q3s_f

Q3式 · @q3s_f

6th Oct 2014 from TwitLonger

@sailorsousakuTL
『逃亡先』 軽率なやみすみのような何か。
リハビリを兼ねて。

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「珍しい人に珍しい所で会うものだ」
 行先も特に決めずにふら付いていた校内で、三年目の筈なのに見覚えの無い場所に出てきてしまった。全体的に薄暗く肌寒い空気から、いつの間にか渡り廊下を通って旧校舎の方に出てきてしまったのだろうと、なんとなく見当がつく。
 どこかの廊下の突き当たりだろう。使われなくなった机に椅子が裏向きで乗せられて、十以上はすし詰めになっている。その内の一つを勝手に使用して、原稿用紙を広げている女子生徒がいた。
 女子生徒、というか、顔見知りだ。ただし、二年生になってクラスが別れてしまってからは、ほとんど会話もしたことが無い。
「そっちこそ、こんなとこで何してんのさ。……いや、分かった。締切から逃げてるんだろ?」
「ご明察。相変わらず鋭いな君は」
 ボールペンをくるくると回しながら、彼女はにこやかに笑う。
「いやいや。あんたこそ私を買いかぶり過ぎだって。さっき事情聴取を受けたんだよ。お宅んとこの格闘娘、もとい、副部長さんに」
 大げさに首を振りながら答える私に、彼女は増々表情を綻ばせる。
「ああ、なるほど。それで合点がいった。どうやら私達は同様の状況下にあるようだ。君も逃亡者なのだろう?」
「どうして知って……ああ、あいつか」
「そうだ。私も尋問を受けたよ。君の所のテロリストにね」
 テロリスト、と聞いて少しだけ頭が痛くなる。あいつはまた迷惑をかけてるんじゃないだろうか。
「何か変な事されなかった?」
「いいや。対応は至極丁寧だったよ。君の居所を聞かれたが、その時は知る由も無かったからね。正直に『分からない』と答えたさ。しかし、この状態を見られてしまったら、嘘をついた訳でも無いのに嘘つき扱いをされてしまいそうだ。すぐにでも場所を変えるかな」
 そう言いながら、彼女は本当に原稿用紙をかき集めて、移動の準備を始める。別に何か用事があるわけでも無いのだけど、折角の偶然に何の感傷も無く別れられてしまうと、少しだけ寂しい気がしてしまう。
「ねえ。ちょっとくらい話していかない?こうして二人だけで会うの、久しぶりじゃん。一年の時以来。なんかもったいないよ」
「ふむ」
 乱雑にまとめた原稿用紙を立てて、とんとんと端をそろえる音がする。彼女の撤収作業の一部だと思っていたけど、思っている以上に音が鳴り続く。すぐに終わるはずの作業なのに中々終わらない。二度、三度、何度も何度も。ここまで聞いて、ようやく彼女の"いつもの癖"だと気が付く。彼女が、最適な言葉を絞り出すために行う、手慰み。時間稼ぎ。
「そうだな。最近の調子はどうだ。進路先なんかは、まだ決まっていないのだろうか」
「……おっどろいた。あんた、普通の世間話も出来るんだね」
 正直な反応が口を突いて出る。彼女の方は原稿用紙をバサリと机に置くと、珍しくあからさまに不機嫌な表情をしながらこちらを振り向いてきた。
「失礼だな。私だって成長位するものだ。君に散々『難しい用語は使うな』だの、『話は分かり易く手短に』だの、『言いたいことを最初に言え』だの、一言話し出すたびに釘を刺された日々の事は忘れてなどいないさ。むしろ、未だに恨んですらいるね。いいかい、君が教えてくれた"話し出す前に時間を取る"方法が、完全に癖になってしまって止められないんだ。最近は何もしてなくても待てるはずなのに、何故だか何かをいじっていないと気が済まない」
 そういえば、そうだった。その癖を作ったきっかけは私にある。

 一年の時の記憶が鮮やかに蘇る。
 出席番号で隣だったこいつとは、最初の座席が前後になった。明らかに他の生徒とは異質な空気を醸し出すこの女子生徒が気になって、つい、話しかけてしまったのだ。それが、入学式の日、だったと思う。
 当時のこいつは、頭の中に沸き起こる言葉をまとめようとせず、その流れに身を任せる様に話し出す奴だった。しかもその内容が、やれブンガクロンだのやれテツガクだの、健全な女子高生とは程遠いものばかり。一瞬で頭から煙が吹き出しそうになった私は、取りあえず一発ぶん殴って(いや、軽く口元を叩いた程度だった気がする。多分。恐らく)奴の口を止め、それから、一言こういったのだ。
『取りあえず内容をまとめてから喋りやがれこの野郎!喋りたくて我慢できないなら、そのボールペンでも一端バラして組み直すのでもしたらどうだ!それくらいの時間は置けよ!』
 私が怒りというか、イライラのままに言った冗談を、よりによってこいつは真に受けてしまった。
 肩で息をしながら私が怒鳴った後も、まるで目から鱗と言わんばかりの表情をして、
『なるほど。それは考えもしなかったな。ありがとう、参考にしてみるよ』
 なんて大真面目な顔で言ったのである。

 そんなわけで。
「いや、どう考えてもな、私の口から出任せを本気で信じたあんたが悪い」
 人差し指を突き付けながら反論する私に対して、彼女は依然食い下がる。
「あの時の私は純真無垢だったのだ。あれほど真剣に怒られたら、この人は本気で言ってくれていると思ってしまうのも道理だろう」
「純真無垢って、おい。いつどこにそんな奴がいたよ?恥ずかしげも無く人の大勢いる教室のど真ん中で、『村上春樹作品における性描写』について講釈垂れる女子高生の、どこが純真無垢だって?」
「あれは文学少女としての嗜みだ。私は正真正銘の大和撫子だよ」
「辞めろ。言えば言うほど虚しくなる事にそろそろ気付け。聞いてるこっちが恥ずかしい」

 ああ言えばこう言うのやり取りは、正直、楽しかった。
 二年前を思い出す。時には、お互いの部活の原稿の為に、机を並べて無言で作業をする相互監視なんて事をやったりもした。
 でも、彼女との思い出は、やっぱり何気ない日々の会話である事が多い。最初は言葉のコントロールに四苦八苦していた彼女も、いつの間にかスムーズにやり取りが出来るようになった。
 進級する頃には、タイムラグもほとんど少なくなっていた程だ。ただ、脱線癖自体は、ほとんど改善されなかったけど。
 ……ん?
「あれ、ちょっと待って。あんた、一年の最後の方、特にボールペン弄んだりしてなかったじゃん。それだったらどうしてその癖残ってるの」
「ああ。君との会話は頭を使わなくて済むと分かったからね。そのおかげだよ」
「はい?ちょっと、何さらっと酷い事言ってんの」
「酷いも何も、当時から自分で言ってたじゃないか」
「はい、そうでした」

 そうして会話がひと段落した折。
 廊下中に響きわたる様な甲高い音が、彼女のポケットから鳴り出した。
 どうやら携帯電話の着信音のようだ。恐らくはデフォルトで入っているメロディの内の、「サイレン」とでも名前が付けてある様なものだと思う。
 はた迷惑な、と言いかけるが、彼女の顔を見て言葉をひっこめる。慌てふためく様子を見るに、彼女にとってもこの事態は予想外のようだ。
「おい!どうした!?いい加減に止めろよ!うるさい!」
 着信音に負けじと大声で叫ぶ。彼女の方もいつにもまして、声を張り上げている。
「最近買ったばっかりなんだ!スマートフォンは操作がよく分からない!」
 その返答を聞いて察するものがあった。更に声量を上げて問い返す。
「ひょっとして、初期設定とか誰かに頼まなかったか!まさか、お前の介護人の彼女じゃないだろうな!」
「介護人とはなんだ!だが、その通りだ!部長命令で副部長に頼んだよ!」
 それだ、それだよ。
 多分その時、こっそり何かを仕込んだのだろう。彼女が締切前に逃げ出した時の対策として。
 例えば、副部長の彼女が電話をかけた時だけ、着信メロディと音量の設定を変えておくとか。
「取りあえず止めろ!!」
 我慢の限界だった。頭と耳が壊れてしまう。
 彼女が何とか取り出していたスマホをひったくると、画面を操作して着信を切った。
 ようやく静寂が訪れる。しかし、耳の奥と頭の中では、未だにガンガンと爆音が反響し続けている心地がした。
「はあ、とにかく。あんた追手が来るぞ。逃げる事だな」
「最初に引き留めたのは君だろう。まあ、いいか。とにかく私は逃げよう」
 それだけ言うと、机の上に扇形で広がっていた原稿用紙を乱暴に掴む。今度は整える事をしない。
「ああ、そうだ。君に言っておきたい事があった」
 廊下を数歩進みだした彼女が、不意に立ち止まって振り返る。
 完全に見送る態勢でいた私は、突然の事に一瞬、間抜けな顔をして立ちつくしてしまう。

「君も逃げるのを止めた方が良い。もちろん、原稿の事では無い。"彼女"との事だ」

 予想外だった。
 今日までの自分の中で、多分一番その話から遠いであろう人から、それでいて私に近い人から。
 まさか直接、釘を刺されてしまうなんて。
「なんで、なんで、あんたが、言うの、それを」
 今度は、私の言葉がまとまらなくなる。意表を突いて深々と刺さった彼女の台詞が、頭の中で何度も跳ね返る。
 何時の間にか、汗がじわじわと滲みだしている。心臓の鼓動も早い。
 胸の奥がしっちゃかめっちゃかになって、ひっくり返って、気持ちが悪くなってくる。
「私の周りにはお節介と噂好きと、権力者と噂そのものがいるんだ。私自身に興味が無くとも、君の噂など勝手に耳へと滑り込んでくる。それに、"彼女"と仲の良い人物も多いんだ。私だって、自然とそういう事を言いたくなる気分になるさ。我ながら珍しいとは思うが」
 彼女の深い青色をした瞳が、じっと私の事を捉えてくる。
 この感覚も久しぶりだ。まるでレントゲンを撮られているように、自分の心を見透かされていく感覚。
 ふと、彼女の右手に握られているスマートフォンが目に入る。
 さっきまでの顛末を思い返して、ギリ、と唇を噛んだ。
「あんたには、言われたくないな。あんたの方は黙ってても、向こうから来てくれるだろ?私の気持ちが分かるのかよ」
 どうだろうな、そう彼女の口は動いたように見えた。
 しかし、結局は何も言う事無く、彼女は悠然と廊下の向こうへ歩き去ってしまった。


「ああ、先輩か。うちのバカ部長見ませんでした?」
 少しして、件の文芸部副部長がやって来た。
 さっきまでその探し人が座っていた椅子に腰かけつつ、今しがた受けた衝撃を抑えようとしていた私は、彼女の方をのろのろとした動作で見上げる。
「……?どうしました、具合でも悪いんですか?」
 怪訝な表情の副部長氏を見ながら、ぼんやりと考える。

 彼女は、あいつの事をどう思っているのだろうか。
 あいつは、彼女の事をどう思っているのだろうか。

 動き出した思考に合わせるように、胸の奥底の方で鈍い痛みが走った。 
「あっち。五分くらい前に逃げてったよ」
 指差したのは、彼女が消えて行った先とは見当違いの方向。
 ありがとうございます、とお辞儀をして走り去る彼女の背中を見ながら、私は思う。

 少しだけで良いから、あいつを捕まえるのが遅くなりますように、と。

 決してあいつの味方をするような気分では無かったのに、何故だかそう祈らずにはいられなかった。

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