★アベノミクスの何がどのよう問題なのかー(植草一秀氏)

経済アナリストの森永卓郎氏が拙著

『日本経済復活の条件 
 -金融大動乱時代を勝ち抜く極意-』
 ビジネス社/ 1600円+税)

http://goo.gl/tpuazU

の書評を週刊ポストに掲載くださった。

この場を借りて深く謝意を表したい。

本書ではアベノミクスの問題点を指摘し、抜本的な政策転換の必要性を主張している。

政府批判に分類されることからか、積極的な販売姿勢を示してくれる書店が少ないのは事実である。

そのような位置づけにある拙著をわざわざ取り上げてくださったことを大変にありがたく思う。

以下にその内容を転載させていただく。


【書評】『日本経済復活の条件
 金融大動乱時代を勝ち抜く極意』
 植草一秀/ビジネス社/ 1600円+税

【評者】森永卓郎(経済アナリスト)

 著者は、かつて優秀なエコノミストとして、メディアから引っ張りだこの存在だった。

それが、例の事件の後、大学を追われ、メディアからも遠ざかっている。

しかし、失職後の著者を支えたのは、投資家たちだった。

投資家はドライだから、経済分析の中身が優れていれば、それに対して対価を支払う。

著者がリリースしているレポートは、そうした読者に強く支持されてきた。

 そうした経緯から、本書も投資家のための経済分析という体裁を取っている。

しかし、その中身は、著者の日本経済論であり、経済政策論だ。

それも、きちんとしたデータに基づき、論理的で、説得力のある経済分析に仕上がっている。

 著者の分析の切れ味は、前より上がっていると思う。

それは、権力に媚びる必要が一切なくなったからだろう。

著者が既得権勢力と呼ぶ、米国、官僚、大資本、利権政治勢力、マスメディアという権力を、

著者は本書のなかで徹底批判している。誰にも縛られないから、的確な分析ができるのだ。

 そして、安倍政権の政策の基本を「弱肉強食」だとし、

資本優先の成長戦略は、中短期的には株価を上げるが、

長期的には消費の低迷で経済が疲弊すると警告する。

その打開策として、すべての働ける人材を低賃金の労働力として引きずり出すことで、

GDPの拡大を図る。それが一億総活躍社会の本質だというのだ。その通りだと思う。

 そして、本書の指摘で、もう一つわが意を得たのは、

来年4月からの消費税増税は、断念すべきだという著者の主張だ。

いまでさえ、消費が大きく落ち込んでいる状況で、再増税はできない。

 私は、今年6月、翌月に控えた衆参同時選挙の直前に安倍総理が増税凍結を発表すると

考えていたが、著者は参院選後に、凍結発表の可能性もあると言う。

8月以降に消費税凍結を打ち出して総選挙を行えば、東京オリンピックの時に、

安倍総理が総理でいられる可能性が出てくるからだ。

固くなった頭を解きほぐす柔軟剤としても、本書は、役立つのだ。

※週刊ポスト2016年2月26日号

http://www.news-postseven.com/archives/20160217_385337.html

因みに、森永氏が記述された投資家向けレポートとは、

『金利・為替・株価特報』

http://www.uekusa-tri.co.jp/report/index.html

のことである。

安倍政権の経済政策を支持する人もいるだろう。

一方に反対する人もいる。

当然のことだ。

重要なことは、政策の本質を把握したうえで、主権者が自分自身の判断を持つことだ。

自分の目でものを見て、自分の頭で判断する。

これが大事だと思う。

歴史作家の塩野七生女史が

『ルネッサンスとは何だったのか』
(新潮文庫)

http://goo.gl/k7mvS2

のなかで、

「ルネッサンスとは、一言でいえば、すべてを疑うこと」

と記している。

すべてを疑い、自分の目で見て、自分の頭で考える。

この変化が生じたのがルネッサンスであったと指摘している。

いま私たちに求められていることはこれだろう。

メディアの誘導に惑わされずに、自分で考え、自分で判断することだ。

メディアは安倍政権の経済政策をアベノミクスと称して絶賛する。

しかし、その内容は本当に絶賛に値するものであるのかどうか。

メディアが流布する論説を鵜呑みにせずに、その内容を確認し、自分の頭で考えることが大事だ。

判断するのはそのあとでいいだろう。

政策の是非を判断するときに、一番大切なことは、

その政策が誰のために行われるものであるのかを考察することだ。

安倍政権の経済政策の根本には、

「大資本の利益を増大させること」

が置かれている

そして、このことは同時に、

「一般労働者の利益を減少させること」

につながっているのである。

この本質を把握したうえで、その政策の是非を考察することが重要だ。

アベノミクスの内容は二つに分かれる。

マクロ経済政策と構造政策の二つだ。

「アベノミクス三本の矢」と表現されてきたが、

第一の矢=金融緩和

第二の矢=財政出動

はマクロ経済政策であり、

第三の矢=成長戦略

が構造政策である。

経済政策はマクロの経済政策とミクロの構造政策に分けられる。

これが経済政策の基本だ。

ミクロの構造政策とは、経済上の各種規制、制度を定めることである。

アベノミクスは

財政金融政策の発動と

成長を誘導する構造政策=各種規制緩和政策など

を組み合わせたもので、取り立てて固有名詞をつける必要のないものである。

したがって、アベノミクスを評価する際には、

マクロ経済政策が適正なものであるのかどうか

ミクロの各種規制緩和政策などが適正なものであるのかどうか

を吟味すればよいということになる。

私はアベノミクスの

マクロ経済政策のかなりの部分を批判し、

ミクロの各種規制緩和政策などのほぼすべてを批判している。

二つに分けて考えてみよう。

マクロの経済政策について、

2013年に採られた積極的な財政金融政策の発動を、全体としては肯定的に捉えている。

ただし、金融緩和政策については、その必要性を強くは肯定しない。

ゼロ金利に至ったのちの金融政策においては、追加金融緩和措置の効果は限定的であると判断するからだ。

実際、黒田日銀は2年後に2%のインフレ率を実現できると公言したが、現実にはできなかった。

追加金融緩和政策の効果が限定的であったことは現実によって証明されてしまった。

他方、2013年に安倍政権が財政政策運営の基本スタンスを変更したことは正しかったと評価している。

前任の野田佳彦政権が超緊縮の財政政策を実行した。

このために、日本経済は野田緊縮財政不況に陥っていた。

2012年末に第二次安倍政権が発足して、日本株価が急上昇した一つの背景は、

財政政策のスタンス転換による日本経済改善見通しの浮上であったと判断できる。

この意味で、2013年のマクロ経済政策の基本方針は是認できるものである。

ところが、安倍政権は2014年以降はスタンスを大転換してしまった。

2014年度に消費税大増税を強行実施した。

その結果、日本経済は消費税大増税不況に転落した。

「消費税増税の影響軽微」という大キャンペーンとは裏腹に、消費税増税の影響は甚大だった。

アベノミクスのマクロ経済政策の側面は、政権発足後1年で大どんでん返しを演じてしまったのである。

これを私は

アベコベノミクス

と表現してきた。

この意味におけるアベコベノミクスは2016年度に、より強化されて再現される。

2016年度の財政政策は、既往最高レベルの超緊縮状態になっている。

そのうえに、2017年4月の消費税再増税を実行するなら、

日本経済はアベノミクスによって完全に撃墜されてしまうことになるだろう。

いま何よりも必要なマクロ経済政策は、超緊縮の財政政策を、少なくとも中立に戻すことだ。

意味のない追加金融緩和政策の空砲を放つのではなく、

財政政策の超緊縮路線を是正することが必要なのだ。

アベノミクスのより深刻かつ重大な問題は、成長戦略にある。

メディアは口をそろえて、

「成長戦略を確実に実行することが重要」

と唱えるが、これが最大の誤りである。

森永氏が、私の主張を

「すべての働ける人材を低賃金の労働力として引きずり出すことで、

GDPの拡大を図る。それが一億総活躍社会の本質だというのだ」

とまとめて下さり、そのうえで

「その通りだと思う」

と賛意を示してくださった。

安倍政権が推進する、

農業・医療の自由化、労働規制の緩和、経済特区創設、法人税減税

は、そのすべてが資本の利益拡大を目指すものである。

小泉政権誕生後に労働規制が急激に緩和されて非正規労働者が激増した。

この流れを全面推進しているのが第二次安倍政権である。

非正規労働者が4割を占めるようになった。

フルタイムで働いても年収が200万円に届かない労働者が1000万人を超えている。

安倍政権は「一億総活躍」を唱えるが、「一億総浮上」を推進することはない。

「すべての働ける人材を低賃金の労働力として引きずり出すこと」

が「一億総活躍」の内実で、言葉としては

「一億総動員、一億総強制労働」

が適切である。

仕事をしていない生産年齢人口の国民を低賃金労働に引きずり出すことによってGDPのかさ上げを図る。

これが「新三本の的」政策の基本構図である。

ここに隠されているより重大な問題は、生産年齢を超えた国民の扱いだ。

安倍政権の本音は、生産年齢を超えた国民は、

できるだけ速やかにこの世から消滅してもらいたい、というものだろう。

財務省が総力を挙げて、社会保障の切り込みに突き進んでいることに、その本音が表れている。

TPP参加の延長上に混合診療の全面解禁が見えている。

混合診療の全面解禁は、日本の国民医療が、

公的保険医療



民間保険医療

の二本立てに移行することを意味する。

その結果として、公的保険医療の著しい劣化が生じることを間違いない。

金持ちは十分な医療を受けられるが、庶民は十分な医療を受けられない制度が構築される。

この貧困な公的保険医療が、生産年齢を超えた国民の早逝を促進することになる。

現実の因果関係は逆で、生産年齢を超えた国民の早逝を促進するために

公的保険医療の質的劣化が意図的に誘導されることになるのだ。

「一億総棄民=一億総姥捨て」政策が着々と進行していることを、主権者は把握しておく必要がある。

Reply · Report Post