「寄生獣 完結編」終盤の問題について


※この文章は「寄生獣 完結編」終盤の重大なネタバレを含みます。もしまだご覧になっていない方がこれを読んでいる場合は、この先を読む前に映画本編をご覧になることを強くお勧めします(上映終了後ならせめて原作だけでも)。



お時間を割いていただきどうもありがとうございます。この文章は、私が「寄生獣 完結編」を拝見して、「これは何としてでも製作スタッフにお伝えしなくてはいけない」と思い、文章にしたためたものです。お見苦しい点もあるかもしれませんが、何卒ご容赦下さい。

はじめに
私は原作「寄生獣」にリアルタイムで接してファンになり、待ちに待った映像化の実現を心から喜んだ者の1人です。決して大作をしたり顔で評する評論家崩れや、原作との細かい差違をあげつらう原作至上主義者のようなことをする気はありません。実際、本作も今回問題にしている一点さえなかったら、映画向けに改変された部分を含め、原作と同様に全力で支持していただろうと思います。ただ、この一点は作品全体への評価を揺るがすほどの問題を内包しており、これはきちんと意見表明すべきであろうと思ってこの文章を書いています。


どこが問題か
物語の終盤、最強の敵である後藤を倒す「決まり手」として、原作では「鉄骨に付着していた有害化学物質(より具体的には、有機塩素化合物)」が使われていますが、映画ではこれが「鉄骨に付着していた大量の放射性物質」に変更されています。これらは「毒物」であることに変わりはありませんが、性質があまりに違うためにあのような使い方をするには科学考証として大きな問題があり、しかも近年の放射線騒動でその違いが多くの人たちに知れ渡っているため、科学考証が破綻していることが大勢の目に明らかな状態になってしまっています。些細な部分の考証なら「意識しないようにする」という対応も可能ですが、これは本作のクライマックスを支える要素であり、この部分での破綻はSF作品としては致命的です。

また、放射性物質を登場させる伏線として背景に「放射性がれき受け入れ反対」という看板が写り、「処理を受け入れた放射性がれきに大量に付着していた」という体裁で放射性物質が登場します。ここにも大きな問題が生じます(簡潔に書いていますが、個人的にはこちらの方が大きな問題と思っています)。


科学考証について
まず、放射性物質の有害性について簡単におさらいをします。放射性物質の生体影響は放射性物質そのものにあるわけではなく、放射性物質が放つ放射線が細胞のDNAを傷つけることで有害性を発揮します。ごく微量の放射線は自然界でもそこら中にあり、影響は確認できないほど小さいので問題になりませんが、線量が多くなると将来的な発癌の原因となる可能性が高くなっていき、極端な高線量になると急性放射線障害と言われる即時〜短期間での悪影響をもたらします。そして、急性放射線障害で細胞の多くを破壊するような高線量を全身に浴びた場合、人間はほぼ確実に死に至ります。治療方法はありません。

そして、ここが非常に重要なんですが、このような放射線の悪影響は、放射性物質を体内に取り込まなくとも、放射性物質が近くにあるだけで発揮されます。つまり、致死的な影響を持つ大量の放射性物質は「体内に取り込まなければ大丈夫」などという生易しいものではなく、取り込んだ場合に死ぬなら接近しただけでも死ぬんです(※α核種など特殊な放射性物質の場合はこの限りではありませんが、過去の原発事故で発生した放射性物質からの被曝を想定するならγ線が最大の被曝因子になりますので、γ線を基準に書いています)。これは、直接体内に取り込まれるか、あるいは体内に取り込まれる物質を変化させないと有害性を発揮しない有害化学物質(科学毒性による毒物)とは明確に異なる特性です。

さて、映画ではゴミ処理施設の処理炉の中で、大量のがれきが周囲にある状態でシンイチと後藤が対峙し、最終的に「大量の放射性物質が付着した鉄骨」を後藤に打ち込んで倒しました。後のミギーとの会話より、この鉄骨には実際に細胞死(急性放射線障害)を起こすほど大量の放射性物質が付いていたことがわかります。しかし、そんな量の放射性物質が付いた鉄骨を手に取って扱ったのでは、シンイチだって当然致命的な被曝をします。さらに書くと、そんな放射性物質があの鉄骨だけに付いているというのはあまりに不自然ですので、おそらくあの空間は放射性物質が他にも大量に存在し、嵐のように放射線が飛び交っているはずで、そんな中で後藤が何の異常もなく悠然と佇んでいるのはあまりに奇妙です。またそんな空間はシンイチも生かしてはおきません。

なお、体内の物質からの被曝を「内部被曝」といい、特に射程距離の短いβ線やα線を出す放射性物質では問題になりますが、少なくとも原発事故で放たれた放射性物質およびその比率を想定する限り、「体内に入ったら急性障害で細胞死を起こすほど大量の放射性物質なのに、それに近付いても被害がない」などという状況はあり得ません。

ここまで書いたような問題は、原作通りの「有害化学物質」であれば容易に回避できます。傷口から入れば有害であっても近付いたり手で触れるくらいならような害がないような化学物質は幾らでも想定できるからです。また、化学物質の生体影響はしばしば生物種で大きく違うので、「寄生生物が特に敏感な化学物質」という無理のない想定でシンイチを生かすことも出来ます。


「放射性がれき」の問題
今の日本で「放射性がれき」と呼ばれうるようなものは、東日本大震災で発生した被災地のがれきしかありません。実際、被災地のがれきを他地域で処分するという話になった時には、「危険な放射性物質が大量に含まれた放射性がれきである」として、大変な反対運動が起こりました。本作で決め手に使われたがれきも、受け入れ反対派の看板が写っている以上、そのような反対運動の末に結局受け入れて処理されたもの、という以外には普通には解釈のしようがありません。

しかし、現実に他地域で処分する動きのあった被災地のがれきは、「放射性がれき」などではありませんでした。あれは飽くまでも地震と津波で発生したがれきであって、実際に測定してもほとんど数字が出ないか、健康影響が考えられないような微量だったからこそ、他地域に処理を依頼するという話になっていたんです。実際には含まれていない「大量の放射性物質」の存在を受け入れ反対の活動家に喧伝され、復興を妨害されたことは、被災から復興に向けた一連の流れを見てきた者(私は震災・津波の被災者ではありませんが、放射線医学の専門家として微力ながらこの問題に関わり、見守ってきました)にとっては大変苦々しい思い出です。恐らく被災地の方々、特に「放射性がれきである」という誤解を解くために尽力された方々にとっては、その思いの強さは私の比ではないでしょう。

そんな状況において、いくらフィクションだからといって「受け入れたがれきに本当に大量の放射性物質が付いていた」という展開を見せられるのは本当に堪え難いことで、楽しく映画を観ていたのに理不尽に殴られたような印象です。正直な話、「もしかしたら、制作陣に紛れ込んだ活動家が『放射性がれき』を既成事実化するために『寄生獣』を利用したのでは?」とすら思ったくらいです(後述の監督インタビューで、どうやらそうではないようだ、という考えになりましたが)。


まとめと提案
私がこの改変を問題視しているのは以上の理由です。逆に言うと、これ以外の改変は重要人物の削除も含めて妥当だと思っています。あのスケールの物語をたったの映画2本に落とし込むには大鉈を振るうのは当然のことで、本当にここはすごい手腕を見せていただいたと思っているくらい。それなのに最後の最後で、元のままで何も問題なかった部分をわざわざ変えて問題をこしらえてしまったわけで、本当に残念で仕方がありません。

ただ、今回のこの問題は幸いにして主に台詞として語られており、阿部サダヲ氏の台詞再録とミギーのリップシンク変更と「受け入れ反対」看板の削除もしくはCG処理くらいで原作通りの設定に戻せるのではないかと思います。そこで可能であればということで1つご提案なのですが、「被災がれきに実際に付いていた放射性物質」という設定を見るのも堪え難い経験をしている者や科学考証を重視する者でもきちんと楽しめるよう、DVDやBDに劇場公開版と併せて収録するための別バージョンを作成することはできませんでしょうか?

http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2015042302000161.html
こちらの山崎監督インタビューを拝見する限り、娯楽が第一ではあるが心に残るテーマも加えたい、というのが監督の本意と思われますが、今回はその「心に残るテーマ」が特定の問題を経験した人を意図せず足蹴にしてしまっているように感じられるのです。それと、インタビューではこうも仰っています。「ダイオキシンのままやってみたら全然だめなんですね。今の時代のものじゃなくて、逃げたなって感じがしちゃう」と。しかし、確かに「ダイオキシン」という言葉は一時流行語のようになりましたので、騒がれなくなった今では過去の時代から持ってきたような響きがありますが、文明社会から出る毒というのは決して過去の問題ではなく、人間が文明に頼って生きている限りは背負い続けている業であるはずです。原作通りの「有機塩素化合物」あるいはアニメ版の「シアン化物」のような言い回しは、飽くまでも専門用語であって廃れた流行り言葉のような古さはありませんが、これでもいけないのでしょうか?


以上です。
私自身も自主制作とはいえ映画製作に携わっていますので、他人樣の作品に対して「こうすべきではなかった」などと言うことの不躾さはよくわかっております。しかし、そう思っていてもこれだけは「寄生獣」二部作の制作陣の方にお伝えせずにはいられませんでした。非礼をお詫び申し上げます。

最後までお読みいただき、どうもありがとうございました。

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