★トランプ米大統領誕生可能性と日本への影響ー(植草一秀氏)

米国大統領選では、共和党がドナルド・トランプ氏、

民主党がヒラリー・クリントン氏を指名することが確実な情勢になっている。

過激な発言で知られるトランプ氏は、共和党主流派ではなく、

共和党主流派はトランプ氏以外の候補者の指名を目指したが、

トランプ氏の勢いは止まらず、トランプ氏が共和党の氏名を獲得することが確実な情勢になっている。

米CNNによると、トランプ氏はインディアナ州の代議員の大半を獲得し、

これまでに獲得した代議員数は1053人になった。

7月の共和党大会までに過半数の1237人を獲得する可能性が高まった。

トランプ氏に対抗してきた保守強硬派のテッド・クルーズ上院議員は5月3日、

インディアナ州予備選で敗れたことを受けて選挙戦からの撤退を表明した。

代議員獲得数で第3位のオハイオ州のジョン・ケーシック知事は現時点で

選挙戦撤退を表明していないが、獲得代議員数は156人で指名獲得の可能性は極めて低く、

選挙戦からの撤退表明は時間の問題である。

この結果、トランプ氏が共和党候補に示される可能性が高まっている。

他方、民主党ではヒラリー・クリントン氏とバーニー・サンダース氏が争っているが、

クリントン氏は特別代議員の大半を獲得しており、サンダース氏が逆転勝利する可能性は低い。

結果として11月8日に投票が行われる大統領選本選は、

民主党ヒラリー・クリントン氏と共和党ドナルド・トランプ氏による戦いになる公算が高まった。

ヒラリー・クリントン氏が勝利すれば、米国初の女性大統領の誕生ということになる。

また、民主党が3期12年、大統領を得るということになる。


第2次大戦後の米国で、同一政党の大統領が3期連続で選出された例は1度しかない。

1988年にジョージ・ブッシュ(父)大統領が選出された事例だけだ。

このときは、1992年の大統領選でブッシュ氏はビル・クリントン氏に敗北して大統領を1期で退いた。

しかし、このときだけが共和党が3期連続で大統領を担ったのである。

民主党のオバマ大統領は大統領を2期務めた。

この後に、民主党のヒラリー・クリントンが大統領に就任できるのか。

それとも、定石通り、共和党候補者が新たに大統領に就任するのか。

大統領選は新たな局面に移行する。

大統領選がトランプ氏とクリントン氏との戦いになる場合、

情勢は現時点ではトランプ氏に有利に働く可能性が高い。

最大の背景は、米国における反エスタブリッシュ感情の高まりである。

このことは、米国における格差拡大=反ウォールストリート=99%運動の高まりと密接な関わりを持つ。

ワシントン・ニューヨークの1%のエリートが、この国を支配しているとの見方が広がり、

米国政治を1%の人から奪還しようとの思いが共感を呼んでいるわけだ。

実際には、トランプ氏もニュヨークに基盤を持つ1%の人々に分類される人物であるが、

トランプ氏がワシントンの権力者層を攻撃対象として発言を続けてきたことから、

トランプ氏が反エスタブリッシュ感情の代弁者として位置付けられてきた面がある。


ヒラリー・クリントン氏も年齢を重ねて68歳になっている。

ビル・クリントン氏が大統領に就任した1993年には45歳だった。

爾来、23年の時間が経過し、

この間、クリントン女史は大統領夫人、上院議員、国務長官等の経歴を重ねて、

文字通り、ワシントンのエスタブリッシュメントを代表する人物に変化している。

米国に広がる反エスタブリッシュの感情はトランプ氏よりはクリントン氏に対して

より強く逆風として作用する面が強いと思われる。

1988年の大統領選で共和党候補が3期目の共和党大統領に選出された時代、

世界にはディ・レギュレーションの風潮が強まっていた。

レーガン・中曽根・サッチャーの表現も用いられたが、

世界的に自由主義=規制緩和=小さな政府に対する指向が強まっていた。

このなかで、共和党が3期連続の大統領を務めたのである。

時代は大きく変化して、格差の時代に移行した。

格差拡大は(新)自由主義がもたらした側面が強い。

格差拡大に反対する世論が2008年の大統領選では

“Change”

の標語と結びついてオバマ大統領を誕生させた。

オバマ大統領は格差是正という強い期待を背景に誕生したのである。

ところが、オバマ大統領の8年間に格差是正は進展しなかった。

そのことに対する失望も広がっている。

格差税制を求める民主党員の支持はサンダース氏に集中したが、

そのサンダース氏が民主党の氏名を獲得できない場合、

格差是正を求める米国民の投票がクリントン氏に集中することは考えにくい。

排外主義による米国民優遇を主張するトランプ氏に反格差を求める米国民の投票が向かう可能性も

否定できない。

トランプ氏が大統領氏名を確実にしたことを受けて、大統領選本選での勝利を意識して、

過激な発言の軌道修正を演じるのかどうか。

これまでの過激な発言が「計算された」ものであったのか、それとも地金を表わしたものであったのか。

この点が明らかになることにより、今後の帰趨が定まることになるのではないか。


TPPに関して、トランプ氏は明確に反対の意向を表明しているが、

クリントン氏の反対姿勢は腰が引けている。

TPPを推進しているのは米国の巨大資本=多国籍企業である。

この多国籍企業は

日本の農業

日本の医療

日本の金融

の収奪を目論んでいる。

クリントン氏の背後には巨大資本が控えており、その意向を受けて、

クリントン氏はベースとしてTPP推進である。

しかし、民主党の対抗馬であるバーニー・サンダース氏が反TPPを明確に打ち出しており、

サンダース支持者の支持を得るために、クリントン氏もTPPについて、条件付き反対の意向を示している。


クリントン氏が大統領候補に指名され、本選で勝利して大統領に選出される場合、

さまざまな手続きをくぐり抜けて、TPP批准に進もうとする可能性が高い。

しかし、大統領選本選で勝利を得るには、

サンダース氏を支持してきた民主党支持者の投票をクリントン氏に振り向けさせることが必要になる。

このために、クリントン氏はTPPについて譲歩を迫られることになるわけで、

今後の民主党指名獲得の過程で、クリントン氏がどこまで反TPPを明確に示すのかが注目されることになる。

トランプ氏の主張はグローバルな収奪を目指す巨大資本=多国籍企業の利害と一致しない部分が多い。

米国の利害を優先し、閉ざされた国を目指す。

TPPについて、価格競争が激化して米国の雇用が奪われることを強調する。

米国の労働組合の主張と重なる部分があるのだ。

また、日本が円安誘導をしているとの批判も強い。


TPP発効には85%ルールが盛り込まれている。

交渉参加国全体のGDPの85%を占める国が批准しないとTPPが発効しないというルールだ。

交渉参加国のGDPのうち、60%が米国、18%を日本が占めている。

したがって、米国と日本のいずれか1ヵ国が批准しなければTPPは発効しないことになる。

日本が批准を見送っても、米国が批准を見送ってもTPPは発効しない。

その米国で、トランプ氏が大統領に選出されると、TPPが批准されな可能性が高まるのである。


この意味で、トランプ氏の米大統領就任を嫌う勢力は思わぬところに潜んでいる可能性がある。

米国の本当の支配者である巨大資本は、

トランプ氏の大統領就任を希望しない可能性が存在するのである。

そのトランプ氏が大統領に就任する可能性が浮上し始めた。

巨大資本の戦術として三つの選択肢を上げることができるだろう。

第一は、共和党候補がトランプ氏になる場合、TPPに基本的に積極的であるクリントン氏の当選を誘導する。

第二は、トランプ氏と交渉し、トランプ氏にTPPを容認させる。

第三は、トランプ氏の存在そのものを消滅させる。

米国は恐ろしい国だから、目的のためには手段を選ばないという側面を強く持つ。

十分に警戒しなければならないシナリオである。


トランプ氏は日本への米軍駐留について見直す考えを表明している。

TPPについても反対の見解を明示している。

このことを、私たち日本の主権者がよく考えるべきだ。

日本の対米従属派にとって、トランプ大統領の誕生は悪夢になるのかも知れない。

彼らは米国と癒着することにより利益と利権を得てきた人々である。

その米国が日本との癒着関係を断つとの姿勢を示す可能性が浮上しているのである。

逆に、対米従属からの訣別、真の意味での日本の独立を目指す人々にとって、

トランプ大統領の誕生は、天佑となる可能性がある。


日米安全保障条約の第10条に、

当初の10年の有効期間(固定期間)が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる

との規定が置かれている。

つまり、日米安全保障条約は解消できるのである。

日米安保条約を廃棄して日本の安全保障をどのように確保するのかを明確にする必要があるが、

日本が真の独立を確立する道を真剣に検討するべきである。

また、

日本国民にとっては百害あって一利のないTPP

も消滅することになる。

これで困るのは、米国巨大資本にこびへつらう、金魚のフンのような大資本、

売国政治屋、売国官僚だけなのだ。


強欲巨大資本=多国籍企業は、米国の民主、共和両党に支配基盤を有してきた。

このため、どちらに転んでも大資本の利害は損なわれない。

ところが、この支配の網をかいくぐる候補者が浮上してきた。

それが、サンダース氏であり、トランプ氏であると見ることもできる。

いずれも、広い意味での、1%ではない99%の側の支持によって支えられている候補者であるとも言える。

トランプ氏の場合、白人の利益を代弁する面が強いから、人種差別を助長する傾向が強い。

この状況があるから、クリントン女史は人種的マイノリティーの支持を得やすいとの

側面を有することになるだろう。

女性票もクリントン氏の方が獲得しやすいとも思われる。

これらの状況を加味すると、大統領本選はかなりの激戦になる可能性が高いが、

日本の真の独立、TPPからの訣別という側面を捉えると、

トランプ大統領誕生の効用は決して小さくはないものと考えられる。

Reply · Report Post