Ting2012

TING · @Ting2012

27th Oct 2015 from TwitLonger

ICJと強制管轄権 Ver1.2


日本政府が10月6日付けでICJの強制管轄権の中から海洋生物資源の調査、保全、管理、ないし開発に関わるいかなる紛争を除外する宣言(http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000103330.pdf の最後)をしたことをうけ、今後はICJで訴訟を起こされても受けて立たないhttp://togetter.com/li/890170 などというバ●丸出しのタイトルに釣られた方や、漁業問題を専門としておられる方(https://twitter.com/katukawa/status/657006543464894465)のツイートのせいで、 国際法に疎いツイッタラー民が「国際法の軽視だ!」とか噴き上がってる地獄絵図が現在観測されております。

ちなみに端的に最初に結論だけ申し上げておきますと、上記のまとめのタイトル及び、ツイートの発言内容には事実誤認や問題の混同が見られます。

幸いにも私がそこそこ理解している分野ですので、国際司法裁判所についての説明(主に強制管轄権について)と今回の日本政府の宣言がどのような意味合いを持つのかについて、この場を借りて説明し、皆様のご理解の一助になればなーと思っております。

●そもそも国際司法裁判所とは?
さて、まずは国際司法裁判所(International Court of Justice:以下ICJ)についてですが、ICJは国際連合における主要機関のうちの一つで、国連憲章第92条に規定があります。名前の通り、国際社会における裁判所です。
・ICJのお仕事
主な仕事としては、国家間の紛争の解決や、国連総会等からの要請に応じた意見を出すこと(勧告的意見)が挙げられます。このうち、国家間紛争の解決のために出された判決には国連加盟国を法的に拘束する働きがあります(国連憲章第94条)。逆に、勧告的意見には法的な拘束力はありませんが、ICJの裁判官には基本的に国際法の権威ばかりが登用されるので、国際法の解釈としては尊重する必要があります。
・ICJの対象
ICJは国家間の問題を扱う裁判所ですので、裁判を起こすことができるのは国家のみ(ICJ規程第34条1)となっています。
ですから、日本の捕鯨裁判においてはオーストラリアが事件の付託をしています。
・ICJの管轄権(国家間紛争をICJで扱う権利)
国家というものは独立性が最重要視されますし、独立国家は裁判所の管轄権を強制されることは国際法上確立されている(PCIJ:ICJの前身 東部カレリア事件勧告的意見)ので、基本的に国家間でなんらかの合意(ICJでこの事件の裁判するよ!って合意)がない限りはICJは動くことが出来ません。
ICJとはある意味対極に位置する(国家⇔個人)個人を裁く常設の国際法廷には国際刑事裁判所があります。これは今回の件と関係がないので省略します。興味がある方は調べてみてはいかがでしょうか。

●義務的管轄権とは?
国家がICJ規程における当事国となる際に、特定の宣言を行い、その宣言中の条件を満たした場合にICJに国家間の紛争を無条件で付託(ICJに裁判を任せ)する制度です。
規程には次のようにあります。
>ICJ規程36条2
>この規程の当事国である国は、次の事項に関するすべての法律的紛争についての裁判所の管轄を同一の義務を受諾する他の国に対する関係において当然に且つ特別の合意なしに義務的であると認めることを、いつでも宣言することができる。
>a. 条約の解釈
>b. 国際法上の問題
>c. 認定されれば国際義務の違反となるような事実の存在
>d. 国際義務の違反に対する賠償の性質又は範囲
>3.前記の宣言は、無条件で、多数の国若しくは一定の国との相互条件で、又は一定の期間を付して行うことができる。

つまりは、前もって同一の義務(ICJ管轄権を認める)を認める国家との国際法的な紛争を解決する際には相互の宣言の範囲内の事柄においてICJに異議なく付託します!って宣言です。これが俗にいう「選択条項(受諾)宣言」です。
前述したように、ICJへの付託は基本的に合意によって成り立つものですから、国家がその付託を合意する範囲を設定するのは国際法上も問題のないお話です。日本政府が今回行った留保もこの規程による宣言へのものであって、ICJを脱退するというようなお話では一切ありません。ちなみに留保というのは条約などにおいて「ここはちょっと私の国では適用されないけど許してねテヘペロ」みたいな感じの宣言てか通告で、国家に広く認められた権利です(条約で特別の制限がある場合を除く)。類似のものに解釈宣言がありますが省略。

で、その選択条項の受諾宣言を行っている国家ですが、2015年10月現在において国連加盟国193カ国のうちわずか72カ国に留まっております。逆を言えば、残りの121カ国は合意なしにはICJの管轄権を一切認めない、ということです。
また、選択条項受諾宣言を行っている国家の中でも、通告によって宣言を即時に撤回できるよ!って留保をしている国家など、それ受諾宣言してる意味あんの?って内容の留保を行っている国家がかなりの数に登っています。それはそれで批判があるところではありますが…。

●つまり?
ともかく、選択条項受諾宣言自体を行っている国家が国際社会においては少数であり、その中で選択条項受諾宣言を行っている日本政府が今回追加した留保は他の選択条項受諾国家も多かれ少なかれ似たようなことをやってて、国際法上においても広く認められている、ということです。
また、当たり前のお話ではありますが、この留保はすでにICJで確定した判決の効果を覆す効力なんぞ一切ありません。

●日本政府の意図について
さて、強制管轄権のお話はこの辺にして、
せっかくですから現在の選択条項受諾宣言と留保の内容も見てみましょう。
>A)国際司法裁判所規程第36条第2項にもとづく宣言
>日本42
>2015/10/6
>本使は外務大臣の命により、日本国が、国際司法裁判所規程第36条2の規定に従い、1958年9月15日以降の事態または事実に関して同日以後に発生するすべての紛争であって他の平和的解決方法によって解決されないものについて、国際司法裁判所の管轄を、同一の義務を受諾する他の国に対する関係において、かつ、相互条件で、当然に且つ特別の合意なしに義務的であると認めることを日本国政府のために宣言する光栄を有します。
>上記の宣言に関し、日本国政府は以下のことについては適用がないものとします。
>(1)当事者が仲裁裁判または司法的解決のために付託することに合意したか合意する全ての紛争。
>(2)紛争の他のいずれかの当事国が当該紛争との関係においてのみ若しくは当該紛争を目的としてのみ国際司法裁判所の義務的管轄を受諾した紛争、又は紛争の他のいずれかの当事国による国際司法裁判所の義務的管轄の受諾についての寄託若しくは批准が当該紛争を国際司法裁判所に付託する請求の提出に先立つ12ヶ月未満の期間内に行われる場合の紛争
>(3)海洋生物資源について発生した紛争、海洋生物資源の調査に関して発生した紛争、海洋生物資源の維持、管理に関して発生した紛争

>日本国政府は国連事務総長に宛てた、通知の瞬間から効力を持つ書面による通知によって、いつでも現在の宣言の修正または終了をする権利を留保します。
(後略)
追加されたのは(3)とその後の文章です。つまりは、海洋生物資源に関する紛争の除外と、選択条項受諾宣言の即時修正・終了条項が追加されたということですね。

次に日本政府の意図について見てみましょう。
日本政府は今回の留保を追加した意図について、http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000103330.pdf に
「科学的・技術的見地から専門家の関与に関する具体的な規定が置かれている国連海洋法条約上の紛争解決手続を用いることがより適当であるとの考えに基づいて,我が国の宣言を修正した。」
とあります。
これの妥当性を検証すると、ICJというのはあくまで国際法の専門家の集まりであって、捕鯨とかそういうのの効果を検証できる専門家は基本的にはいません。ですから裁判の際も参考意見としてそういう専門家を呼んだりするわけです。日本政府としては、「日本の捕鯨の科学的な貢献は知られた話なのにICJの(捕鯨)素人が…」って感じだと思います。日本の捕鯨の貢献とかそういうのについてはhttp://fkpg.net/?p=484を参照。

つまるところ、こういう海洋資源に関してはより専門的な知見からも検討が可能である紛争解決手続が適当であると考えたというお話です。もちろん、この紛争解決手続も上記にあるように「国際海洋法条約」の紛争解決手続であって、国際法に沿ったもの(というか国際法そのもの)ですので、国際法を軽視している!という話ではありません。
また、国連憲章第33条には次のようにあります。
>第33条
>1. いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危うくする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。

ここで重要なのは、“当事者が選ぶ”というところです。基本的に紛争当事者はその平和的解決方法を平和的な手段の範囲において自由に選ぶことができる、ということです。

したがって、日本が海洋資源の事柄に関して、ICJの管轄権を除外して国際海洋法条約における紛争解決手続を用いることを決めた今回のお話は国連憲章ならびに慣習国際法にも認められた国際法上正当な権利の行使であって、国際法の軽視ではない、ということです。

参考文献やページ
・有斐閣 国際法 第5版
・西谷 元 著 国際法資料集
・外務省国際法局国際法課 国際司法裁判所(ICJ)について http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000103330.pdf
・ICJのプレスリリースを読んで考えた。 http://fkpg.net/?p=484
・ICJ よくある質問 http://www.unic.or.jp/info/un/un_organization/icj/faq/

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