如月@21・22日京都にいるよ · @_ragi_5
10th Oct 2014 from TwitLonger
物語のはじまりは、
@sailorsousakuTL
ぽんじゃが出会い編。そのいち。
◇◆◇
ガシャンと、足元で嫌な音がした。
いきなり軽くなったペダル、カラカラと軽快にから回る「なにか」の音。
頬を撫でていた風もいつしか止んで、速度の落ちた自転車はふらふらと揺れはじめた。
(やっちゃった…!)
道路脇に寄せて止めた愛車のすぐ側に、勢いよく腰を落とす。
勘違いでありますように、と僅かな可能性にすがる凉をあざ笑うように、チェーンとギアが、見事に仲違いを起こしていた。
未だ少し音を立てて回転している赤茶けたチェーンが、なんとも腹立たしい。
(どうしよう、とりあえず店に電話、…あっ、ケータイ、置きっぱなし!えっと公衆電話、こうしゅう、…あーもうっ、どうしようどうしよう!)
歩道を行き交う人が、ちらりと凉を一瞥しては通りすぎていく。「かわいそうに」なんて視線はいらないから、誰か何かアドバイスをちょうだい!
カッカッと頭に血が上る、ハンドルとサドルを押さえる手が汗ばんで気持ち悪い。
(そういえば父さんが「古くなってるからスピード出しすぎるな」って言ってたっけ…こういう意味だったの…あー、芝のおじちゃん怒るかな…)
折角の休日、お手伝い頑張らなきゃ、と朝から身体中に溜め込んでいたやる気が、ぷしゅうと間の抜けた音を出して抜けていくようだ。
荷台に取り付けられた出前用の岡持ちが、早く届けろと凉をせっつくようにピカピカと光っている。
普段は気さくな常連さんは、一度へそを曲げると結構面倒くさい。父親が苦笑しながらこぼした言葉が、凉の頭のなかをぐるぐる巡る。怒られるのは嫌だ、父さんに迷惑かけるのも、店の評判が落ちるのも絶対避けたい。
(とりあえず、連絡は入れなきゃ…)
近くにコンビニか交番あったかな…、スタンドを立てた自転車のサドルにほんの少し爪をたてながら、地図を思い浮かべる。
…ああそうだ、もう少し行った先の信号を左に曲がれば、
「なにしてんの?」
「…え?」
凉の思考を、不意に誰かの声が遮った。
持ち上げた視線の先に、凉よりも少しだけ背の高い「誰か」の姿。
二つにくくった黒髪に、いたずらっこのような愛嬌ある顔。細身の身体は紺色のセーラー服に包まれて、短めのスカートの下は何故かスキニーパンツ。長めのグローブが、肘の辺りまで腕を隠している。
そんな、涼と大して変わらない年頃の、ちょっと「普通」じゃない格好をした女の子。一目見て、涼の通う学校の生徒だと分かった。だってこんな自由な服装をしている生徒が、あの学校にはたくさんいる。
「ねえ、どーしたの」
小さい子供のような、無垢な瞳。まっすぐで、目を合わせたら逸らすことが難しい。きらきらと、無邪気に光るその瞳に、涼のぼうっとした顔が、うつって…?
「ひ…っ!?」
ぐんっ、と、体が勢いよくのけ反った。
バランスを崩して、二、三歩よたよたと後退る。
急上昇した心臓の音に、シャツの胸元をぎゅうと握りしめた。
(ち、ちかいでしょ…!)
どん、と肩が知らない誰かにぶつかって、慌てて振り返り頭を下げる。ほっぺも熱いし血の上った頭もくらくらする、それなのに視線を戻した先にいる「原因」は、きょとんと首をかしげて涼を見ていた。
「聞いてる?どーしたの、って」
「…じ、自転車の、チェーンが」
「ふぅん…あ、ホントだ」
腰をかがめたその人は、なるほどねー、なんて言いながら片手でペダルをくるくると回す。
かららら…、動かない後輪と、軽い音を立てて回るチェーンとペダル。
しばらくそうしていた彼女は、うん、と一つ頷いて。
「ちょっとこれ持ってて」
両手を隠していたグローブを外して、涼に向かって差し出した。
爪は短く切り揃えられて、あまり頓着しない性質なのか、軽く触れた指先は少しざらついている。
受け取ったグローブからは、オイルの匂いがするようだ。
灰色のブロックをまたいで、ペダルをゆっくりまわすその人の後ろから手元を窺う。
(…気が動転していたからって、車道を背にして座っていたことに今更ながら気がついた)
くるくるとペダルを回して、チェーンを指先でいじって、赤茶けたチェーンの錆が、段々彼女の指を汚していく。
「…ん、よし!}
「え」
満足げな声に、間の抜けたそれが零れ落ちた。
ぐんっ、と彼女が回したペダルと一緒に、後輪が勢いよく回りだす。立ち上がった彼女が、にかっと笑って立ち上がった。
「結構チェーン擦り切れてるっぽいから、はやめに交換した方がいいかも」
うんうん、と頷いて、じゃあねー、と手を振って歩きだそうとする彼女。ちょっと、
「あ、あの!」
「なに?あ、グローブ」
忘れるところだった、なんて言いながら、涼の手からそれを奪う。そうじゃなくて。
「あ、ありがとうございました…ほんと、あの」
「んー、別にぃ」
「手、汚れて、これ使ってください」
「えー、ハンカチ汚れるしいいよ」
「でも」
スカートのポケットにグローブをねじ込みながら、彼女は嫌そうな顔をする。それは多分、ハンカチを汚してしまうことに対する「嫌そうな顔」。
「──、」
『みま―?どこいったのー?』
言い募ろうと息を吸った涼の後ろから、耳触りのいい声が飛んできた。
あ、と小さく声を漏らした「みま」さんは、「呼ばれてるー」と涼に向って。
「ちゅん、探し回って迷子になるからなーもう行かないとなー」
「あ、」
今度こそ、「みま」さんは自転車と涼の間からするりと抜け出した。
「急ぎ過ぎるとまた外れるぞ」と忠告めいたことを言いながら。
「気をつけてなー」
少しずつ遠ざかる、細い背中。ちゅんどこだー、ときょろきょろあたりを見渡している。
「あの!今度ご飯、食べに来てください!」
え、と彼女がこちらを振り返った。ああ、よかった声はまだ聞こえてる。
「このお店にいるので!お礼に御馳走します!」
指差した岡持ちに貼られた文字は、ちゃんと見えているだろうか。
こちらを認めて頷いた彼女が、確かに笑った気がした。
どくどくと、心臓の音がうるさい。
普段あまり大声を出さないせいだ。
頬が熱いのも、頭が少しぼんやりしているのも。
きっと珍しく、声を張り上げてしまったからだ。
「……来てくれると、いいな」
その時は、父さんにお願いして、自分が厨房に立とう。
心の中で頷いて、自転車のスタンドを跳ねあげた。
*End?*