★国民資産を守るにはGPIF運用方針再改定不可欠ー(植草一秀氏)

8月から9月の株価下落で、公的年金が巨額の損失を計上した。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は11月30日、

2015年7―9月の運用損失が7兆8899億円になったと発表した。

年金資産の積立金は135兆1087億円と、

過去最大に膨らんだ6月末の141兆1209億円からおよそ6兆円減少した。

141兆円の運用資金があり、7-9月の3ヵ月で約8兆円の損失を出した。

これは大問題である。

1兆円というお金がどれほどのものか。

実感できる人はほとんどいないだろう。

体感で捉えるために次の例を提示しておこう。

毎日100万円を使い続けて、1兆円使い切るにはどれだけに日数がかかるか。

計算すると、約2700年かかる。

1兆円というお金は、その程度の金額だ。

8兆円ということになると、毎日100万円使い続けて、これを使い切るには約2万1000年かかる。

8兆円のお金を1億人に、均等に配分すると、一人8万円になる。

すべての日本国民に、もれなく8万円ずつ配布することができる金額。

それが8兆円である。

安倍政権は昨年10月31日に、

公的年金資金=GPIFの資金運用配分比率を変更する運用改革案を正式に認可した。

新しい資金配分比率は

国内債券35%、国内株式25%、外国債券15%、外国株式25%

である。

従来の資金配分比率は

国内債券60%、国内株式12%、外国債券11%、外国株式12%

だった。

この変更を昨年10月31日に正式認可した。

国内株式は12%から25%に増加。

外国証券は23%から40%に増加。

当時の残高130兆円を基準にすると、

国内株式に17兆円の資金が、

外国証券に22兆円の資金が

振り向けられることになる。

この決定を背景に、昨年10月末から12月にかけて、

日本株価が急上昇し、為替レートが大幅円安・ドル高に振れた。

これは、12月14日に実施した衆議院議員総選挙に向けての、

人為的操作

であったと考えられる。

このことを背景に、昨年10月末から12月末にかけての相場変動は、

「官製相場」

と呼ばれている。

しかし、GPIF130兆円の資金のうち、

60%の構成比を占めていた国内債券の比率が35%に引き下げられることになった。

国内債券に振り向ける資金量は33兆円も減ることになる。

GPIFが国内債券を33兆円も売却すれば、債券市場では大暴落が起こる。

債券価格の暴落とは、長期金利上昇を意味しており、

日本の金融市場は大混乱に見舞われるところだった。

ところが、同じ10月31日に、日銀が追加金融緩和を決定した。

日銀が1年間に70兆円も国債を買い入れることが示されたのだ。

国が発行する国債は年間35兆円程度である。

70兆円の国債買入れは、国が発行する国債を、すべて日銀が引き取り、

さらに、これとは別に国債を35兆円買い入れるという数値である。

二つの決定をよく見比べていただきたい。

GPIFの運用基準の変更は、それだけを単独で実施するなら、

100%の確率で債券市場の大暴落を引き起こす。

国内債券が33兆円も売られることになるからだ。

この決定に合わせて、日銀が追加金融緩和を決定した。

GPIFが売る国債も、全額日銀が引き取ることが明示されたのである。

その結果、債券価格がまったく値下がりせずに、株価上昇とドル高だけが実現した。

ウルトラ官製相場

だったのだ。

すべては、12月14日の選挙で安倍自民党が勝つための操作=相場操縦だった。

しかし、比率変更で相場を動かせるのは1回だけだ。

あとは、資金配分比率に応じて、相場変動のリスクをそのまま受けることになる。

そして、7-9月の3ヵ月に8兆円もの大損失を生み出したのである。

年金資金はGPIFのものではない。

年金加入者のものである。

だから、その運用にあたっては、

まず、

安全性

が最重視され、そのうえで、つぎに、

有利性

が重視される。

逆ではない。

ハイリスク・ハイリターン

を求めないのが、年金資金運用の基本哲学である。

だからこそ、従来は資金配分の6割が国内債券に振り向けられていた。

債券価格は変動するが、債券の特徴は、満期まで保有すれば、額面の金額が必ず償還されることだ。

満期保有すれば、運用利回りは購入した時点で確定できる。

リスクを嫌う投資に適した運用対象なのである。

もちろん、資金調達した側が破綻してしまうと、債務は履行されない。

債務不履行=デフォルトのリスクはある。

しかし、デフォルトがない限り、利回りは確定する。

したがって、債券運用を行う場合には、運用対象のリスクを十分に吟味しなければならない。

破綻、倒産の可能性がまずない、と判断できる発行体を投資対象にするのだ。

そのリスクを判定する際の参考情報を提供しているのが格付機関である。

AAA=トリプルエーなどのリスク評価段階が設定されて、

それぞれの投資対象のリスクが絶対基準で表示される。

ただし、サブプライム金融危機が発生したときには、

AAAの格付けを得ていた金融商品のデフォルトが大量発生したから、格付は絶対でない。

あくまで参考指標である。

本年6月時点では、GPIF残高が140兆円に達していた。

140兆円の資金の25%を株式に投入すると、その金額は35兆円。

2割株価が下落すれば7兆円の損失が生まれる。

GPIFが8兆円もの損失を出すのは、容易に推察できる。

問題は、こうした運用が正しいのかどうかである。

日経平均株価は1989年末に38915円の高値をつけた。

それが、2009年3月に7054円にまで下落した。

20年間の下落トレンドを辿り、5分の1以下に暴落した。

その株価が、上昇に転じて、2015年6月に20868円にまで上昇した。

株価の変動は大きいから、株価が上昇する局面でのリターンは大きいが、

株価が下落する局面での損失もまた大きい。

民間の年金運用機関では、定期的に運用比率の見直しを行うのが一般的である。

国内債券、国内株式、外国株式、外国債券

への運用比率を決めて、それを長期に維持することは適正でない。

資金運用環境は短期、中期、長期のすべての面において、変化するからである。

まあ、GPIFは自分自身で運用を行っているわけではない。

民間事業者に運用を委託している。

そして、2013年度でも260億円もの運用手数料を、これらの金融業者に支払っているのである。

運用資金は公的年金の資金なのだ。

安全をまず優先し、そのうえで有利な運用を行う責務がある。

8月中旬の人民元切下げの局面で、『金利・為替・株価特報』

http://www.uekusa-tri.co.jp/report/index.html

は、警戒警報を発令した。

株価は最高値水準で推移していたのであるから、

日本株式については、日経平均先物などで、

フルヘッジに近い対応を採っておかしくない局面であったと思われる。

年金資金の運用委託は、巨大な手数料利権を生み出している。

運用実績の公表と、

その運用実績のパフォーマンスによる運用事業者の入れ替えなどを公正、透明に

実行しなければならないことは当然である。

事業者選定においては、競争入札を用いるべきである。

事後的な運用成績に基づく、成功報酬とすることも検討するべきなのだ。

国民の公的な年金運用のうち、

比較的リスクが限定される国内債券は

35%に限定され、

残りの65%が

リスクの高い資産に振り向けられる。

さらに、ハイイールド債にも資金が投下されているが、

これは、上記の格付で分類すれば、

リスクが高いことがあらかじめ表示されている資産ということになる。

金融市場変動に対して機敏に対応して、資金運用を行い、

高いリターンを得られるなら、それに越したことはないが、

公的資金でそれを実現するのは不可能であるし、またするべきことでもない。

年金資金運用の基本は、かつての資金運用部資金法が定めていた通り、

「確実かつ有利な方法での運用」

でなければならない。

ましてや、選挙に勝つために公的資金で相場操縦するなどという行為は、

厳に慎まれなければならないのである。

運用比率を決めてその比率を維持するだけなら、

何十社にも運用を委託して、巨額の手数料を支払う必要などない。

代表的な企業は、多くのパッケージで提示されているのであるから、

一定のルールに従って資金配分を自動的に決定すればよいだけのことである。

公的年金運用の管理について、国会で十分な論議を行うことが求められている。

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