★ISDS条項は主権放棄・究極の売国条項であるー(植草一秀氏)

4月10日のNHK「日曜討論」ではTPP問題がテーマにされた。

国会では、安倍政権がTPPの交渉過程について、全面黒塗りの資料を提出した。

他方、衆議院TPP特別委員会委員長を務める西川公也氏が出版予定であった

『TPPの真実-壮大な協定をまとめあげた男たち』(中央公論新社)

には、交渉の内幕が記述されていた。

守秘義務があると言いながら、交渉に関与した公務員が、

西川氏の著書政策のために交渉内容を記述あるいは、情報提供した疑いがあり、

これを民進党議員が国会審議で問い質した。

ところが、石原伸晃TPP担当相は質問に対して真摯に答弁をせず、

西川公也氏ものらりくらりの対応を繰り返した。

民進党と共産党の議員は委員会から退席し、委員会審議は長時間中断した。

その後、民進党および共産党議員が出席しないまま、

西川公也委員長は職権で委員会を再開し、大阪維新の議員が質問を行った。

TPPは日本の根幹に関わる極めて重大な条約である。

野党議員がこの重大な条約の交渉過程について質問するのは当然のことだ。

TPP参加を拙速に推進する安倍政権は、この問題について真摯な姿勢で審議に応じるべきである。

石原伸晃氏や西川公也氏の誠実さに欠ける審議姿勢で国会審議が滞るなら、

安倍政権は今国会での条約批准を断念するべきである。

また、4月24日には、衆議院補欠選挙が北海道5区と京都3区で実施されるが、

主権者は、安倍政権の姿勢をこの選挙で断罪するべきである。

TPPの何が問題なのか。

自由貿易を推進する条約なのだから、日本は賛成するべきだとの意見があるが、

問題の本質をまるで理解しない見解だ。

日本がTPPに参加するべきでない重大な理由が三つある。

第一は、TPPによって、日本が主権を失うことだ。

第二は、TPPの問題は短期ではなく、中長期で考察するべきであるからだ。

第三は、農業=食料、医療、食の安全・安心という、三つの面で、国民生活の根幹を破壊するからである。

「自由貿易の枠組みだから賛成するべきだ」

などという、軽薄で乱暴な議論でこの問題を論じるべきでない。

日曜討論で、主権を損なうISDS条項についての論議があった。

野党議員からISDS条項により、主権が侵害される点の指摘があった。

これに対して自民党の小野寺五典政調会長代理が、ISDSのメリットを強調した。

他国に投資を行う際に、その投資先の政府が、

投資者に多大な損失を与える一方的な措置を取ることに対して、

ISDS条項は、その損失を回避させる重要なツールになるから、

ISDS条項は日本にとってプラスなのだという主張を示した。

この主張に対して、野党議員から目立った反論が示されなかった。

TPPの問題の最重要部分の誤解が、そのまま放置されたまま流される結果が生じた。

野党議員は、ISDS条項の問題点を、小野寺氏の発言を否定するかたちで、

分かりやすく示すべき局面だった。

ある国に投資を行う際、その投資先国家の法体系が不安定である場合、

ISDS条項のような取り決めが、投資者のリスクを減免する。

投資した財産を、投資先の国家が一方的に没収してしまうような理不尽な対応を示したときに、

ISDS条項があれば、投資者は裁定機関に訴え、

裁定機関がその投資先の国家に対して命令を下すことができる。

投資家は蒙った損害を賠償してもらうこともできる。

小野寺氏は、ISDS条項はこのような意味で投資者の利益を守るものだと強調したのである。

この発言に対して、明確な反論を示しておかないと、

視聴者は、ISDS条項は日本の投資者にとって利益をもたらすものであると勘違いしてしまう。

TPPの問題のなかで、これが最重要であるから、私たちはこの点を正確に理解しておかねばならない。

それは、法体系が不安定で、制度が、いつ、どのように改変されてしまうか分からないような国に

投資を行う際には、このような条項を用意することも必要な場合があるかも知れない。

問題は、この取り扱いが日本にも適用されるという点だ。

日本が日本の法体系でさまざまな措置を講じたときに、

日本に投資をした海外の投資者が、その体系によって損失を受けたと、

日本の外の裁定機関に提訴するのである。

そして、その裁定機関が決定を示すと、日本はこの決定に逆らえなくなる。

これは日本の主権の喪失そのものなのだ。

ISDS条項を受け入れるということは、

日本の諸制度が未熟であることを日本自身が認めるということなのだ。

だから、日本のことを日本が決められなくなる。

外資が日本の制度によって損失を受けたと裁定機関に提訴し、

日本の外にある裁定機関が、日本の制度が悪いと決定すると、日本が制度を強制的に変えさせられる。

そして、日本政府が賠償金を支払わされる。

日本が先進国であると自負するなら、

このような主権を投げ出すような条項を受け入れるべきではないのである。

この、もっとも重要な論点についての野党側の反論が十分にはなされなかった。

第二の論点も重要である。

TPPの恐ろしさの本質はISDS条項にある。

ISDS条項の本質は、「強制性」にある。

日本の諸制度、諸規制が、日本の外で最終決定されてしまう。

裁定機関が決定を下すと、日本の意思は無視される。

つまり、日本のことを日本の国民が決められなくなるのである。

公的医療保険制度では、

「いつでも、どこでも、だれでもが

必要十分な医療を受けられる体制を堅持したい」

と日本の主権者が考えても、ISDS条項の影響によって、その制度が破壊されてしまっても、

それを日本の主権者の意思で元通りにすることができなくなる。

食の安全・安心については、有害性が完全に立証されていなくても、

危険がある可能性のある物は、できるだけ排除しておきたいと、

日本の主権者が希望しても、ISDS条項などの要因によって、

それらの危険性のある食品などを排除することが制度的にできなくなると、

日本の主権者は、食の安全・安心を確保することができなくなる。

このような事態が発生する可能性が極めて高いのだ。

ここで重要なことは、これらの変化がいま直ちに生じるというわけではないことだ。

日本がTPPに参加して、TPPが発効する、その日からこのような事態が生じるわけではないのだ。

だからこそ、TPP推進者は、

「いまのところ、そのような心配はない」

ことを、TPP参加推進の根拠に上げる。

しかし、いま直ちにそのような懸念が現実のものにならなくても、

将来、そのような懸念が現実化する可能性があることが問題なのだ。

なぜなら、将来、そのような問題が生じたときに、

ISDS条項で主権を失う日本は、日本の主権者の意思で、制度改変を拒絶できないのである。

これがTPPの最大の落とし穴なのだ。

そして、TPPによって影響を受ける日本の諸制度、諸規制は、ほぼすべての分野にわたる。

農業の問題も極めて重大だ。

安倍政権は農業で打撃を受ける農家に目先の金を配る「TPP対策」を講じるが、

長期的な視点に立つ政策運営スタンスではない。

札束で農民の頬を叩いて、農民を黙らせようとしているだけだ。

このような傲慢な姿勢が問題なのである。

日本社会の根幹を支えている、もっとも大事な柱の一つが、

病気になったときに、

「いつでも、どこでも、だれでも」

必要十分な医療を受けられる体制

である。

これが壊れる可能性が極めて高いのだ。

そのことを、日本の主権者は、冷静に、そして、じっくりと考えるべきだ。

食の安全・安心の問題も極めて重大である。

安全な食品、安心して食べられる食品だけを食べたい、

あるいは子供に食べさせたいと考える主権者は多い。

しかし、TPPのISDS条項が影響して、食品表示義務が改変される、

あるいは、食品添加物の制限が緩和される、などの変化が生じると、

食の安全・安心を守れない状況が生まれるのだ。

そのことを真剣に考えて、

「TPP断固反対!」

を訴えている主権者が多数存在する。

ISDS条項は国の主権を損なう。

だから、自民党も2012年12月総選挙で

「国の主権を損なうようなISD条項に合意しない」

と公約に明記したのである。

TPPのなかの決定的な核心が

ISDS条項

である。

これさえなければ、主権者の意思で、制度の改変は可能になる。

ラチェット条項など、ひとたび受け入れてしまうと、

元に戻せない条項も、ISDS条項と並んで「毒素条項」と呼ばれるが、

それでも、最大の核心はISDS条項である。

ISDS条項が盛り込まれたTPPは明らかに安倍自民党の公約違反なのだ。

これに、もっと光を当てて、TPP批准を絶対に阻止しなければならない。

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