★さすが「ナチスを真似たい」安倍総理の「一億総活躍社会」構想ー(田中良紹氏)

安保法案成立後に安倍総理は

「法案の粘り強い説明」と「経済に全力を挙げる方針」を表明した。

その中身に注目していると、

どうやら安倍総理は「外国が評価しているから安保法案は戦争法案でない」と考え、

また「経済に全力を挙げる」のは、日本を「一億総活躍社会」にするためと考えているらしい。

国民の多くが反対する法案を

「外国が評価しているから問題ない」と考える指導者は

一体どこの国の政治家なのだろうか。

また「一億総活躍社会」と言われると、

老いも若きも男も女も勤労奉仕させられる社会を想像するが、

それが目指すべき日本の未来なのだろうか。

フーテンは「一億総活躍社会」と聞いて、

戦前の日本がナチスを真似て作った大政翼賛会の

スローガン「進め!一億火の玉だ」を思い出した。

老いも若きも男も女も勤労奉仕に駆り出され、

遂に日本は「一億玉砕」の道を歩み出したのである。

「ナチスを真似たい」総理には大政翼賛会のスローガンが

頭のどこかにちらついているのかもしれない。

安倍総理は24、25の両日、

自民党総裁と総理大臣の二つの肩書で相次いで記者会見を行い、

今後の二つの課題について所見を述べた。

第一の「粘り強い説明」については25日、

通常国会閉幕に際しての総理会見の中で述べられた。

しかしそれは「法案の説明」というより、

安保法案を「戦争法案」と呼ぶ反対意見に対する「反論」だった。

安倍総理は「戦争法案」というレッテル貼りは誤りだと言い、

その根拠として「60年安保改定」と「92年PKO法」を例に挙げた。

二つとも「戦争に巻き込まれる」と反対されたが、そうはならなかったと言ったのである。

しかしその二つはいずれも日本政府が集団的自衛権を認めず、

憲法の規定を厳格にしていた時代の事例で今回と比較しても意味はない。

その時代は幸いにも「巻き込まれなかった」が、

解釈を変えた事で「巻き込まれるのでは」と問われている事に応えるべきである。

解釈を変えた事で想定される可能性を具体的に一つ一つ説明しなければ、

「戦争に巻き込まれる恐れがない」事の証明にならない。

しかし安倍総理はそれをやらない。曖昧にして逃げるのみである。

戦争という国家の非常事態をこれほど無責任に考える政府は

おそらく世界中のどこにも存在しない。

やるべきは「戦争になる」事を認め、真正面から戦争と向き合い、

だからこそ極力戦争にならないようにする体制を作る事である。

それが政治の務めだと思うが安倍総理にそうした考えはないようだ。

そして安倍総理は「外国の多くの国が評価してくれている」と述べ、

「外国が戦争法案を評価する訳はないでしょう。

だからこれは戦争法案ではない」とまるで国際政治を知らない子供だましを言った。

馬鹿を言ってはいけない。外国はこれが「戦争法案」であるから評価している。

外国と言えばみな「戦争をする国」である。

「戦争をする国」は自分たちを日本と違い戦争の負担を負う国家と考えている。

日本が「戦争をしない国」であり続ければ、

自分たちの負担を減らしてくれる事にはならないが、

日本が「戦争をする国」になれば自分たちの負担を減らしてくれる。

だから評価する。それを安倍総理は真逆に言った。

そんな子供だましで国民を騙せると考えているならば、

安倍政治はそれこそ断末魔である。

ところが「全力を挙げる」と言った経済についてもそれは同じだった。

アベノミクスの失敗はもはや国際社会では共通認識となっている。

日銀の異次元の金融緩和でマネーをバラまき、

確かに株価を上げて一時は世界的に注目された。

しかし「金融緩和」に続く「財政出動」と「成長戦略」にほとんど評価はない。

とりわけ成長戦略の名に値するものがまるでなかった。

大企業は優遇されたが非正規労働者も増えて実質賃金は下がり続け、

予想通りに貧富の格差が拡大した。

そうした現実を直視することなく安倍総理は

「アベノミクスは第二ステージに入った」とまず失敗から国民の目をそらそうとする。

そして再び「三本の矢の例え」を持ち出し

「一億総活躍社会」を目指すと風呂敷を広げたのである。

ところが「旧三本の矢」が経済政策であったのに対し、

「新三本の矢」はまるで少女向けの「おとぎ話」のようだ。

「希望を生み出す経済政策」と「夢を紡ぐ子育て支援」と「安心につながる社会保障」

で「三本の矢」だという。

これはエコノミストが作ったものではなく、

PR会社が作った人気取りのスローガンではないかとフーテンは思った。

しかも歯の浮くようなスローガンの羅列である。

ところが安倍総理は「一億総活躍社会」を実現するため「国民会議」を設置し、

かつ担当大臣を置くと言う。

やったふりをするために無駄な組織と無駄な時間が使われそうでため息が出る。

昔、評論家の大宅壮一氏はテレビばかり見る人間が増えることを

「一億総白痴化」と嘆いた。

確かに「一億総白痴化」が実現すれば、

安倍総理程度の「目くらまし」でも十分に大衆操作を可能にする。

それはメディア操作に長けていたナチスの真似ともつながる。

そう言えば24日に安倍自民党はNHKの受信料支払い義務化を

総務省とNHKに提言した。これまで一度も政権批判をしたことがない、

いやできない仕組みになっているNHKほど権力にとって都合の良いメディアはない。

英国のBBCは受信料支払いが義務化されているが、

しかしBBCはNHKと違い政権批判を断固やるメディアである。

NHKの受信料支払い義務化はそれによって「一億総白痴化」を図る

安倍自民党の計画なのかもしれない。

さすが「ナチスを真似たい」政権は大政翼賛会の「一億火の玉」を

現代に可能にすべく「一億総白痴化」も視野に入れているようだ。

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