q3s_f

Q3式 · @q3s_f

14th Oct 2014 from TwitLonger

@sailorsousakuTL
『この世には不思議な事など何一つ』
眠気覚ましなのに眠たげなお話。

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「ふぁ……あら、すみません」
「眠そうですね」
 受付に座っているいつもの先輩に声をかける。差し出した二冊の文庫本の貸出作業を行いながら、これまたいつものような世間話。
「ええ、演劇部の台本が大詰めで、少し睡眠時間を削って作業をしたもので……」
「珍しいですね。睡眠大好きな先輩が」
「ふふ。ちょっと熱中してしまいました」
 恥ずかしそうに答える先輩は相変わらずどこかふわふわしている。もっとも、これは寝不足だからでは無くて、普段からこの人はこうなのだけども。定位置よりややずれた所に戻された読み取りの機械が、ちょこんと座っていたウサギのぬいぐるみの背中を押して、こてん、と倒してしまった。
「程々にしてくださいね、先輩。きっと私達からしたら大した夜更かしじゃないんでしょうけど、先輩は元からぼんやりしてるところがあるから……見てて癒されるんですけど、その、ちょっと不安になります」
「ありがとう。心配してくれるのね」
 邪心の欠片も無い微笑を見せつけられてしまうと、この先輩は大丈夫なのだろうかという気分になってしまう。それとも、今しがた自分が行った二個下の後輩にあるまじき敬意の見えない発言も、自分の気にしすぎなのだろうかと思えてしまい。
 いやいや、と首を振る。こんな口の悪さではいけない。私は副会長になったばかりなのだから、気を引き締めて行かないと。
「……?どうしました、悩み事でも?」
 ぽかん、という擬音が似合う様子で首をかしげる先輩。その様子を見るにつけて、この人に悩みなんてあるのだろうかと……いけない。今反省したばかりじゃないか。自制、自制。
「いえ、大丈夫です。先輩、色々とお気をつけて……寝不足は集中力を持っていきますから、ミスとか……」
「そうね。気をつけます。でも、一番はあの子に笑われちゃうのが、ちょっと恥ずかしいなって」
 あの子、ですか。
 先輩との会話によく出てくる生徒だ。先輩がしばしば会っている相手なのは知っている。ただ、私はそれが、具体的にどこの誰なのかを知らない。
 図書室の常連はおおよそ顔も名前も把握しているはずなのに、未だ先輩の言う"あの子"には出会った事が無い。
 ふと、先輩の目線がななめ上の方を見ているのに気が付いた。ちらりとその後を追いかけてみるものの、もちろん、その先に誰がいるわけでもない。吹き抜けになっている上階部分には一人の生徒も見当たらなかったし、そもそも、視線はそこから少しだけずれた人の立てない中空に当てられている。
 不意に思いついた可能性に、それはさすがに無いだろうと自分自身を罵倒したくなった。
 確かに、美術室だかどこかに"出る"という噂は耳にしたことがある。いくらこの先輩が、どこか不思議ちゃん要素満載な空気を漂わせているにしたって、いやいやそんな。
「と、とにかく!」
「?」
 自分の中で膨らみ始めた誹謗中傷にも近い想像を振り切ろうとして、妙に大きな声が出てしまった。
 静かな空間の中に自分の声がわあんと響き、一気に恥ずかしさがこみあげてくる。
「今日は早く寝てくださいね、先輩!」
 それだけ言って頭を下げると、私は足早に図書室を後にした。

「あの子?うーん、私は良い子だと思いますよ」

 なんて、誰かと先輩の会話が、後ろから聞こえるのは気のせいだ。今この場に、私と先輩しかいなかったはずなのは、多分私の勘違いだ。どっちかが間違いであってほしい、うん。うん。
 最後にチラリと振り返ると、穏やかな微笑みで手を振る先輩"だけ"がそこにいて。
 私も今日は早く寝た方が良いのかもしれない。そう思った昼休みだった。

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