親父のコロッケ


俺の親父が死んだ。
身体を動かす仕事をしていたのに、寝ている間に呆気なく死んだ。
誰にも注目されない、寡黙でコツコツ働く穏やかな親父だった。
変わった点と言えば毎週末必ずイオンでコロッケを買ってくることくらいだった。
派手好きの母がそんな親父に愛想を尽かして出て行ったのは俺が大学を卒業し、就職を果たし、初任給でプレゼントを買って帰った日だった。
「責任は果たしたからね」と母は微笑み、プレゼントを受け取って出て行った。
親父は暫くぼう然としていたが、思い出した様に「夕飯、食べなきゃな」と出て行った。
親父は、レトルトカレーとコロッケを近所のイオンで買ってきた。
全然美味くもないただのコロッケが親父の好物だった。
俺はそれまで何も感じずに食べていたそのコロッケがどうしようもなく不味く感じられ、残した。
どうしてだか、母が出て行った事よりも俺がコロッケを残した事の方に寂しそうな目をしていたのが印象的だった。
男二人の暮らしに何となく息苦しさを感じ、俺は独り暮らしを始めた。
親父も止めなかった。良い経験になると言っていた。
俺が家を出て以降の親父の日常を、俺は知らない。
正月に帰ってもおせち料理を注文するでも無く、週末にはイオンのコロッケを食べて過ごしていたのだろう。
一方、独り暮らしを始めてから、俺は一度もイオンのコロッケを食べなかった。
連絡もせず、何となくたまには顔を出そうとイオンでコロッケを買って実家に帰ると、親父が布団で眠る様に死んでいた。
その日の早朝に亡くなったらしい。
葬儀には母が来た。俺も母も泣かなかった。親戚も泣かなかった。
親父は本当に影が薄かったのだと改めて思った。
母に「俺がいなかったらもっと早く出て行ってた?」と尋ねると真っ白な父の顔を見降ろしながら「だからあなたが生まれてこの人には良かったのよ」と穏やかに言われた。
家に戻った俺は、ちゃぶ台に出しっぱなしになっていたコロッケを何気なく食べた。
油が回り切っていてこれまでのコロッケよりずっと不味かった。
だけど、何となく残すのも気が引けて4つのコロッケをビールで流し込んだ。
その夜、俺は親父の夢を見た。
母が仕事で遅くなった日、保育所に俺を迎えに来た親父はその足でイオンの惣菜コーナーに行った。
親父が俺に「何が食べたい?」と聞いた。
俺は再放送のアニメで見たキャラクターの好物を思い出し、コロッケと答えた。
朝の5時、腹痛で目を覚ました。コロッケは傷んでいたらしかった。
トイレに籠って何となく、この時間に親父は死んだのかなと思った。
親父のコロッケは、自分の為ではなく俺の為だったのだと思うと、その不器用さが滑稽でトイレの中で笑ってしまった。
週末になるとイオンでコロッケを買い、父の遺影の前に置くようになった。
誰の記憶にも上手く残れそうもない親父と、不器用な付き合いを俺だけは続けてやらなきゃいけない。
ただ、そんな気がするのだ。

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