realismo_1978

S.Iwata · @realismo_1978

6th May 2016 from TwitLonger

【とりあえず一点だけ】『日本憲法史』の史料解釈の難点について


『愚管抄』巻第三
世間ハ一蔀ト申シテ。一蔀ガホドヲバ六十年ト申。支干ヲナジ年ニメグリカヘル程也。コノホドヲハカライテ次第ニヲトロヘテハ又ヲコリヲコリシテ。ヲコルタビハヲトロヘタリツルヲ。スコシモテヲコシテヲコシシテノミコソ。ケフマデ世モ人モ侍メレ。(中略)カク次第ニシテ。ハテニハ人壽十歳ニ減ジハテテ劫末ニナリテ。又次第ニヲコリイデヲコリイデシテ人壽八万歳マデヲコリアガリ侍ナリ。ソノ中ノ百王ノアイダノ盛衰モ。ソノ心ザシ道理ノユクトコロハ。コノ定ニテ侍ナリ。

…の解釈について、

「六十年を一蔀(ぼう)といって、同じ干支が一巡する期間をいうが、この間に衰えたり持ち直したりし、持ち直すときには衰えた分を少しでも引き上げようとしてきたからこそ、今日まで世も保たれ、人もあり得たのである。(中略)このようにして、果ては人間の寿命は十年に縮まって劫末になると、またしだいに持ち直して人間の寿命も八万年というところまで上昇してゆくのである。このような推移のなかで、天皇百代(永続する天皇の治世)の間の盛衰も、その所信や道理の向かうところも、このような推移にしたがうのである。」

…といった解釈が妥当と思われる。

 これについて本書p.44ではこのように解釈する。(※【】は本書からの引用箇所)
【人の世は「ヲトロヘテハ又ヲコリヲコリシテ」、栄枯盛衰を繰り返しながら、何とか今日まで続いてきた。】
 ここまでは良い。しかし続けて、
【それはその過程で、多くの失敗や間違いを繰り返し、逆にそれを正す努力を重ねてきたからだと。】
とする点はどういうことか。『多くの失敗や間違いを繰り返し』というニュアンスは原文になく、これは全く著者のオリジナルである。「次第ニヲトロヘテハ又ヲコリヲコリシテ。ヲコルタビハヲトロヘタリツルヲ。スコシモテヲコシテヲコシシテノミコソ」の一節をかように意訳したのかもしれないが、厳密さを欠いた意訳と言わざるをえない。「まあ多少無理して解釈すれば、そういうふうに理解できなくもないね」…というのはこういった箇所のことをいう。
 しかし、引用史料の解釈を提示するとき、原文にない独自のフレーズを挿入するのはきわめて意図的な操作であり、看過できない。

 つづけて、
【時間のふるいにかけられてきた死者の輿論の方に、彼(※引用者注、慈円のこと)は、生者の輿論にない正しさを認めていたのである。】
とする。著者は「道理」のことを「死者の輿論」と解するので(※この解釈自体も無理なのだが、ここでは措く)、「道理」は現在を生きる人々の意見の上位に位置するとでも主張したいのだと思う。が、これも原文にない全く筆者のオリジナルな感想でしかない。慈円は、天皇百代(永続する天皇の治世)の間の盛衰や、その所信や道理も、(確固不動のものではなく)衰えたり持ち直したりする推移にしたがう、というようなことを言っているのであって、正しいとか正しくないとかいうことには言及していない。
 きちんと読めば、著者の主張と慈円の主張は別物とわかるのだが、いかにも慈円の主張を根拠にしているかのような記述は、卑怯だと思う。

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