@sailorsousakuTL その君の体温が あさいおエロ書きたかったけど、全年齢になってしまった 不覚



 例えば、あのころの優しい君が好きだったと言われたとしたら。
 今の私のいいところを全身で教え込んでやればいいし。
 例えば、愛が足りないとむくれるとしたら。
 その細い体から溢れるほどの愛を注いで満足させてやればいい。
 例えば、眠れない夜が辛いというなら。
 眠れるまでその冷えた体を温めてあげるから。

 ただ、ひとつだけ。
 私のたったひとつの願いを叶えてほしい。





 高校を卒業して当たり前のように同棲することになった私たちの家は、駅まで自転車で15分の1LDK。私の大学まで電車も含めて片道30分。伊織の職場までスクーターで20分の中間地点。5分も歩けばコンビニがあって、駅までいけば飲食店がある。いろんなものが近くないけど遠くはない、こじんまりとした少しだけ古いアパート。
 伊織の稼ぎと私のアルバイト代で、どうにかちょっと贅沢できるくらいのこの家に住み初めてもう四年目。日曜日の午後はどうしたってだらけきってしまうもので。

「あー…。晩ご飯どないする?」

 昼前に起きたせいでさっき昼食をとったばかりの私たちにとっては酷な話題。正直言って考えるのも面倒だった。

「おなか空いたらうどんとか食べたらいいんじゃない?今は考えるのも面倒だよー」
「確かになぁ。冷凍におかずもあるし、そういうのでもええか」

 お昼寝用に買ったソファ。狭いリビングを圧迫している主犯。二人で寝るには少しだけせまいそれは、こんな風にひっついてごろごろするには最適すぎるのだ。
 随分涼しくなってきたこのごろは、こうやってひっついていても苦ではない。初めてあった頃よりも柔らかくなった伊織の肩に触れる。少しずつ少しずつ変わっていったこの体を、全部知っているのは私だけなんだなと気付く度に、胸の奥が暖かいもので満たされるのを実感する。そしていつの間にか、こんなにも好きなことに気付くのだった。

「あかん…。このままだらだらしとったら寝てまう…。折角の休日が…」

 眠気に必死であらがう伊織の額が肩口に押しつけられる。んーんーと漏らされる声がどんどん間延びしていっているのは、宣言通り眠いからだろうか。少しずつ暖まっていく指先がそれを裏付けていた。

「起きなよー伊織ー。こんな時間に寝たら夜寝れなくなるよー」
「んー…。んー…」

 少しずつ小さくなる声。いつもよりも返事と言えないそれには、ちょっとだけ不服かな。いつだって私を見てほしいと思うのは悪いことなのかな。

「起きてー。起きなきゃ…」
「んー…っあぅ!?」
「いたずらしちゃうよー?」

 薄い服の隙間から手を入れると、過剰なほどに跳ねる伊織の体。随分、敏感になったね。

「昔よりちょっと体重増えたけど、やっぱり細いなぁ。胸も大きくならないし」
「う、うるさい…!っていうか、昨日も散々したんだから…んん!」
「伊織が寝ちゃったら構ってもらえないし仕方ないよねー」
「ま、まって…っ!やぁっ!」

 わき腹をすりすりと触るだけでもどんどん熱くなる体。恨みまがしい顔をしたって、その涙目じゃ怖くないよ。

「んん…!あ、あさみっ、やめ…っ」
「伊織のやめてはやめないでだもんね。知ってる知ってる」

 薄い胸を覆うブラをずらす。初めて会ったときから変わらないその薄い膨らみと、昔よりかわいいものの率が増えたまるっこいブラジャー。こういうことだって、私だけが知っていること。

「ほら、もう先っちょ立ってる。柔らかくてかわいい」
「い、いちいちっ、言うなぁ…!」
「ん。ごめんごめん。もう、腕つっぱってるの疲れてきたでしょ?代わるね」

 私の上でふるふると微かに震えていた体を抱き止めて、ゆっくり体の位置を変える。ソファに少し沈んだ伊織の潤んだ目は、どう見たってこの後を期待している顔だ。意地悪な自分がにょきにょきと顔を出す。

「ねえ、伊織。してほしかったら自分で脱いでね?」
「はぁ!?な、なにを…」
「だって私ブラとったしー?もし本当に嫌ならしないけど、分からないもんね。行動にしてくれなきゃ」

 ただでさえ赤くなっていた伊織の顔がさらに赤くなる。胸を手でぎゅっと押さえているけれど、まだ大丈夫。倒れちゃうようなことはない。

「そ、そんなの…」
「やっぱり行動にしないと本当の気持ちは伝わらないもんね?いくら付き合って五年目になったって、間違えて解釈しちゃったら怖いもんね?」

 少しずつ伊織が焦ったように、手元がわなわなと動き始める。比較的冷静で一歩引いたところから自己分析できる性格だけれど、こういうことや追いつめられると一気に思考が止まってしまうところがかわいいところだ。一択しか残っていない選択肢が何かは分かっているのに、それを選択するまでに突破しなければいけない理性が強すぎる。あうあうとよく分からない言葉を漏らす姿はよく見るもので、それでもぜんぜん飽きないものだ。

「……て、ほしい、から…!」
「なぁに?」
「して、ほしい、から…。脱がせてや…」

 ああきっと、私の理性に攻撃をすれば最低限の恥ずかしさで済むと思ったんだろう。伊織のなかでは自分で脱ぐよりもおねだりのほうが恥ずかしくないみたいだ。

「だーめ」
「え…」
「私は脱いでほしいの。伊織自身に。それまでは私から何もしないよ?」
「んな…!」

 確かに少しぐらついたけど、そんなずるいことは許してあげない。私がほしいものくれなきゃ、私だって欲しがっているものをあげたくなくなっちゃうからね。

「伊織」
「っは…うぅ…」
「いーおり」
「うぅ!わ、分かったから…!」

 これ以上にないってほど赤くした顔を俯かせて、ゆっくりと上半身を起こしてくる。もちろん私は邪魔しちゃいけないから、少し体を離した。

「全部脱いでね?」

 必死の伊織に聞こえているのかは分からないけれど、震える手でズボンのボタンに手をかける姿は随分と弱々しい。いつものジーンズならば手間取るのだろうけど、今日はゆったりした部屋着だ。少し手をかけただけでも簡単にとれてしまう。伊織の細い腰では引っかかりにもならなかったズボンがすとんと落ちてしまう。灰色のズボンの下からは、案外かわいらしい薄いピンク色のパンツが現れた。

「ど、どう?」
「うん。かわいいパンツだね?」
「そういうことちゃうわ!」
「ん?ああ。上も脱ごうね」
「うぅ…」

 何を言ったところで上も下も脱がなきゃいけないってわかっているのに、ちょっと足掻くところが伊織のかわいいところ。私を少しずつ煽る術を熟知しているんだ。伊織の本能は。
 上は薄い長袖のティシャツだから、あっと言う間に脱げてしまった。中途半端にずらされて片方だけ意味を持たない、パンツとお揃いのブラ。こうやってちゃんと揃えることを大切にすることも、きっと私しか知らないんだろう。

「よくできました、伊織」
「も、もうこれでいいやろ…。勘弁して…」
「そうだね。ここからは私がしてあげる」

 羞恥心からか、今にも泣き出しそうな瞼に一度キスをする。それだけでもう察してくれる伊織は、両目を閉じてくれた。

「ご褒美あげるからね」

 細いのどが、くんと動く。安心して。意地悪した分、ちゃんとほしいものをあげるから。

「好きだよ、伊織」
「…ぼくも好き。朝美」

 開始の合図は、息苦しいキスから。













「っんん!…んぅ?」
「あ、起きた?伊織。お水準備してあるよー」

 何回した後だろう。昔よりも体力のついた伊織だけれど、事の終わりはいつも伊織の寝落ちだ。それは今も昔も変わらない。
 飲みやすいように小さいペットボトルに入れてある水を数口飲んで、まだ体がだるいのかそのまま私の上に倒れ込んできた。少しだけ重たくなった体。柔らかくて、暖かいこの体は、これからどんどん寒くなっていく季節で手放したくなんてない、唯一のものだ。

「ねぇ、伊織」
「ん…?」
「少しだけ、話があるんだけどいい?」
「ええよ…ちゃんと起きてるから話して」

 だけど、人の関係は絶対に切れないものなんてないことくらい、さすがの私だって知ってる。人と人との関係には節目節目があって、その都度小さなものから大きなものまで多様な選択と選別を繰り返して、変わっていく。私たちがただの観察対象と観察者から、友人同士に変わった時みたいに。恋人に、変わった時みたいに。

「実は、内定取れたんだ。来年の春から働けるって」
「ほんま!?そんなん早く言ってくれたらよかったのに」
「それ…なんだけどね」

 なにも疑っていない伊織の目が眩しくて辛くて、思わず目をそらしてしまう。なんて、私らしくないのに。

「でも、研修で何か月かアメリカに行かないといけないみたいなんだ。アメリカのほうが動物の研究は進んでるからさ」
「へぇ。いつから?」
「卒業したらすぐにでもって感じみたい…。だから、三月にはもう行っちゃうのかな」
「へぇ。すごいんやねぇ」
「それで、ね」

 ああみっともない。声が、震えているのが分かる。

「いつ、日本に帰ってこれるか分かんないんだー…。もしかしたら、そのままアメリカのほうに配属されるかもしれないし、こんなこと、就職説明会で言えーって感じだよね。困っちゃうし、さ…」

 もうそれ以上は言葉が続かなかった。二週間一人で抱え込んでいたものをようやく吐き出したことの安心感と、何を言われてしまうか分からない恐怖。伊織じゃないのに、なんだか息が苦しくなってきた。つんと、何かが花を痛める。

「へぇ。どこに配属されるか分からないってすごいなぁ。話には聞いとったけど、ほんまにあるんやなぁ」

 純粋に感心している伊織の声。これは、私から言い出さないといけないのかな。

「だから、今後一緒にいられるか…」
「じゃあ英語の勉強せなあかんなぁ。朝美は大学でやっとるやろうけど、ぼくは高校レベルやし、英語は苦手やったんよなぁ。でも英会話と学校の英語は違うっていうし、いけるかなぁ」

 そして、なんてこと無いように続けられた伊織の言葉に、ひゅぅっと息が止まる音を聞いた。

「いお、り?」
「ついてこないと思っとったんやろ?」
「だって、伊織。仕事、とか」
「そんなんどうにでもなるわ。今だってなにがあってもええように貯金しとるしな?」

 思わず顔を上げると、優しくにやっと笑う伊織がいて。

「友達、とか。よく、あってるじゃない」
「そんなんいまどきケータイかパソコンあれば話せるわ。それともなにか?ぼくはついていったらあかん?」
「そ、そんなことない!」
「なら、納得しとき」

 ぎゅっと抱きしめられる。いつも私が伊織にしているように、優しく胸で。薄い体を通して聞こえる少し不安定な、でも聞きなれた心音。それがたしかにそこにある。なによりも近くに、あった。

「ぼくが朝美を、ひとりになんかするわけないんやから」






 例えば、あのころの優しい君が好きだったと言われたとしたら。
 今の私のいいところを全身で教え込んでやればいいし。
 例えば、愛が足りないとむくれるとしたら。
 その細い体から溢れるほどの愛を注いで満足させてやればいい。
 例えば、眠れない夜が辛いというなら。
 眠れるまでその冷えた体を温めてあげるから。

 ただ、ひとつだけ。
 私のたったひとつの願いを叶えてほしい。





 たったひとつ、君を失いたくないんだ。
 ただ、それだけの願いを叶えてほしい。
 そう、思っていた。






「ねぇ、伊織」
「なん?もうぼく眠いんやけど…」
「アメリカに行ったらさ、結婚しよっか」
「は!?」
「だってあっちなら同性婚できるじゃん?できない州もあるみたいだけど、きっと大丈夫だしさー」
「ええの?」

 ああ、なんでここまでやっておいて、少し不安そうな顔をするんだろう。そこがかわいいのだけれど。

「ここまでされたんだから、今更手放さないよ。覚悟してね」

 そうだ次の休みに、一緒に指輪を見に行こう。今の給料三か月分はたいしたことないけど、まあ仮の指輪ってことで。もう少し稼げるようになったらまた一緒に買いなおせばいいんだから。でもそれは、全部今度。これからずっと一緒なら、悩む時間だってたっぷりあるから。

「そんなん、ずーっと前からしとるわ」

 今はただ自分たちの幸せのための、少しだけしょっぱいキスをしよう。 

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