@sailorsousakuTL その鼓動の理由 空気を読まずにあさいお



 最近なんだか変わったこと。

 積極的に人の名前を覚えようとするようになったこと。少しの体調不良なら学校に来るようになったこと。たまに夜更かしをするようになったこと。人の気持ちを考えるようになったこと。本を読む時間よりケータイを触る時間のほうが長くなったこと。動物が怖くなくなったこと。発作が減ったこと。

 自分で気づいたことや、人に言われて知ったこと。さまざまだけど、最近のぼくは変わったらしい。良いことと、悪いことと半々くらいで。

「あ、雨沢」

 そしてもうひとつ変わったこと。変えたこと。

「今日も世話しに来てくれたんだー。ありがとありがと」

 何もない日はまっすぐ帰らずに、生物室に行くこと。






「今日はどうしたのー?」
「あ、朝美」

 水面に反射する光に身を任せて水槽を眺めていると、後ろから声がかかる。上を見上げればそこには見知った顔。ほぼこの部屋の住人である朝美だ。というか、あまりこの部屋にいるとき以外の朝美のことをぼくは知らない。クラスは別だし学科も違う。一緒になることの少ないぼくらの唯一の共通点が生物室だった。

「メダカの水槽の水を変えてたんよ」
「ほんとだー。綺麗になってるね。でもちゃんと隠れ家も作ってあげなきゃだめだよー?」

 そういいながら、水草を浮かべるその手はいつもの粗野な感じとは違ってやさしい。生き物を愛するその手。少し大きくて強い手。いまだにその手がこちらに伸ばされるとき心臓の奥が冷えるような感覚が強いけれど、それでももう逃げてしまうようなことはなくなった。その手が優しいんだってちゃんと知っているから。

「隠れ家?」
「そ、メダカは臆病だからね。隠れる場所がないと落ち着かないんだよー」

 水草を見つけたメダカは一目散に水草の影に隠れてしまった。それでも隠れきれていない尾びれがちらちらしていてかわいい。
 ふいにぽんと、頭に重み。温かいそれは朝美の手のようだ。ぼくの短い髪をくしゃくしゃと乱しては直す手。こういう時の朝美は何かを言いたいけれど、どうやって話し出そうか悩んでいる時だ。いつも脊髄反射で会話しているような朝美だけれど、ちゃんと考えるときは考えている。そういうことが最近増えたと教えてくれたのは美南さんだっただろうか。

「雨沢さ。またここにいるってことは、なんかあった?」

 きっとぼくに気をつかって時間をかけた割に、直球の質問しかできないのはご愛嬌なのかもしれない。きっと朝美はまっすぐくらいがちょうどいいから。

「心配ありがとう。でもなんもないよ」
「ほんと?」
「最近は調子ええねん。だからこいつらが気になってな」

 あからさまにほっとする朝美の顔を最近よく見る気がする。前はぼくの体調がいいか悪いかくらいしか興味がなさそうだったのに。朝美も少し変わったのかもしれない。

「じゃあさ、今から川に行かない?すぐそこの河童川」
「なんで急に?」
「ちょうど今頃だと小さい魚が多いからさー。この子と住めるほかの子を探すのもよくない?」

 水槽の中のメダカは今は一匹だけだ。今月の頭に一匹死んでしまったから。それを知ってか知らずか悠々と泳いで入るけれど、こいつは寂しいとは感じることができないんだろうか。
 ともあれ確かに、メダカ一匹だけの水槽は広すぎて寂しいには変わりない。

「奥の河童の住んでる所より手前ならええよ」
「えー…河童に会いたいのに…」
「あいつ朝美の事こわがっとるから行ってもどうせ会われへんよ」
「知り合いなら話し通してくれてもいいじゃんかー!」

 そんなことを話しながら、朝美は手っ取り早く網や籠を準備し始める。手際はよくて、さっさと準備をさせてしまう。

「じゃ、行こうか。雨沢」

 差し出される手に高鳴るぼくの心臓を無視して。

「川は危険だからなー。まあ雨沢が落ちても河童が助けてくれそうだけど」

 そんな風に握る手の理由まできっちりつけてくる。そんなところに少しイライラしてしまう。その理由が分からない。

「そんでその時きた河童を捕まえて解剖するんやろ?」
「いやーまさか。雨沢を助けてくれた恩人をその場で解剖なんてしないって。お近づきにはなりたいけどね?」

 それでも触れたいと思う、この気持ちが分からない。
 だから、繋がれた手から伝わる温もりと優しさが、胸の奥の柔らかいところをチクリと刺すのを、今日も無視するしかないのだ。

Reply · Report Post