★政府と自民党の対応を憲法の立場から糾弾したBPO意見書ー(田中良紹氏)

放送倫理・番組向上機構(BPO)は6日、

NHKの報道番組「クローズアップ現代」のやらせ疑惑について、

「重大な放送倫理違反があった」とする意見書を公表したが、

その中でNHK以上に批判の矛先を向けた相手は総務省と自民党である。

総務省と自民党は憲法が保障する「表現の自由」を無視する行為を行ったとBPOは厳しく非難した。

1970年代からテレビ・ドキュメンタリーを作ってきたフーテンから見て、

最近のテレビは「やらせ天国」のように見える。

昔はテレビに映されることを拒否する人間が多く、撮影の許可を取るのは一苦労だった。

撮影する側とされる側の「垣根」をなくすには時間が必要で、

その時間によって作られる人間関係の延長にドキュメンタリーの制作はあった。

しかし最近は「よくこんなところまで映させる」と思う映像がテレビにあふれている。

テレビに映りたい人間が多く、撮影する側とされる側の「垣根」がないように見える。

そうなるとフーテンの目には両者が馴れ合い、ある種の「やらせ」を演じているようにしか見えない。

問題となった「クローズアップ現代」の「追跡“出家詐欺”」では、

多重債務者に債務を免れる方法として出家を促すブローカーのやりとりが隠し撮りされていた。

これは当事者の協力なしに撮影できる映像ではない。

それをNHKはスクープ映像として放送した。

「スクープという言葉がチープになった」とフーテンは思った。

後に分かったのは多重債務者とブローカーは友人で、やりとりはNHKと打ち合わせ済み、

隠し撮りも演出上の方法だった。

そもそもこの番組は昨年4月に関西ローカルで放送され、

それがスクープ映像満載との理由で全国放送の「クローズアップ現代」に持ち込まれ、

一部を修正して5月に全国放送されたものである。

つまり番組制作者が行った「やらせ」を周囲は誰も見抜けなかったか、

あるいはその程度は日常化していて誰も「やらせ」とは思っていなかったのである。

それが放送から10か月後の今年3月、

出家詐欺のブローカーとして番組に登場した男性が週刊文春で「やらせ報道」を告発した。

NHKは4月3日に調査委員会を立ち上げ、

28日に「事実の捏造につながるいわゆる『やらせ』はない」との結論を出した。

多重債務者が出家を考えていたのは事実で、

紹介された男性をブローカーと信じたのはやむを得なかった。だから捏造でないというのである。

ところがNHKが調査報告書を出したその日に、

高市総務大臣はNHKに対し文書による厳重注意処分を行った。

処分の理由は放送法4条にある「報道は事実をまげないですること」に抵触したという。

NHKが調査報告書を出した数時間後に総務大臣が行政処分を行うというのはいかにも早すぎる。

NHKの調査報告を十分に検討する事もなく、

あらかじめ決められた日程に従って行政処分が出されたように思える。

あらかじめ決められた日程とは、

週刊文春がNHKの「やらせ疑惑」を報道した今年3月から決められていたという意味である。

つまりチープなスクープを放送したことがNHKの処分を狙っていた側に付け込まれた可能性がある。

処分の時期は国会でいよいよ安保法制の審議が始まる直前である。

そしてその時期には自民党もこのやらせ疑惑を問題視し、

またテレビ朝日の「報道ステーション」でゲストコメンテーターが政権批判を行った事と併せ、

NHKとテレビ朝日幹部を党本部に呼びつけ事情聴取を行っていた。

安保法制の論議が始まる前に、一方では政権予党がメディア幹部を呼びつけ、

もう一方で総務大臣が行政処分を行う。これはNHKとテレビ朝日を対象にしながら、

むしろその他のテレビ局やメディアを委縮させる効果を狙っている。

メディアを委縮させる事が安保法制を成立させるために必須だと彼らは思っていたのである。

だから6月末に自民党若手が勉強会を開き、

外に聞こえるようにテレビ局の広告収入を減らす方法を議論した。

またNHKの「クローズアップ現代」は、昨年の7月に菅官房長官が生出演した時、

集団的自衛権の閣議決定を宣伝しようと考えていた官邸がキャスターの質問に怒り、

NHK幹部を平身低頭させたと報道された。

それ以来番組は政府与党から目を付けられておりチープなスクープが利用された。

BPOは意見書の中で、番組は裏付け取材をする事もなく、

安易に情報提供者の言葉を信じ、視聴者に誤った情報を伝えたとして、

重大な放送倫理違反があったとする一方、批判の矛先を総務大臣と自民党に向け、

総務大臣が行政処分の根拠とした放送法4条の条文は放送事業者が

自らを律するための「倫理規範」で、総務大臣が個々の放送番組に介入する根拠ではないと断じた。

時の政府が政治的な立場から放送に介入する事を防ぐために放送法は

「放送事業者の不偏不党」や「自律」を保証している。

ところが番組内容を規制するために放送法が適用されれば

憲法21条が保証する「表現の自由」に違反する事になる。

また自民党に放送局を呼びつけて説明を求める権限はなく、

その行為は放送に対する圧力そのものであると厳しく非難した。

安倍政権による安保法制の決定過程は広く国民に

「民主主義」と「立憲主義」を考えさせる契機を与えた。

今や安倍政権はそこから目をそらさせる事に必死で、

経済と外交に活路を求めパフォーマンスにいそしんでいる。

しかし本人とその周辺が考えるほどそれは国民に伝わっていない。

むしろ自民党内の安倍離れが次第に鮮明になってきた。

そうした時に発表されたBPOの意見書は憲法と放送法の説明に紙数を割き、

政府与党の対応を厳しく批判するものになった。

この夏の安保法制を巡る政治過程の影響が様々な所に沈潜しているとこれを見て思う。

政府与党は目障りなBPOに圧力をかける方法を考え始めるだろうが、

それがまた国民に「民主主義」と「立憲主義」を考えさせる契機になる。

そうやって民主主義は前進していく。

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