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Q3式 · @q3s_f

7th Oct 2014 from TwitLonger

@sailorsousakuTL
『ジョンバール分岐点』 "二つの結末を繋ぐ断章"

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 先輩は出来ない約束なんてしない。私はそう信じていた。
 だから、何時まで経っても届かない返事に、私の心は一日一日と不安を募らせていくだけだった。

 卒業直前、伝えられた言葉。
「あなたに託しておきたい事があるの」
 いつも全力で、最後まで走り続けた先輩は、卒業式の前日までこの学校の事を考えてくれていた。
 その先輩が書きためた、やりたかった事のリスト。
 次代の生徒会長となった私が受け取る、最後の引き継ぎ資料のはずだった。

 そのリストが、何時まで経っても私の許に来ない。

 はやる心が抑えられない。大丈夫、大丈夫。便りが無いのは良い便り、そう言うじゃないか。言い聞かせたところで、何の役にも立たない。
 私が勝手に大騒ぎしただけで終わりますように、そう祈りをこめながら、先輩の周りの人たちにそれとなく聞いてみる事にした。
 今、先輩は、元気なのか。

 知らされた事実は、予想もしないもので。
 同じ大学に既に通っているはずの、かつての文芸部部長も。
 友人の一人だった、漫研の先輩も。
 先輩が常連だった、中華料理屋の人も。
 そして、先輩と幼馴染で無二の親友の、元文芸部副部長さんも。

 誰も、誰一人も、先輩と、連絡が取れていないのだという。

 知ったときから、いてもたってもいられなくなった。
 通っている大学は分かっている。学部も知っている。何か意図があって避けているのか、それとも身動きが取れない状況にいるのか。何が起こっているのかなんてさっぱり分からないけれど、何かが起こっている確信はあった。
 だって、あの先輩なのだから。人との繋がりを何よりも大切にして、あれだけの人望と信頼を集めていた、あの先代生徒会長なのだから。そんな先輩が、誰とも連絡を取らなくなるなんて。人の縁を残酷に切り捨てるような真似をするなんて。何か理由があるのに違いないのだから。
 卒業式、私がぶちまけた思いの丈は、間違いなく自分の本心だって胸を張って言える。決してお世辞でもなんでもない。私は、人を繋ぐ力を持った先輩を誰よりも尊敬していて、ああいう生徒会長になりたい、なるんだって、決めたのだから。
 学校をサボって、先輩の通う大学に潜りこんだ。学部の建物を地図で探し、長時間いても不自然でない場所を探す。
 大学にすら来られないような状況であるならば、私の不良行為は無駄に終わるだろう。それに先輩が来ていたとしても、これだけ規模の大きな大学だ。すれ違って出会えない可能性だって十分ある。
 それでも、じっとしていられなかった。少しでも可能性があるなら、賭けてみるしかない。藁にもすがる思いとは、こういう気持ちを言うのだろう。

 一時間。二時間。三時間。
 何人もの学生が通り過ぎていく。中には教授なのだろう、不思議なオーラを放つおじさんを何人か見かけた。
 それでも、先輩は見当たらない。
 さすが理系の建物で、そもそも女性の数が目に見えて分かる程に少なかった。そして、その数少ない女性も、先輩とは背格好の違う人ばかり。
 五時間。日も傾き始めていた。今日は無理だろう、そう決めて立ち上がる。

「あ……」

 プラスチックが床にぶつかる、甲高い音が連続した。
 音のする方を振り向いた私は、
「せん……ぱ……い……?」
 目に入ったその姿と顔を認めて、思わず歓喜の叫びをあげそうになる。
 しかし、それは最初の一瞬だけ。
 次の瞬間には、バケツ一杯の氷水を浴びせかけられたように、身体全体に震えが走るのを感じてしまった。

 卒業式からまだ二か月しか経っていないはず。
 それなのに、まるで数年分の苦労を背負いこんでしまったかのようだ。高校時代まとめていた髪の毛はぼさぼさで、そこかしこから枝毛が飛び出ているのが見える。肌艶は目に見えて衰えているし、顔色も良くない。明らかに肉付きも悪くなっていて、手首は骨ばっている上に血管が肌に浮き上がっている。元々細身の人ではあったが、全体的に丸みを帯びた女性らしい身体つきだったはずだ。
「あ、あの……せんぱい、ですよね……?」
 確信が持てない。それほどまでに変わり果ててしまっている。
 愕然とした顔で立ち尽くす女性に、私は恐る恐る声をかける。内心では、違っていてほしい、勘違いであってほしいと祈る自分がいる。
「……」

 その瞬間の彼女の表情は、今でも忘れる事が出来ない。
 ドロリと濁った眼。渦巻く感情の種類は分からない。ただ、想像を絶するような苦悩を感じただけ。
 水分の失われた唇は、さながら砂漠の様だった。微かに動き、何かの言葉を紡ぎだしたように見えたが、遠くてその詳細が分からない。
 眉間に皺が寄る。苦悶、あるいは嫌悪。先輩が人前で見せないような感情が、生々しさとともに浮かび上がってくる。
 顔が伏せられる。垂れ下がった髪の毛の向こう側で、肩が震えているのにようやく気が付く。
 もっと近づいて話をしようという意志は、いつの間にか、私の中から抜け落ちてしまっていた。
「……!」
 再びあげられた彼女の顔を捉えられたのは、一瞬だけ。
 先ほどまでの仄暗い空気は一切感じられない表情だった。ただし、その目に宿っていたのは、それは。
 身を切る様に何かを訴える哀切さと、私に対する、明確な、拒絶。

「せん、ぱい……」

 逃げるように走り去る彼女を追う気力など、何一つ沸き起こらなかった。
 あるのは、大切にしていた何かが崩れ去っていく感覚と、どうしようも無い程の虚脱感。

 彼女が落としていったレジ袋が、ガサリと崩れ落ちる。
 詰め込まれたビタミン剤のボトルの一つが、彼女の跡を追うように廊下を転がっていった。


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NOTE: This is a "certain" END she cannot avoid.

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