ両元国務長官、

民主党のペリー元国防長官とナン元上院軍事委員長が共同論文「核兵器のない世界」を執筆した。

内容は、冷戦時と冷戦後では核兵器に対する考えを根本から変えなければならないというものである。

米ソが対立した冷戦時は核兵器のほとんどを米ソが保有し、

核兵器の数と運搬手段を両国で競い合った。その愚かさを誰よりも知っていたのも両国である。

そこで1986年にレイキャビクで開かれたレーガンとゴルバチョフの米ソ首脳会談で、

両国は冷戦の終結と核廃絶を合意した。

ところが「ネオコン」の台頭で「核廃絶」は後退させられ、

それに危機感を抱いた4人の外交通が党派を超えて「ウォール・ストリート・ジャーナル」に

論文を寄稿したのである。

米ソが核兵器を管理していた時代は終わり、北朝鮮やイランが核開発を進め、

テロ組織の手に核兵器がわたる危険性もある。

4人は米国が主導して「核なき世界」を作るよう訴え、それに影響されてオバマはプラハ演説を行った。

ところで日本には「相互献花外交が歴史和解の道を開く」と訴えてきたジャーリストがいる。

松尾文夫元共同通信ワシントン支局長である。

松尾氏は1995年にドイツのドレスデン市で行われた無差別爆撃50周年の追悼行事を

テレビで見て衝撃を受けた。

焼夷弾で3万5千人が犠牲となったドレスデン市に、

爆撃をした側の英米から英国女王の名代や米統合参謀本部議長をはじめとする軍のトップが訪れ

死者に対する追悼式典が催されたのである。

東京大空襲では8万人以上が死んだが、日本と米国の間で一緒に追悼するような話は聞いたことがない。

広島、長崎の原爆犠牲者に対してはなおさらである。

松尾氏は「ドレスデンの和解」の日本版を提案するようになり、

2005年に「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙が日米の首脳が広島と真珠湾を相互訪問して

献花をするという松尾氏の提案を掲載した。

松尾氏によれば提案には日本より米国の方が好意的で、

東京に駐在した米国人の元外交官は戦後50周年と60周年の節目の年に

大使館レベルで米大統領の広島訪問を真剣に検討したことがあると語ったという。

そして2008年に河野洋平衆議院議長が広島で先進8か国下院議長会議を開催した時、

米国の大統領継承権第三位のナンシー・ペロシ下院議長が原爆慰霊碑に献花し、

これに応えて河野議長も真珠湾のアリゾナ記念館を訪れ献花した。

オバマ大統領のプラハ演説はその翌年だが、

その頃にはすでに米大統領と日本の総理の広島と真珠湾の相互訪問と献花が

意識されていたことになる。つまり道は敷かれていたのである。

大統領の広島訪問で最も懸念されたのは、

米国が大統領予備選の真っ最中であることから選挙への影響だった。

共和党がオバマ大統領の「弱腰外交」を非難して民主党候補に不利な状況が生まれることだけは

避けなければならなかった。ところが共和党候補がトランプになったことが後押しをしたとフーテンは思う。

第一にトランプは「反ネオコン」である。これまでウクライナ問題に火をつけて米ロを対立させ、

北朝鮮やイランを「悪の枢軸」と呼んでそれらの国の核開発意欲を高めさせたのも「ネオコン」である。

それと対立するトランプが候補になったことで「核廃絶」の障害であった「ネオコン」を抑えることができる。

第二に、しかしそのトランプは日本の核保有を認める立場である。

これに対し広島で日本の総理と並んで「核廃絶」を訴えれば、

トランプの主張が日本の望まぬものであることを明らかにし、トランプにダメージを与えることができる。

そしてオバマ大統領には「歴史認識」で隔たりのある安倍総理を再度調教する考えがあるかもしれない。

外国元首が犠牲者を追悼する場所は靖国神社ではなくまずは広島であることを認識させ、

次に謝罪ではなく追悼が重要だと教えて、真珠湾の後には中国や韓国とも相互に追悼する機会を作らせる。

そうなればこれまで中韓との関係で世話の焼けた安倍政権の「歴史認識」を

米国のアジア政策の障害にならなくすることができる。

こうして安倍総理の調教も完了するのである。

それを知ってか知らずか自民党はオバマ大統領の広島訪問は参院選を有利にすると喜んでいるようだ。

そんなことではなく日本は冷戦後の世界をどう生きるかにもっと真剣になるべきだとフーテンは考える。

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