飛田智由利ちゃんかわいいねぇって言いながらやっぱり書けなかったシリーズ


飛田智由利は、『落ちること』に関して人一倍の自負があった。
好きなものは? と聞かれれば、コンマ1秒で答えられるグライダーという乗り物は、
「飛ぶ」ものではなく、「風に乗ってゆるやかに落ちていく」ものだ。
やっていることは『飛行』ではなく『滑降』なのだから、
グライダーの操縦技術は言い換えてしまえば『どれだけ上手に落ちることが出来るか』ということでしかない。
だからこそ、今の現状は、智由利にとってとてつもなく歯がゆくて心から不承で不本意だった。


智由利には想い人がいる。

「生まれる時に性格へ振るはずだったステータスを、間違って全部顔に振った」だとか、
「物言いが本質を突きすぎた上に苛烈を通り越していて、5人に1人は日常会話の延長線上で泣き出す」だとか、下馬評はあまりよくない。
その癖、口ではそれに対して悪びれもせず寂しくないとか平気でのたまう癖に、根は不安症の寂びしんぼと来たもので、アンビバレンツかつピーキーが過ぎて友人にしても扱い難いタイプだと智由利自身、常々思っている。
それでも。いや、それなのに。飛田智由利の想い人は、間宮紫歩以外ありえない。
お世辞にも性格が良いとも言えず、天邪鬼でピーキーで残念美人。そしてなにより、――同性、である。


きっかけは何だったかとか、どうしてとかどこかとか、そういう細かい所を智由利はよく覚えていない。
気がついたら智由利の隣には紫歩が居て、同じ学び舎で同じではない釜の飯を食べながら、同じように退屈な授業を受けて、休み時間や放課後に情け遠慮容赦なく罵られたり罵ったりを繰り返していただけだ。
そうして、気がついたときには智由利は恋へ『落ちていた』。
メロドラマのような劇的なイベントもなく、想像していた少女漫画で描かれるようなときめきもなく、ただしんしんと静かに積もっていた雪が、何がしかのラインを超えるように。
それは自分でも驚くほど不恰好な落ち方だったから、恋心の自覚の瞬間に出てきたのは乾いた笑いだった。
一家言あると思っていた『落ちること』は、その実ただの過信でしかなかったのだと、そう教えられた気分でもあったから。


皮肉なことに、『放って置けない』、という感情が友情から懸想に変わるにつれて、紫歩についてがよく見えてきた。
散々っぱらこけ落として置いて言うべきことではないかもしれないが――間宮紫歩の交友関係は多岐に渡る。意外と顔が広いのだ。
薄雲が突風に吹き飛ばされて急速に視界が晴れて――でも、晴れた先にあったのは様々な障害物だった。


間宮紫歩が集める視線の中に、何人か『自分と同じような色』を持っている人間がいる。


おいおい正気か、コイツかなりのじゃじゃ馬だぞ、とそれらに毒づいても、自分もしっかり輪の中に入っているのだから声には出せない。
ジリジリとしたにらみ合いの中へ躍り出て、『これは私の物だから』と宣言できればいくらか気も晴れるかな、なんて思って、出来もしないことをとまた乾いた笑いが心中で出る。
ああ、本当に。
――落ちるのは得意だったはずなのに、と、そうごちるしかない。

「紫歩」
「……何」
「……」
「……いやいや、だから何、人の顔じろじろ見て、気持ち悪い」
「うるさいよこの乱気流」
「なんだとこのグライダーバカ」
「バカとはなんだバカ」
「バカにバカ言って何が悪いのよふざけないで」

当てこすりのような悪態を、二人してつき続けるしかないのだった。


 01.飛べよイカロス

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