★凋落するアメリカと追随する日本に感じる虚しさー(田中良紹氏)

1991年12月に旧ソ連が崩壊しアメリカが唯一の超大国として世界を統治し始めた頃、

フーテンはワシントンに事務所を構え米議会情報を収集して日本の政党、官庁、企業などに販売していた。

当時のブッシュ(父)大統領は湾岸戦争に勝利した事で支持率は90%近く、

翌年に行われる大統領選挙での再選も確実視されていた。

ブッシュは「新世界秩序(ニュー・ワールド・オーダー)」を口にし、

冷戦という分断の時代の後に対立なき世界の構築を目指していた。

湾岸戦争は国連主導の軍隊が侵略戦争をやめさせた歴史上初めてで唯一のケースである。

第一次世界大戦で悲惨な戦争を経験した国際社会は主権国同士が武力で争う事を禁じ、

武力的解決を国際連盟の手に委ねようとした。

しかし国際連盟にアメリカが参加しなかった事などから理想は実現されず、

人類は再び世界大戦の愚を繰り返した。

そして第二次大戦後に作られた国際連合も米ソの対立によって安全保障理事会は機能できず、

有刺鉄線とコンクリートの壁が東西を分断した。

それがイラクのクウェート侵攻に際して国際社会は初めて一致した行動を取ることが出来た。

ブッシュはポスト冷戦に「統一された世界政府による恒久的な平和体制」を構築しようと考えた。

ところがそれから四半世紀後の現在、アメリカは世界政府どころか、世界各地で戦争を行い、

孤立化への道を歩み出している。

フーテンの目には冷戦の勝利が皮肉にもアメリカ凋落の第一歩に見える。

また冷戦構造のおかげで経済大国に成長した日本も冷戦が終わったところから苦難が始まり、

それが占領体制からの脱却を悲願としてきた日本政府に、

これも皮肉な話だがアメリカ依存を強めさせている。

凋落するアメリカとそれに追随する日本の姿をフーテンの目でトレースしてみる。

政治は一寸先が闇だと言うが、支持率が90%近く再選を確実視されていたブッシュは、

あっという間に戦後生まれで無名の田舎の州知事に大統領の座を奪われた。

理由は前任のレーガン大統領が作った「双子の赤字」を解消するために行った増税と、

妊娠中絶を認めない最高裁判事を任命したことに国民が反発したからである。

こうしてアメリカに戦争を知らない世代のクリントン大統領が誕生し、

ブッシュ大統領の「新世界秩序」は日の目を見ずに終わった。

クリントンはIT技術と金融によるグローバリゼーションを推進し、

一方で日本経済をソ連に代わる敵と位置付け、打ち負かすことを目標とした。

家電と自動車で世界をリードする日本経済にアメリカがぶつけてきたのはデジタル技術である。

技術力のない発展途上国はすぐにデジタルに切り替えられるが、

長年アナログ技術に投資して先頭を走ってきた日本は簡単にできない。

韓国や中国が早々にデジタルを導入する中で日本だけは立ち遅れを余儀なくされた。

また冷戦の終結によってアメリカはヨーロッパからアジアに目を向ける。

クリントンは「太平洋の時代が始まる」と宣言し、

敵と位置付けた日本を無視する一方で、

中国とは「戦略的パートナーシップ」を結び中国市場を国際社会に開いた。

それがバブル崩壊後の日本経済の停滞と中国経済の成長の背景にある。

一方でクリントンのアメリカは「人権」や「人道」を理由に東欧、アフリカ、中東の内戦に介入し

世界最強の軍事力を各地で見せつけた。

それがアメリカの価値観の押し付けと相まって世界に軋轢を引き起こす。

しかしクリントン政権時のアメリカは経済が好調で「双子の赤字」も解消され、

冷戦後もっとも繁栄を感じさせた時代であった。

それがブッシュ(子)政権で暗転する。

アメリカによる価値観の押し付けに最も反発したのはイスラム社会だが、

キリスト教原理主義の影響を受けたブッシュ(子)大統領の登場は憎悪を激化させ、

米国本土で起きた9・11テロによって報復の連鎖が生まれ、

ブッシュが宣言した「テロとの戦い」は終わりの見えない泥沼にアメリカを引きずり込む。

一方、国内ではレーガン政権以来の新自由主義経済が格差を拡大し

アメリカ社会は深刻な分断に陥った。

その泥沼からの脱却を託されたオバマ大統領は、

それまでの大統領にはできなかった「核廃絶」や「国民皆保険」を目標に掲げ、

妥協を重ねながらも前政権の負の遺産を清算しようとした。

しかし「テロとの戦い」が生み出した秩序の破壊は想像以上に大きい。

「テロとの戦い」をやめようとすると、それが新たな波乱要因となって次の「テロと戦い」が生まれる。

例えば「イスラム国」を制圧するための行動がロシアに介入の口実を与えて

シリアの内戦を激化させ、アメリカは引くに引けない状況に陥る。

またイランとの核交渉をまとめるとそれがサウジアラビアやイスラエルの疑念を招いて

中東情勢がさらに不安定化する。

中東からアジアに軸足を移そうとしても移せない状況が生まれて戦線は拡大するばかりになる。

かつて最強の同盟関係を誇ったイギリスはイラク戦争の反省からアメリカと距離を置き、

代わりに同盟関係を強めたオーストラリアも選挙でアメリカ寄りの政権が交代し

先行きは不透明である。アメリカはまるで孤立化の一途を辿っているように見える。

ついには軍事力でアメリカと肩を並べるプーチン大統領のロシアと、

そして軍事的台頭著しい中国とを相手にオバマのアメリカは緊張関係に陥らざるを得なくなった。

現在の世界はまさに第三次世界大戦の前夜的状況と言っても過言でない。

ところがこれが軍需産業にとっては喜ばしい。

世界の武器取引量は1960年代から80年代前半まで増加の一途を辿ったが、

冷戦の終焉で2002年まで減少が続き、取引量は80年代初めの半分以下になった。

それが昨年は6割まで回復したというのである。

軍需産業は敵を共産主義からイスラムに代えた事で再び金儲けのチャンスを掴み

それを拡大しようとしている。

だから「イスラム国」は世界中を敵に回しても消滅せずに存続し続けることが出来る。

またオバマにアフガニスタンからの米軍撤退を断念させたのは

「国境なき医師団」の病院への誤爆だが、誤爆なのか意図的なのかは誰にも分からない。

こうした見方が事実だとすれば、

アメリカは湾岸戦争の時代からとんでもなく遠いところに来てしまった。

20世紀初頭にアメリカのウィルソン大統領や作家のH.G.ウエルズが戦争をなくすために考え、

ブッシュ(父)大統領も構想した「新世界秩序」が、金儲けのために全否定されているのである。

これをアメリカの凋落と言わずに何と言うべきか。

一方、戦後アメリカに占領された日本は、

第一次大戦後の国際社会が理想とした「戦争放棄」の憲法をアメリカから「押し付け」られた。

ところが冷戦が始まるとアメリカは日本に再軍備を要求しアジアの戦争に

日本人の血を流させようとする。吉田茂はアメリカの要求を憲法を盾に拒否し、

軍事ではなく経済に特化する路線を敷いて日本を経済大国に導いた。

ところが湾岸戦争で人的貢献を行わなかった日本はアメリカから非難され、

それがトラウマとなって安倍政権は遂に集団的自衛権の行使容認を閣議決定する。

そして国民の懸念を振り切り安保法制を強行可決した。

孤立化するアメリカにとって今や日本は言いなりになる数少ない同盟国だが、

凋落するアメリカとそれに追随する日本の姿に、フーテンは限りない虚しさを感ずる。

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