★安倍政権の「大ポカ」を攻めきれなかった野党の「ポカ」ー(田中良紹氏)

安倍政権はTPPの国会審議と熊本地震対応で「大ポカ」を演じながら、

綺麗ごとを旨とする野党勢力によって「ポカ」の印象を薄めることに成功しつつあるのではないか。

昨年末、フーテンは年賀状に「今年は愈々(いよいよ)の年になる」と書いた。

何が「愈々」かと言えば、国内ではアベノミクスのごまかしがきかなくなり、

国外ではアメリカの一極支配の終焉が明らかになるという意味である。

1月に日銀の金融政策決定会合が円安、株高を狙ってマイナス金利の導入を発表すると、

逆に円高、株安が進行し、次いで4月28日に政策の現状維持を決めると、

円は106円台にまで急騰、株価も900円超下げた。

金融政策に頼ってきたアベノミクスの失敗は誰の目にも明らかである。

一方、1月にはTPPの交渉を担ってきた甘利明前経済再生担当大臣のスキャンダルが発覚し、

後半国会の最大の目玉であるTPP法案は審議の見通しが立たなくなった。

それを安倍政権は「秘密交渉」を口実に押し切ろうと考え、

石原伸晃担当大臣に「馬鹿の一つ覚え答弁」をさせることにしたが、

西川公也委員長の内幕本の存在が問題となり、審議は野党が主導権を握る展開となった。

石原大臣の「馬鹿の一つ覚え答弁」で質疑は全くかみ合わない。

野党は速記を止めて審議を中断し、与野党の理事同士で交渉しようとしたが、

審議時間を稼ぎたい西川委員長はそれを認めず審議を続行した。

そのため野党が抗議の退室をしても速記が止まっていないので委員会のマイクは生きたまま、

そこに西川委員長が自民党理事と内幕本の存在を認める会話をしたことが記録された。

「大ポカ」中の「大ポカ」である。

自民党政権時代の社会党や民主党政権時代の自民党なら、

これをネタに政府与党をじっくり時間をかけて追い込んでいくところである。

「西川委員長の下では審議に応ずるわけにいかない」と主張して審議拒否をする場面だとフーテンは思った。

審議拒否をすれば野党も批判されるが、原因が西川委員長の発言にあるとなれば、

テレビはその発言と映像を繰り返し放送することになる。

北海道にはTPPに反対意見が多い。そして4月24日には北海道5区の補欠選挙がある。

それを考えれば、西川委員長の発言を十分に国民に見せつけてから審議に復帰するのが当然だと思った。

ところが野党は粘らない。

フーテンが思ったより早く1週間後の15日にTPP委員会の再開が決まった。

そしてその前夜に熊本地方を激震が襲ったのである。

翌日の審議は当然中止されたが、災害の発生は政府与党を有利にする。

あらゆる面で追い詰められていた安倍政権にとって熊本地震に迅速な対応を見せれば、

危機的状況からの脱出が可能となる。

ところが安倍政権もフーテンの予想とは異なる対応を見せた。

どうしてもTPP法案を成立させたいのか、18日にTPP委員会を開催したのである。

災害対応を重視すべきと主張する野党に対し、

自民党国対は「総理の強い意向」と説明したようだが、

政権の支持を上向かせる災害対応よりも、

北海道5区の補選に不利になるTPP法案の審議を重視したのだから安倍総理は不思議な総理である。

北海道5区の補欠選挙は安倍総理にとって死活的に重要な選挙であった。

敗北すればすべての構想に支障が出てくる。したがって選挙には必死だったはずだ。

であるならば野党も必死で勝ちにいかなければならなかった。

災害が発生すればそれを優先するのは正論だが、

安倍総理の意向というのなら、それに乗ってTPPと西川委員長批判を展開し続ければよかった。

その必死さが野党に欠けていたのではないか。

「正論を主張するのが政治だ」という綺麗ごとが野党に付きまとっている。それでは権力は奪えない。

ところで政権が有利になるはずの熊本地震でも安倍政権には「大ポカ」があった。

現地対策本部長に任命された松本文明内閣府副大臣は、現地入りした途端、

現地の情報を把握もせずに政府の意向を上から押し付けようとして熊本県知事の反発を買った。

しかも政府とのテレビ会議の席上で自分たちの食料を要求したという。

まるで災害対応のわかっていない人物を安倍政権は起用した。

そして民主党政権時の東日本大震災の時と似たようなことが繰り返された。

菅直人元総理が福島原発を視察して批判されたと同じように安倍総理も現地に行きたがったのである。

フーテンは10年余米国政治を見てきたが、

災害や事故が起きてすぐに現地に行く大統領など見たことがない。

それは自分が最高指導者であることを自覚しているからだ。

最高指導者とはすべてを俯瞰で見る立場にいる唯一の存在である。

災害や事故が起きれば、部下を動かして全容を把握し、組織を作り対策を練る。

それが最高指導者の仕事であり、現地に行くのは何らかの指示を直接出す必要が生まれた時だけである。

ところが東日本大震災の菅元総理にも、安倍総理にもそうした最高指導者の資質を見出すことができない。

パフォーマンスとして「被災者に寄り添っている」そぶりを見せようとする。

それが国民に喜ばれると思っているのだろうが、

そんなレベルの人間を指導者に頂く国は不幸である。それを再び感じさせられた。

こうしてフーテンが野党の攻めどころだと思ったTPPの「大ポカ」は記憶の彼方に去り、

与党は今国会の成立を見送ったことで参院選への影響も最小化する方法を考えることになる。

そして政府与党の独り舞台となる地震災害と復興への道が残された。

安倍政権は震災復興をアベノミクスを蘇らせる材料として手に入れたことになる。

フーテンはなんでも政局にすれば良いとは思わないが、日本では正論を主張し、

政策的な議論をすることだけが政治だと思わされている。

それならば学者や評論家が政治家をやればよい。

政治とは政策や正論を実現するためのテクニックであり駆け引きのことである。

そのためには正論だけでなく、アドバルーンを上げたり、脅したり引いたりする汚れ役も必要になる。

4月の安倍政権の「大ポカ」を「大ポカ」にできなかったのは、野党の「ポカ」ではないか。

ただし安倍政権にはまた「大ポカ」があるかもしれない予感がある。

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