@sailorsousakuTL 修学旅行・２日目の夜

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　旅には往々にしてトラブルがつきものである。
　それらのトラブルに対して、頭を抱え込んでしまうか、非日常の一種だと割りきって楽しめるかで、旅の充実感は大きく変わると言っても良いと思う。
　そして、誰だってせっかく旅をする以上、楽しいものにしたいのは当たり前の話で。

　――それがもし、高校の修学旅行だったとしたら、なおさらのこと。


「あれ、布団の数、足りなくない？」
　こっそり持ち込んだお菓子は空になって、時計の針も仲良く頂点に並んでいたのはとうに昔。
　明日も予定はみっちりで、流石に今日はお開きにしようかという流れになった直後。布団を敷き始めた知賀から、そんな声が上がった。
　結構な大部屋かつ、十人という大人数。さらに旅先の夜ということで浮かれていた私たちは、誰一人そんな当たり前のことすら気付けなかったらしい。
「あははー、何度数えても無いねー、どうしよっか」
　全然困ってなさそうな声は朝美だ。確かに敷かれている布団は九組。押し入れを見ても当然のように空っぽ。これだけ大人数の布団を用意するとなるとまあ一組くらい間違うこともあるだろう。なんたって準備してくれるのは人間なのだ。間違えるのは別に気にしない。気にしないけど、それで結果が覆るわけでもない、というのもまた事実。
「フロントに電話すればええんちゃう？」
「まあそうなんだけど……時間が時間だからさ」
「そんなん、あっちは二十四時間対応やって。問題ないやん？」
　そんな会話をしているのは伊織と菜月ちゃん。確かに、フロントに連絡するのが一番手っ取り早い方法だとは私も思う。思うのだけど。
「でも、消灯時間とっくに過ぎてるのに、大丈夫かな？」
　私は別にバレても良いけどね、それも面白そうだし、と柔らかい微笑みを浮かべている。そう、手っ取り早いに違いないけど、今、智由利が指摘したことが、まさに私の懸念事項なのである。
　今さら布団を部屋に運び込んでもらったりしていたら、流石に引率の先生方だって気付くことだろう。こんなしょうもないことで怒られるのは馬鹿げている。
　しおりに書かれていた消灯時間は、……確か十一時だったか。うん、そんな時間に寝てる良い子は高校生ともなってしまうと、非常に稀だと思う。ましてや今は修学旅行。気持ちは昂ぶっていて、そうそう眠れるはずもない。時計はそろそろ二時を示そうとしている。こんなことで叱られていたら、それこそ半徹くらいにはなってしまう可能性もある。
「だったら、少しずつ詰めて寝る、とか」
「今日は結構冷えるからなあ……寝てる間に布団の取り合いが起きない？」
「……じゃ、美南はなにか案があるの」
　おっと、下手に顔立ちが整ってるから凄みがあるよね。怖い怖い。沙冬子の鋭い睨みをさらりと交わすと、傍らにいるやつと目が合った。ちょっとだけ視線を交わす。
　……まあ、それが一番面倒じゃない方法だろうと、私も思ってたところだったよ、うん。
「ふぁ……もう面倒だしさ、別にあたしはこいつと一緒でいーよ」
「仕方ないなぁ。まあでも、それで問題解決でしょ？」
　二人で入るにはちょっと狭い気がしないでもないけど、まあ幸い私も実花も寝相が悪い方ではない。たぶん大丈夫だ。
　実のところ、私は昨日のホテルのベッドが合わなくて、あまり眠れていない。今晩だって大人数で騒ぐのは楽しかったから、無理をして起きていたけど、頭がくらくらし始めていて、いいかげん活動限界が近付いている。
　旅行中、宿泊先を転々とするせいで、きっと今日もぶつ切りの睡眠になるだろうなあと思うと少し憂鬱だ。二日あれば慣れるのに、それすら許してもらえないのは、なかなかに拷問だと思う。
　だからせめて、ちょっとでも早く寝たいというのに、私と実花の言葉で、なんだか周りはざわざわしている。
「えっ、会長と灰原って……もしかして、デキてるの？」
「そーなんだ？　美南も実花も水くさいんだあ、黙ってるなんて。ふふっ」
「私も全然知らなかったよ。お祝いはタンメンでいいかな？」
　あー。
　なるほど、そう取られるとは思わなかった。切り込んできた知賀と智由利とポンちゃん以外のみんなも、特に追撃はしてこないけど、視線だけはこちらに集中させていて、興味津々に耳をそばだてているのがわかる。あと、ポンちゃん。祝い事にタンメンはどうなんだろう。いやまあ私は好きなんだけど。
　それにしても、さて、なんて説明したものか……と言っても、眠気で鈍ってしまった頭では、他に良い言葉が思い浮かばない。
「いや、だって、実花だし」
「だよなあ、ありえねー」
　じゃあもう一人の幼なじみのポンちゃんとなら同じ布団でも良いかというと、多分そんなことは無いのだけど。
　実花とは親同士が仲が良いもんだから、それこそ物心がつく前から一緒にいる。
　最近は足が遠のきがちにはなっているけど、それこそ昔は頻繁に互いの家に泊まったりして、自分の家と同じくらい、相手の家も知りつくしていた。
　間取りや家具の配置はもちろんのこと、ティッシュや洗剤のストック場所だって知っている。
　一つの布団で実花と一緒に寝たことだって、数え切れないくらいある。今さら照れるような仲じゃない。
　ただ、まあ、私たちが普通かどうかは正直わからないので、似たような境遇の子の意見を貰うことにする。
「子どもの頃からの付き合いだとさ、相手の家で寝ちゃうとか、普通だよね、澄香ちゃん？」
「えっ、わたし！？　あーとね、うーんと、……そうだねぇ、わたしと礼ちゃんも、似たようなもの、かなあ。うん」
　それまで話の輪に加わらずにいた澄香ちゃんに水を向けると、少し考える素振りをしたあと、最後にはへらりと笑って答えてくれた。
　やっぱりね。澄香ちゃんと日比野先輩の独特の距離感は、一朝一夕でできるものじゃないと思ってはいたんだ。なんとなく私と実花に近しい雰囲気を感じる。
「ほらね？　というわけで、話はおしまい。ふぁあ……わたしはもう、ねむい」
「おいこら、美南。ちゃんと布団に入れっての。……そんじゃまあ、私らは近場のこの布団で良いからさ、後はみんな適当にしてよ。おやすみ」
　実花がなにごとか言ってるけど、そろそろ本気でスイッチが切れる寸前で聞こえるけど意味を成さない。ずるずる引き摺られるままになっていると、布団に押し倒されて、間髪入れずにばふりと掛け布団が乗せられた。
　とろりとまぶたが落ちる直前、体の右側に人の気配。そのせいで、一瞬沈みかけた意識が浮上する。
　でも。
　良く知った匂いに、浮かび上がりかけの意識が再び手放された。
　呼吸音と、鼓動と、体温と、匂い。
　たとえ目を閉じていても、意識が落ちる寸前でも、今私の隣にいるのはあの腐れ縁に違いないんだって、わかる。
　なんだか、小学生のころをおもいだすなあ。
　こうして一緒に眠るなんて、みんなの手前、ああは言ったものの、実に数年ぶりになる。だけど思った以上に実花は実花のままで、変わってなかったみたいだ。
　それがなんだか無性に嬉しくなって、私は最後の意識の糸を、遠慮無く手放した。




　これは、ただの余談だけれど。

　てっきりまた枕が変わって眠れないだろうと思っていた私は、なんと朝までぐっすり眠ることができた。
　おそらくは前日から続いた寝不足のピークが原因なんだと思われる。反動で眠りが深くなったみたいだ。
　……まあ、つまりは、寝すぎてしまった。
　私だけならまだ良い。いや良くないけど。私だけじゃなくて、実花までぐうすか寝ていたらしい。二人でビリを争うくらい、起きるのが遅かった。
　そしてこの大部屋には、狙いすましたように写真部の部長がいて。

　――寝姿なんて恥ずかしい写真が出回るのを、珍しく実花と結託して、阻止しなければならない羽目になってしまったのである。
　まあそれもまた、旅が作った非日常だと思うことにしたい。

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