文字入力世界チャンピオンになったお話


第一章 Interstenoとの出会い

○ ミスター10位?

 まずはじめに、僕は日本語のタイピングが速い。e-typing(注1)の週間ランキングでは何度も1位を取ったことがあるし、WeatherTyping(注2)でもqwerty入力では歴代3人目のLv.11を達成している。例え「僕はタイピングがめちゃくちゃ速い!」と高らかに宣言しても、(他の人間と比べてどうという話ではなく)「めちゃくちゃ速い」そのものを否定する人間はいないだろう。

 僕のタイピング「ゲーム能力」のほとんどは、今は亡き1101丁目(注3)に設置してあった打鍵トレーナー(注4)とUTyping(注5)によって培われたと言っても過言ではない。恐らく両方のプレイ人数を足しても100人にも満たないだろう、それくらいにはマイナーなゲームでのんびりと育ってきたと言えよう。とあるサイトでタイピングを趣味とする「タイパー」と知り合い、タイプウェル(注6)をやってみてはどうかと勧められるまで、「有名なタイピングゲーム」など、触ったことも無かった。
 (いやらしい言い方ではあるが)タイピングの実力があった僕は、タイプウェルを始めて4ヶ月程度で、1万人以上が参加するランキングの1桁順位にまで上昇することができた。結局、腱鞘炎により引退を余儀なくされるが、それなりの成績をそれなりの短期間で残すことができた。(やる気はほとんど残っていなかったが)復帰後も、上で述べたようにe-typingでは何度か週間ランキングで優勝したし、WeatherTypingでも優秀な成績を残すことができた。ザ・タイピング・オブ・ザ・デッド(注7)では、SEGA公認エキスパートと呼ばれる猛者さえ倒せるくらいに強くなった。

 しかし、どの有名ゲームにおいても、決して頂点に立つことはなかった。当然の話だ。いくら僕が「めちゃくちゃタイピングが速い」人間であっても、僕と同じように「めちゃくちゃタイピングが速い」人間がそのゲームに何百日何千日という時間をかけて築き上げてきた記録・実力に、たかが数ヶ月程度の付け焼き刃で敵うはずが無い。この事実を受け入れるのが早かったか、それとも実生活が忙しくなるのが早かったか、とにかく、「タイピングでは勝てない」という思いの元に、タイピングゲームからは手を引くことになった。後に残ったのは、あらゆるゲームで、まあトップ10か20くらいには入るだろう、くらいの記録だけだった。

 勘違いしないでいただきたいが、別に僕が「真のタイピングの実力」のような物を想定して、「あのゲームのトップと同等の実力を僕は持っている、ただ時間が無かっただけだ」と言っている訳ではない。どのゲームでも、頂点にいるような人間はまるでタイピングをするために生まれてきたかのような連中ばかりで、そんなこと恐れ多すぎて言うことはできない。とてもじゃないが、勝てない。僕はただダラダラとマイナーなタイピングゲームをしていただけなのだから。


○ やっぱり頂点を見たい

 競技タイピングから手を引いてからも、もう一つの主な趣味であった音楽ゲームは細々と続けていた。しかし、いずれのゲームにおいても、僕はそのゲーム内における最高難易度の曲をクリアすることができなかった。最高難易度が更新された数週間後に、それまでの最高難易度をクリアするということもままあった。とにかく、最高難易度というものからは見放されていたと思う。

 タイピングでは頂点に立てず、音楽ゲームでは頂点を見ることさえできなかった。そうなると、負けず嫌いの僕としては随分と落ち込むことになる。毎朝の満員電車で押しつぶされ、夜遅くまで実験を重ねていると、何も成し遂げられないまま人生が終わってしまうような気がして、どうしてもやはり、何かで栄光を掴まなければという思いが強まるばかりだった。

 そんな中で舞い込んできたのが世界大会のお知らせである。INTERSTENO(国際情報処理連盟)によって主催されるthe Keyboarding championship by Internetに、日本語が追加され、日本人が日本語を母国語として参加できるようになるというものだ。初めはどうせ世界中の人外には敵うはずもなかろうと話半分で流していたのだが、いざ参加者募集メールが届いてみると、非常に魅力的な言文がそこにあった。

 多言語部門では、打った言語の数だけ、得点が加算されていくというのだ。

 例えば、僕が必死に日本語を打って4000点を獲得し、一方で日本で一番タイピングの速い人間が日本語で5000点を獲得したとする。そうなれば、僕は日本人トップから1000点の差を付けられて敗北し、今までどおりで終了する。しかし、もし僕が日本語4000点に加えて英語で4000点を獲得したならば、多言語部門では僕は8000点となり、日本語トップに3000点差を付けて勝利することができるのだ。なんと素敵なことか。

 それに、多言語部門は決しておまけではない。母国語部門と並列して行われる、れっきとした一つの部門なのだ。「アイツは母国語ができないから多言語に逃げた」と陰口を叩かれるかもしれないが、多言語も母国語も優劣は存在しないのだから、何も気にする必要はない。それどころか、ランキングを確認すると、何故か多言語のランキングはmultilingualとgeneralの2つが存在している!(僕の頭が悪いだけか?)

 僕は大学のはじめ2年間で、必修の英語、ドイツ語に加えて無意味に古典ギリシャ語、韓国語、タイ語を履修していた。そして今も、何かの暗号としか思えないような化合物名(注10)を毎日読み書きし、ドイツ語やロシア語の論文にさえ目を通している。未知言語に対する耐性は、そんじょそこらの人間に比べれば遥かに高いはずだ。

 一方で、各ゲームで頂点に立つような人間はどうか。彼らには自尊心があるはずである。まさかこの自分がこんな順位なんて、というのは耐えられないはずだ。多くの言語を打って、全言語で50位となるくらいなら、日本語とせいぜい英語に絞って、各言語内での上位を狙うのではないだろうか? そして胸を張って「自分はこの言語で○位だった」と言うはずである。多言語部門で上位に来る可能性はない。そうでなくても、メイン言語に多くの練習時間を割くだろうから、マイナー言語の成績は落ちるはずである。

 これなら行ける、世界一は無理でも日本一ならば十分狙える。そう踏んだ僕は、何の迷いもなく多言語部門に申し込むことにした。


注釈

[1] 株式会社e-typing様の運営するタイピングゲーム群、特にその中でも「腕試しレベルチェック」を指す。
http://www.e-typing.ne.jp/

[2] Denasu System様制作のタイピングゲーム。自作ワードを追加できる他、リアルタイムでのネット対戦が特徴。
http://denasu.com/

[3] o-ck様が以前運営していたwebサイト。AAA!cafe終了とともに消滅。現在は1101丁目 2番地に引き継がれている。
http://www.geocities.jp/c_k_iidx/type/index.html

[4] Muras様制作のタイピングゲーム。自作ワードを利用して、様々なwebサイトに設置されている。
http://www.purasusikou.com/muras/

[5] tos様制作のタイピングゲーム。太鼓の達人のように流れてくる歌詞に合わせて打つのが特徴。
http://tos.fbox.info/utyping/

[6] GANGAS様制作のタイピングゲーム。目的別に多くのバージョンが存在する。
http://www.twfan.com/index.html

[7] 株式会社セガホールディングス制作のタイピングゲーム。ゾンビをキーボードで倒すという斬新な発想がウケ、定番タイピングゲームとなる。近年、オンライン版も制作された。
http://tod.sega-online.jp/

[8] 間違いなくクリアできるスコアを残したのだが、残念ながらクリアマークの残らないモードだった。

[9] タイピングマエストロ隅野貴裕様主催の大規模オフ会。参加者内で各種タイピングゲームの大会などが開かれる。

[10] 例えばダイオキシンの一種である2,3,7,8-tetrachlorodibenzoparadioxineであるとか、クエン酸の学術名である2-hydroxypropane-1,2,3-tricarboxylic acidであるとか。



第二章 2016年度大会への道のり

○ はじめての世界大会

 改めて、the Keyboarding championship by Internetについて簡単な説明を行う。
 この大会は、母言語部門と多言語部門の二種があり、それぞれ別個にランキングが作成される。母言語部門は単純に母国語を打って、言語問わずその文字数が多い順に並べられるというもの。1位はアメリカ人、2位はトルコ人という具合。一方で、多言語部門は以下に示す17言語の内から好きなだけ打って、その合計の文字数が多い順に並べられるというもの。ただし、母言語、多言語ともに1ミスあたり50文字の減点があるため、正確性にも注意する必要がある。

多言語部門で用意されている17言語 [日本語名 (表示名/用意されている方言)](注1)
・イタリア語 (Italiano/イタリア)
・英語 (English/イギリス)
・ドイツ語 (Deutsch/ドイツ・スイス)
・フランス語 (Français/フランス・ベルギー・スイス)
・オランダ語 (Nederlands/オランダ・ベルギー)
・スペイン語 (Español/スペイン)
・トルコ語 (Türkçe/トルコ)
・ポルトガル語 (Português/ブラジル)
・ルーマニア語 (Română/ルーマニア)
・日本語 (日本語/日本)
・サーミ語 (Suomi/フィンランド)
・クロアチア語 (Hrvatski/クロアチア)
・チェコ語 (Česky/チェコ)
・スロバキア語 (Slovenčina/スロバキア)
・ハンガリー語 (Magyar/ハンガリー)
・ロシア語 (Русский/ロシア)
・ポーランド語 (Polski/ポーランド)

 さて、意気揚々と多言語部門に申し込んだ僕だが、運悪く(別に悪くない)大量の発表イベントに加えて学会までもが練習期間に重なってしまったために、結局記録送信期間までにほとんど大会の練習をすることはできなかった(モチベーションも低かった)。結論から言えば、それぞれの言語で平均練習時間は5分程度のまま(注2)本番を行うことになり、それはもう惨敗を喫した。フランス語とか、スペイン語とか、そういう言語はまだ5分程度でもなんとかなる。しかし、チェコ語、ポーランド語、トルコ語、はっきり言って見たことも無いし、当然打てるはずもなかった。

 だが、それでも(本番中にフリーズしたオランダ語を除く)全言語で最低でも合格ラインを超えて、結果として全参加者中25位、日本人中6位という成績を残すことができた。これは、先に猛練習を始め、多くの知見、攻略法を残してくれた方々の結果を、最大限活かすことができたからである。悪く言えば横取り。中でも、ロシア語と日本語以外の全言語に対応することができる「インテルステノ用拡張配列」を作成してくださったかり~様には本当に頭が上がらない。氏には、この後も常に支えてもらうこととなり、足を向けて寝られないどころか、毎日5回そちらの方角を向いて礼拝しなければならないレベルである。

 この大会における僕のスコアは合計53502文字、105ミスで48252点。オランダ語が失格となったため16言語での成績である。一方、世界一となったCelal Aşkın氏は77405文字、44ミスの75204点(日本語を除く16言語)であった。なんと、1.5倍以上の差が付いたのである。この差はあまりにも衝撃的であった。いかに僕が自信の実力を過信していて、かつ世界を「舐めていた」のかが浮き彫りとなる結果だった(注3)。


○ とりあえず対策

 負けず嫌いの僕は、当然、次回の大会に向けて対策を練ることになる。

 第一に、「インテルステノ用拡張配列」には完全に限界を感じていたため、自分専用の配列を作ることにした。というのも、この配列を作成したかり~様も、またこの配列で上位に入賞したdqmaniac様も、JISかな使いであるために指の可動範囲が広い。そのため、;や@の多用にも疑問を抱かず、容易に対応できたのであろう。一方の僕はガチガチのqwerty派で、指が短いためにA~Z以外のキーをほとんど打つことができない。インテルステノ用拡張配列は、何も知識を持たない僕が短期決戦でとりあえず全言語登録するには向いていたが、少なくとも僕にとっては、それ以上を望めるものではなかったのだ。
 はじめに作った自分専用の8種類の配列は、練習を重ねるにつれてどんどん細分化していき、最終的に14種類にまで増えた。自分の運指に合わせた配列設計思想に加えて、実際に各言語を打ち続けて弱点を見つけ出し、しかし全体として混乱が起きないように洗練を行った。11種類まで増えた段階で「インテルステノ用paraph配列集」として公開を行ったが、それからもかなりの変更があった。最終的な配列は、レポートの最後に公開している。

 次に、1年という長いスパンの間で、中だるみを防ぎ、目標を明確に設定するために毎週日曜日にtyperacer(注4)を利用した様々な言語での対戦会を主催することにした。簡単に言えば、負けず嫌いだから負けないように頑張ろうというものである。結局実生活が忙しいためほとんど練習はできずぶっつけ本番で対戦会に参加していたのがほとんどだったが、それでもマイナー言語を練習することを習慣付けることで、わずか週30分~1時間程度の練習でありながら確実に成績を伸ばすことに成功した。
 日曜夜、しかも意味不明な言語ばっかり、ということで参加者は非常に少なく、少なくとも最初半年は僕とかり~様のタイマンがほとんどであった。本当にありがとうございます。10月頃からは徐々に参加者も増え始め、最高8人程度と、かなりの賑わいを見せるようになった。僕は基本的に全勝を目指していたが、最終的な勝率は8割前後だったと思われる。

 また、残り半年を切った10月以降は、本番形式で行った練習の結果をExcelシートにまとめ、2015年度優勝記録と常に比較を行った。これは、自分の弱さをしっかり見つめると同時に、上の対戦会との合わせ技で、「世界に対してどの程度の位置にいるのか」を間接的に広めていく意図があった。


○ 日本は勝てるのか?

 頂点を目指し、先頭を走る人間は、常にその可能性を見せつけ、広めていく義務があると僕は考えている。2015年度大会終了直後に僕が「来年は世界一になろう」と発言した際に、肯定的な意見をしてくれる人は皆無だった。誰もが、「世界に勝てるはずがない」と考えていたのだろう。実際、それくらいCelal Aşkın氏の記録は飛び抜けていたし、過去の記録を漁ればそれよりも更に高い記録さえ残されている。確かに、勝てないと思うのもしょうがない話だろう。しかし、それでは何も進歩はない。可能性を諦めた界隈は、それ以上広がることはなく、確実に衰退する。そして黒船来航によって終了、というのが常である。

 僕自身、それほど若くもない、時間もない、モチベーションもないと、界隈を引っ張るには明らかに不適格な存在だったのだが、このままではマズイと直感的に思い、当分の間その任を背負うこととした。いかにも日頃練習しているように見せかけ、その結果としてきちんと成績を伸ばし、世界一に近づいていっているように装い、ネガティブツイートは可能な限りしないように心がけた。実態は運良く成績が伸びただけのものをかき集めたものだったが……大した練習もしていないが、大会3カ月前には打倒Celal Aşkınの可能性を「最高記録全部集めたら勝ってる」という形で示すことができた。

 ただ問題は僕の人徳のなさだった。結局のところ、最後の最後まで、(部外者から)ポジティブなコメントは無かった。いくら大きな更新をしても、おめでとうの一言もなかった。もうちょっと興味を持ってほしかった……


○ 練習の経過

2015/11/08 73336文字 110ミス 67838点。(日本語を除く)16言語での集計開始。本番から2万点伸びた。
2015/11/31 74324文字 79ミス 70386点。7万点を突破し、Celal Aşkın氏以外には負けないだろうと思い始めた。
2016/01/31 77389文字 43ミス 75239点。あくまで最高記録を集めただけだが、Celal Aşkın氏の記録を超えた。
2016/02/10 新たな研究プロジェクトが開始して、タイピングから一時離れることになる(本当に)。日曜の対戦会は続行。
2016/03/13 80280文字 47ミス 77930点。8万文字突破。練習できない代わりに、残っていた伸びしろを浪費して伸ばした。
2016/04/05 更に新たな研究プロジェクトが開始。一体どうしろと。
2016/04/10 84677文字 49ミス 82227点。日本語ルール確定により日本語を追加。これ以降はスコアを更新しても記録には残さなかった。

 結果、自己ベストをすべて揃えても85000文字には到達しなかったが、対Celal Aşkın(推定75000点)としては十分なスコアで本番を迎えることができた。1言語あたり400点のマイナスを覚悟しても、ぎりぎり打ち勝てる程度の実力(ただしこちらには日本語の暴力がある)。本番はすさまじい緊張と戦わなければならないと思われるので、できれば1万点程度余裕をもって挑みたかったが、叶わず。
 日本語を利用するのは卑怯ではないか、という意見は多いだろうし、実際世界中から日本語に対する苦情が入っているとの話も聞く。そのことを考えると、日本語なしで勝利+日本語で更なる大差、が理想的なのだが、この際プライドは抜きである。

注釈

[1] 複数の方言が用意されている言語については、方言の内1つを選択して入力する。例えば、ドイツドイツ語を選択した場合、スイスドイツ語は打つことができない。

[2] ロシア語だけは4時間ほど練習した。生半可な練習では10分で2400文字という合格ラインにさえ達しなかったため。

[3] ちなみに、日本人トップとも1万点以上の差があり、世界以前の問題であった。勝った言語がロシア語とポーランド語のみで、一言で言えば下位互換という結果だった。

[4] TypeRacer様制作のタイピングゲーム。英語を中心として、様々な言語でオンラインでのリアルタイム対戦を行うことができる。
http://play.typeracer.com/



第三章 本番~感想まで

○ いざ本番

 本番開始直前に合宿が入り、かつ突き指競技のバレーボールをさせられるという嫌がらせのような日程だったが、4/16にIDが配布され、日本人も本格的に本番が開始した。
 とにかく緊張しないように、と気をつけて行ったのだが、まるで意味なし。心拍数は普段の倍程度だったのではなかろうか、どうしようもないので、いつも以上に強めに打鍵し、かすりミスを除く方向で競技を進めた。
 本番の結果は以下のとおり。

m/d. Language Character Miss Score
4/16 English 5863 4 5663
4/16 Nederlands 5333 6 5033
4/16 Deutschland 4917 7 4567

4/17 Suomi 4798 3 4648
4/17 Türkçe 5124 7 4776
4/17 Русский 3991 1 3941

4/23 Español 5028 2 4928
4/23 Português 5724 4 5524

4/24 Français 5057 4 4857
4/24 Română 4790 5 4540

4/30 Magyar 4553 4 4353
4/30 Polski 4599 4 4399

5/1 Hrvatski 5431 2 5331
5/1 Slovenčina 4643 5 4393
5/1 Česky 4287 2 4187
5/1 日本語 4854 4 4654

Total 84336 70 80836

 初日からドイツ語で惨敗。3行目にして改行がずれ5秒ほどロスした挙句、本来スイスドイツ語に登場しないはずのÄÖÜßに惑わされ、平常心を失ったままミス連発。最後1分でハイフン+改行周りの罠に連続で引っかかり2ミス追加。自己ベスト-500の屈辱的なスコアに終わった。前日までの合宿の疲れが顕著に出たひどい一日だった。
 二日目は前日の反省を活かして慎重に打ちに行ったが、緊張のあまり指が硬直しまるで速度が出ずフィンランド語で自己ベスト-500の惨敗。トルコ語ではやけくそ気味に加速したところミスこそ多かったものの初の5000文字突破で自己ベストを更新した。ロシア語は見えた通りに打つことを意識して丁寧に収めた。
 続くスペイン語は序盤で一行すっぽかしをやらかして20秒ほど一気にロスし、その後も立て直すことができず5000点を割る結果に。ポルトガル語は課題文に問題があったが、最適化による加速が噛み合い、素晴らしい成績で終わることができた。イタリア語はミスが多いものの速度は及第点。ゴリ押しで攻めるほうが良さそうという感触。
 フランス語。世にも珍しいスペースバグに襲われ5000点を割り込む。バグと割りきってさっさと流すべきだったが、深追いした結果ミス100点+タイムロス100点程度を失った。ルーマニア語は直前の10分練習で5402点を出したのにもかかわらず惨敗。体調不良もあり、緊張し過ぎなのか、速度もミスもまるで及ばず悔いが残る結果に。
 最後に残した難関言語ラッシュは、直前に風邪で3日ダウンした上にゴールデンウィークをあざ笑うかのような日程でほとんど練習できず、不安の残るまま突入。十分な睡眠・typeracerを用いた準備運動・直前10分練習の3点を新たに必須とした。ハンガリー語、ポーランド語は共に直前10分練習で自己ベストを僅かながら更新し、本番でも緊張なくそれに近い記録を出すことができた。ここに来て、ようやく「本番への臨み方」が確立されたように思える。いくらなんでも遅すぎる。
 最終日はクロアチア語の大爆発で始まった。直前の10分練習で5293文字を記録すると、本番が打ちやすかったこともあり、全言語中3位のスコアを記録することができた。最後30秒程度は笑いながら打鍵を行い、終わった瞬間に記録が表示されるまでもなく拍手を送ったくらいである。そのままの勢いでスロバキア語、チェコ語も大更新を狙ったが、勢いはそう続くこともなく、しかし2言語とも自己ベストをマークした。この時点で76000点を超え、2015年度優勝記録を上回ったため、ウィニングランとして日本語を特に練習せずに実施、難易度低めの文章を気を抜いて流して打ち、自己ベストを600点更新。これにて本番終了。

 最終的な記録は84336文字、70ミスの80836点で多言語部門世界1位(歴代3位)。直前の理論値が82227点であったことを考えると、十分及第点であろう。大会前半こそペースを崩して苦戦したが、後半はしっかり立て直し、アプローチを確立することで、難関言語で自己ベストを乱立することに成功した。ミスは多くなってしまったが、それを補うだけの速度が出せたというのは、日本人の可能性を示す上で十分な仕事を果たせたと考えている。ただ、先に打ち終わってしまったために、まる2日もの間他の人間の動向を観察し続ける羽目になり、嬉しさよりも恐怖のほうが大きかった、というのが正直なところだ。


○ 大会終わって

 一年をかけた一大目標を達成し、人生ではじめて頂点を見て、多言語の種を日本にばらまく事もできた。世界を相手取ったはずの戦いは、気づけば国内との戦いに変貌していたが、素晴らしい成果を収めることができたと自負している。

 僕はこれを機にタイピングから離れるつもりである。実を言えば、「タイピングはやめなさい」という意のお叱りを1年前にすでに貰っており、タイピングのために他を犠牲にする、と言うのはかなり精神を削られる行為でもあった。何より、風邪を引いて寝込む、実験が長引いて帰れない、何も得ることのない発表を聞かされる、そういう度に「タイピングが練習できない」という考えにたどり着いてしまうのは、本当に苦しいものであった。それに、本番中の緊張と言えば過去に経験したものとはレベルが違い、夜も眠れず、研究室では事あるごとに怒鳴り散らし、あれだけ気をつけていたtwitter上にさえ心の闇が漏れてしまうほどであった。すべてを賭けた真剣勝負、というのがこれほど辛いものであるとは思っていなかった。結局のところ、僕は適当にパパっと5分くらいやって適当に上位に入って適当に煽ったりする程度が一番向いている、ということなのだろう。来年からは、特に練習することもなく、適当にパパっと参加して7万点くらいで満足していることだろう。



第四章 謝辞

 上のレポートではよくもまあ「孤立無援で頑張ってきた」みたいな書き方をしているが、実際のところ多くの人々に助けられていたのは間違いない。typeracer対戦会に参加していただいた皆様、小さいことでもコメントを下さった皆様、本当にありがとうございました。以下、個人別に。

Pocari様: Interstenoオンライン大会への日本語追加、精力的な普及活動そして参加費負担、更にはタイピングそのものの普及まで、今や完全に界隈を引っ張るその人となってくださいました。当然、僕がInterstenoに興味を持ち、参加に至るにはこの方が不可欠であったのは言うまでもありません。本当にありがとうございました。

かり~様: 多言語タイピングの普及活動はもちろんのこと、参加人数が絶望的だったtyperacer多言語対戦会にも常に参加してくださいました。また、幾度と無く相談にも乗ってくれ、精神的に大きな支えとなりました。

dqmaniac様: 実用入力の第一人者にしてIntersteno2015年度日本人トップ。半年前ほどから常にtyperacer対戦会にも参加していただき、最後の最後まで競い合える相手でもありました。Interstenoについてのこまめな情報収集と発信、詳細な分析は多くの人の助けになったと思います。

Effort様、ジュニア様、たのん様、司様、KouTypin様、eigh様、melanie様、ぶったー様、mayo様: typeracer対戦会に参加し場を盛り上げていただき、対戦会開催を続けていく原動力となりました。ありがとうございます。



第五章 余録

○ 使用した配列について

コチラ → http://www1.axfc.net/u/3659578?key=intersteno (exeファイル+klcファイル)

 基本的には多言語タイピングwiki(http://www7.atwiki.jp/multilingual/pages/1.html)にあるものの発展形です。概念だけを示した前配列集と比較して、各言語をより快適に入力するために特化したものとなります。かなり先鋭化しているので、あまり他人におすすめできるものではありません。どちらかと言えば、不正のない「ちゃんとした」配列を使っていた、という証明のようなものです。

 左手小指をShift及びAlt専用、右手小指を;及び@専用とすることで、生まれつきの小指の弱さを補いつつ指の少なさに由来する不利を克服しました。また、q、w、xなど使用頻度の低い文字をAlt裏に格納し、頻出のダイアクリティカルマーク付き文字を1打鍵で出せるようにしてあります。繰り返しになりますが、かなり特殊な配列となっているので、慣れるのは相応に難しいです。特にチェコ語は複雑怪奇そのもので、作った本人でさえ未だに配列を暗記していません(入力中は勝手に指が動くのですが)。詳細な配列はここには載せません、興味ある方はklcファイルを同梱していますので、そちらを参照してください。


○ 練習記録

コチラ → http://www1.axfc.net/u/3659593?key=intersteno (xlsxファイル)

 まともに整理してないのでごちゃごちゃですが、各日付における最高記録が羅列してあります。データ解析してみたい方向け。


○ 練習ソフトについて

 主に使用したのはTakiとtyperacerです。Klavaroは最初良さそうかな、と思ったのですが、デッドキー非対応+課題文の用意が面倒ということで、結局ロシア語を10万文字程度打ったくらいでした。typeracerは速度を上げる以外の用途には使いにくいので、typeracerでリズムを掴んでそのリズムをTakiに叩きつける方式がいいと思われます。
Keyhero、10fastfingersは利用なし。たのん様作成の多言語ウェルについても2回程度打ったのみです。ZAV? ステップ3くらいで諦めました。

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