★黒田日銀のマイナス金利導入政策に関する考察-(植草一秀氏)

日銀がマイナス金利採用に踏み切った。

日銀は1月28、29日に金融政策決定会合を開き、マイナス金利採用を決定した。

しかし、採決では賛成5、反対4ということになった。

賛成したのは

黒田総裁、岩田副総裁、曽根副総裁

と審議委員の

原田泰氏

布野幸利氏

である。

原田泰氏が審議委員に就任したのは2015年3月、

布野幸利氏が審議委員に就任したのは2015年7月だ。

原田泰氏は経済企画庁のOB、布野氏はトヨタ自動車の副社長経験者である。

日銀の政策決定会合の議決権を有する参加者は9名である。

5名を押さえると政策決定できる。

原田泰氏は宮尾龍三氏の後任、布野氏は森本宜久氏の後任である。

2014年10月31日の追加金融緩和策決定においては、森本氏は反対票を投じた。

何を言っているのというと、安倍政権は安倍政権の意向に沿う金融政策を遂行するために、

日銀政策決定会合の9名の議決権者のうち、5名を支配下に置いているということである。

金融緩和推進=インフレ誘導

は可能であり、これを実行するべきだと主張する人々が、

リフレ派

と呼ばれる。

安倍政権は国会同意人事を通じて、

第二次安倍政権発足後に起用した5名の総裁、副総裁、審議委員のすべてをリフレ派に染め抜いたのである。

したがって、安倍政権が指示すれば、日銀は安倍政権の指示通りに動く。

これは、政治権力による中央銀行の支配であり、極めて不健全なことである。

権力を握る内閣総理大臣が、中央銀行幹部人事では、

中央銀行の独立性を尊重することが必要だが、このような正論は、安倍晋三氏には通用しない。

安倍政権の支配下に日銀を置いているのだ。

2015年7月に、布野氏が審議委員に起用されて以降は、

日銀の政策決定会合は基本的に極めて意味の薄いものになっている。

政治権力の意向で金融政策が決定されるからである。

今回は、マイナス金利導入を決めた。

市場には驚きが生じ、日経平均株価は476円上昇し、ドル円レートは1ドル=121円台にまで円安回帰した。

『金利・為替・株価特報』2016年2月1日号

http://www.uekusa-tri.co.jp/report/index.html

は、1月29日の印刷・発送で、

この号には日銀によるマイナス金利導入についての考察を盛り込めていない。

そのフォローアップを含めて、本記述を提示している。

金利低下でメリットを受けるセクターを中心に株価が上昇したが、

金融政策の効果波及メカニズムから考えると、効果は未知数である。

この問題は、そもそも、インフレ誘導が可能であるのかどうかなどという問題と深く関わるものである。

リフレ派と呼ばれる人々は、

「量的金融緩和でインフレ誘導は可能である」

と主張してきたが、第二次安倍政権発足からの3年間の現実は、この主張を否定した。

量的金融緩和は大規模に実施されたが、インフレ誘導は成功しなかった。

短期金融市場残高が増大しても、マネーストックが増大せず、

インフレが実現しなかった、と要約してもいいだろう。

そこで、日銀は、今度は短期金融市場残高=ベースマネーではなく、

金利そのものを引下げることを打ち出した。

金利効果に着目したということになる。

しかし、市中の金融機関が日銀に預ける準備預金に対して、

「利子を払う」のではなく、「手数料を取る」ということになると、

市中銀行は、日銀預け金をできるだけ圧縮しようと努めることになるだろう。

この行動は量的金融緩和拡大政策と根本的に矛盾を来すことになる。

サプライズ効果で市場は反応しているが、その効果が持続するかどうか、慎重な見極めが必要である。

つまり、金融政策全体がかなり手詰まりな状況になっているというのが現状なのである。

結論から言えば、事態を立て直すには、財政政策の方針転換が不可欠である。

円高傾向に回帰している為替市場動向を踏まえると、財政政策を超緊縮から、

少なくとも中立に回帰させることが必要不可欠であろう。

タイミング的には、昨年12月1日以降の日本株価下落の波動において、

日経平均株価が約4000円、20%下落した。

上海総合指数は2014年7月が2000ポイント。

これが2015年6月に5178ポイントに大暴騰して、その反動が昨年6月から発生した。

9月に2850ポイントまで下落たのち、3700ポイント近くまで反発したが、その後に再反落。

この1月には2638ポイントにまで下落している。

それでも、2014年7月の大相場始動の水準に比べれば30%も高い。

上海総合指数が2000ポイントから2600ポイントの水準で底入れするのかどうかが

当面の重要な焦点である。

原油価格も1バレル=30ドルを割り込み、金融変動のリズムとして、

底練り反動が想定されるタイミングに差し掛かっていた。

そのタイミングでマイナス金利が提示されたから、それなりの効果が表れたと見られる。

短期の循環変動の側面から考えれば、この流れが暫くは持つ可能性はある。

しかし、再論になるが、金融政策の効果波及メカニズムから考えると、

マイナス金利政策



量的金融緩和政策

との整合性が成り立ちにくい面を否めない。

ミルトン・フリードマンなどの、いわゆるマネタリストと呼ばれる経済学者が見出した経験則は、

マネーストックと名目取引量の連動関係だった。

マネーストックの増大が名目取引量、名目GDPを増大させる。

マネーストックを増大させれば、インフレ率を引き上げられる

あるいは、

マネーストックを減少させれば、インフレ率を引下げられる

というものだった。

この意味で、重要なことは、マネーストックを増大させるということになる。

ところが、短期金融市場に中央銀行が資金を大量供給しても、マネーストックが増大するとは限らない。

現実に、日本ではベースマネーの大量供給が実施されてきたが、マネーストックは大幅には増大しなかった。

結果として、インフレ誘導にも失敗した。

マネーストックが増大するためには、金融機関の対市中での与信が拡大することが必要だ。

銀行貸出が増大して、初めてマネーストックが増大する。

市中銀行に対する中央銀行のベースマネー供給=準備預金量増大策は、

市中銀行が対市中での与信を拡大させる必要条件ではなるが、十分条件ではない。

準備預金は増えたが、銀行が対市中での貸出を増やさないことがあり得るからである。

実際に、この3年間の現実は、このことが発生したことを示している。

1月29日の東京株式市場では、銀行の株価が下落した。

マイナス金利は、銀行が日本銀行から受け取る利息収入を大幅に減少させる恐れがあり、

銀行の収益が悪化することが懸念されたのである。

銀行はマイナス金利が適用される部分の準備預金量を節約しようとするだろう。

この行動が、ベースマネーを減少させる恐れがある。

そうなると、これまで推進されてきた

量的金融緩和政策

との整合性が取れなくなる。

マイナス金利導入で長期金利も低下して、史上最低金利を更新した。

その影響で、金利低下で恩恵を受けるセクターの株価が上昇した。

これは順当なことである。

金融機関は余資を振り向ける先を外貨に求める可能性がある。

このマネーフローが円安を促す可能性もある。

しかし、円安が進行して恩恵を蒙るのは輸出大企業だけであることが、

これまでの3年間の経験で明らかになっている。

労働者や年金生活者にとって、円安とインフレ率上昇は百害あって一利のないものだ。

実質賃金は減り、年金の実質価値は減り、虎の子の貯金の実質価値が減少するからだ。

こうした政策決定に、輸出大企業幹部が関与するということも正当な状況ではない。

円安と歓迎する輸出製造業出身の日銀審議委員はマイナス金利政策に賛成し、

円安でデメリットを受ける電力会社OBの日銀審議委員は

量的金融緩和政策に反対票を投じるというのは、分かりやすいが、

そもそも、日銀の政策決定が、こうした利害関係で決定されることがおかしいのである。

マイナス金利導入で、目先は局面の変化があり得るが、

日本経済を国民目線でしっかりと引き上げる経済政策が検討されなければ、

今回の政策決定も弥縫策の域を出ないことになるだろう。

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