★忘れやすい生き物だからこそ憲法9条は重要なのだー(天木直人氏)

オウム事件の菊地被告が控訴審判決で無罪になった。

 その記事を読んでいると、

裁判員の一人が昔のことだからよくわからないと語っている個所に出くわした。

 オウム事件が起きたのは1995年だった。

 わずか20年前の事件が風化しているのである。

 もし菊池被告が事件直後に捕まって被告席に立たされていたら無罪判決はなかっただろう。

 今度の判決の司法的妥当性については様々な意見があるだろう。

 感情で判決が左右されてはならないというのもその通りだろう。

 しかし、刑事事件の判決は、その犯罪の正しい認識に基づいてなされなければいけないのも事実だ。

 伝言や状況証拠だけで判決を下さざるを得ないとしたら不幸だ。

 今度の判決を報じるメディアを見ていると、

裁判官も弁護士も評論家もメディアも世論も、この事件の深刻さから遠のいている。

 忘れているか、つとめて忘れようとしているごとくだ。

 おなじことはイラク戦争についても言える。

 ブッシュの米国がイラクを攻撃したのはわずか12年前だ。

 いまはシリアの空爆を誰も批判しない。

 米国のイラク攻撃は遠い昔の事のように忘れ去られている。

 私が何を言いたいか。

 それは、70年前の戦争と敗戦の体験を、

日本国民はすっかり忘れてしまったのではないかと思えてならないからだ。

 それは、戦争を経験した国民がこの世からすっかり去りつつあるというだけではない。

 語り継ぐ大切さえ、忘れ去られようとしているのではないかと思えるからだ。

 人は忘れやすい生き物だという。

 確かにすべてを覚えていたら生きて行く事は辛すぎる。

 しかし、その事と、忘れてはならない事を忘れ去る事とは違う。

 忘れてはならない事を忘れまいとする努力。

 それを、つとめて行おうとする者こそ憲法9条を大切にする者であると思う。

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